エピソード1026『送られ狼』


目次


エピソード1026『送られ狼』

登場人物

里見鏡介(さとみ・きょうすけ) ちょっと危ないネクロマンサー。
 更毬剽夜(さらまり・ひょうや)魔法使い。今回は、素敵な恋の魔法使いになりかけた。
津村奈津(つむら・なつ) かなり大ぼけの吸血鬼娘。
遠野勇那(とおの・ゆうな) 里見鏡介と一緒に住んでいる幽霊娘。鏡介の大事な家族?

時期と場所

1999年7月のある早朝、吹利市の駅前(?)の路上。

前略、路上より

吹利県吹利市。とある路上。
 人々はまだ眠りから醒めやらぬ午前5時30分。
 朝の散歩中の更毬剽夜は前方に見知った顔を発見した。
 半分眠りながら歩いているそれは、どうやら里見鏡介のようだった。
 剽夜は挨拶もそこそこに去ろうとしたが、鏡介の指がぶるぶる震えているのに気が付く。

鏡介
「……(なんだか指が微かに震えるな)」
剽夜
「鏡介くん。アル中かい?」
鏡介
「アルコールはあまり飲まないよ(飲めないとも言うが)」
剽夜
「では、ダイエットヤクのやりすぎかい?」
鏡介
「多分ただの寝不足だね」

剽夜の軽妙なギャグというよりはブラックジョークに近い言葉をろくに聞きもせず、鏡介はその場にくてんと横になった。

鏡介
「エピソード1見たあとにカラオケでオールやって帰ってきたところだから……」
剽夜
「ここは路上だから、浮浪者みたいに寝るのはよくないぞな」

剽夜はなんとなく傍らに視線を移した。生ごみの回収日らしく、大きなポリタンクが幾つか出ていた。
 彼はこの青年がごみ収集車に放り込まれて運ばれて行く様を想像してみた。なんとなくユーモラスな気もしたが、やはり知り合いがごみと一緒にされるのはあまり嬉しい眺めではなかろうと思い直す。

鏡介
「……部屋に帰る」

鏡介は路上で寝返りを打った。

剽夜
「路上は家ではないと思うぞ」

ちりちりん、と自転車のベルの音がした。赤い自転車に乗った小柄な女の子がこちらを目をぱちぱちさせながら見ている。

奈津
「……? さとみさん、こんな所でどうしたんですか?」
鏡介
「路上に僕の家の幻覚が見えるんだ……きっとそうなんだ……」
剽夜
「遊びすぎて力つきたらしい」
奈津
「あ、おはようございます」

少女は自転車から降りてぺこりと頭を下げた。

剽夜
「鏡介君の友達ですか?」
奈津
「あ、はい……わたし、奈津っていいます(ぺこ)」
剽夜
「始めまして。私は更毬って言います。家知っていたら、送っていってあげてくれますか?」
奈津
「あ、知ってますけど、でも……」

奈津は躊躇した。数日前の一件(月夜、ところにより血の雨)以来、なんとなく鏡介に逢うのを避けていたのた。

鏡介
「……」

本格的に眠くなったのか、鏡介は目を閉じて動かなくなった。

奈津
「こんなところで寝ちゃ駄目ですぅ」
鏡介
「大丈夫、寝てはいないよ……」
剽夜
「その行動自体が寝言かもしれない」

鏡介はふらりと立ち上がった。ただし目の焦点は合っていない。
 奈津は慌てて自転車のスタンドを立て、どういうわけか一大決心をするような表情で剽夜を見た。

奈津
「なんか、ふらふらしてるし、送っていきます、わたし(本当は行きにくいけど、行かなくちゃ……)」

ふむふむ、と剽夜は頷いた。いやあ、きょーすけくんも隅に置けないねえ。

鏡介
「……つむらさんがいる(大ボケ)」
奈津
「はい、いますよ(苦笑)」
剽夜
「だめだぞ鏡介君。最近の寝言流行は『イチゴジャムおいしいねぇ〜』だぞ」
鏡介
「……イチゴジャムおいしいねぇ」
剽夜
「うんうん、偉いぞ鏡介君」
奈津
「あう……」

鏡介に手を貸して立たせようとして、奈津は不安そうに剽夜を見た。

奈津
「あのう、もし宜しかったら、一緒に行って戴けませんか……?」
剽夜
「まぁ、二人の仲を邪魔しちゃ悪いと思ってたけど。女の子の細腕では心配ですね」

剽夜はしれっと言った。

鏡介
「歩けるよ(ゆらりゆらり)」
奈津
「あっ、そっちは……(><)」

ぽりばけつ子憎

いきなり大きな音が響いた。

鏡介
「……(粗大ゴミに突っ込んだらしいな)」
剽夜
「そのポリバケツが鏡介君の家なのかい?」
鏡介
「……違うよ、ここは僕の家とは違う」
奈津
「あううっ、だ、大丈夫ですか、きょうすけさんっ」

ててっ、と奈津は鏡介に駆け寄った。ポケットティシュを取り出して、ひどい状態になってしまった鏡介の服を慌てて拭く。

奈津
「お家に帰らないと……こんなに汚れちゃって……」
鏡介
「……大丈夫だよ」

鏡介は拭き終わる前にふらっと立ち上がった。が、今度は奈津ごと転倒する。
 前にも増して大きな音がした。

奈津
「きゃああっ」

剽夜はこほんと呟払いをした。

剽夜
「そういう行動をとるのは二人っきりのときにしてくれないか?」
鏡介
「……痛いのかもしれない」

柔らかいものを掌に感じつつ、鏡介は生ごみだらけの半身を起こした。

奈津
「あ、あのっ、そっそこはっっ」
鏡介
「……誤解しているのかな?」

剽夜は冬場でも24時間は効果が持続しそうな暖かいまなざしを、奈津の胸を掴んだ体勢の鏡介に注いだ。

剽夜
「みなまで言わなくていいよ」
奈津
「とっとにかくっ、お家に帰りましょううっっ」

恥かしさで顔を真っ赤にした奈津に剽夜はまたうんうんと頷いた。

剽夜
「うむうむ、若いなぁ」
鏡介
「……津村さんの家はこの近くなのかい?」
奈津
(どぎまぎ)「え? あっ、いいえっ、ち、違いますけど……でっでもっ、さとみさん一人じゃ危ないですよぅ」
鏡介
「……ああ、僕の部屋のことか」
奈津
「そそそう、そうですぅ」

剽夜は一人頷く。送られオオカミか……。それもまたよしよしだな。

鏡介
「……そうかな? ……津村さんの目が回っている……」
奈津
「回ってなんかいませんっ」
鏡介
「……世界も回っている」
剽夜
「心の中の動揺が回っているだけだな」
鏡介
「……うとうと」
奈津
「どどどうようなんてぇっ……あああっ、寝ちゃ駄目ですってばっ」
鏡介
「……起きてるよ」

剽夜はぽんと手を叩いた。

剽夜
「じゃあ、こうしよう。とりあえず私が鏡介君の体重のほとんどを支えるから、なつさんが、背負ってあげてください」
鏡介
「……津村さん、熱でもあるのか?」

鏡介は奈津の額に手を当てた。そういう場合じゃないと言いたそうに奈津はなんともつかない表情をした。

奈津
「あうー」

剽夜は猫をつかむように鏡介の上着の首筋をつかみ、奈津の背中に押しつけた。

鏡介
「……歩けるのだけれどまあいいや」
剽夜
「みなまで言わず、幸せを感じておくのだ」
奈津
「な、なんか変ですぅ」
鏡介
「……すやすや」
剽夜
「変とは?」
奈津
「この姿勢って、変ですぅ」

背中を丸めた小柄な少女の背に大人の男が覆い被さるように背負われ、その首筋を後ろからもう一人の男が持って支えている。
 世にも珍妙な眺めだった。

7つのボタンを外し

鏡介
「……zzz」

床の上に寝かされた鏡介はすやすやと眠っていた。
 奈津は無理な姿勢で2kmも歩かされてへたり込んでいた。

奈津
「御一人暮らしじゃ……ないみたいだけど……」

確かに、アパートの中はなんとなくそんな雰囲気だった。
 一人暮しでなければこのままほおって帰っても大丈夫に違いない。しかし、それでは余りにつまらなすぎる。
 ううむ、これではいかん、と剽夜は次の策を考える。

剽夜
「とりあえず、服を着替えさせるのがいいと思うよ」
奈津
「あ、はい……って、ええっ!?」

奈津は思ったとおりの反応を返した。うん、いいぞいいぞ。

剽夜
「心遣いを彼に見せるチャンスだよ」
奈津
「わ、わたしがですかぁっ!?」
剽夜
「他に誰が?」
奈津
「そういう問題じゃないですぅ(まっかっか)」

奈津の大声に驚いたのか、鏡介はむっくりと起き上がり、服のボタンを外し始めた。
 ちちい、と剽夜は心中で舌を鳴らした。間の悪い奴だな、鏡介君。

鏡介
「……大丈夫着替えられるよ」
奈津
「誰か、お家の方とか、いないんですか?」

ほっとしたように奈津が尋ねる。が、既に鏡介はその姿勢のまま眠っていた。

奈津
「……さとみさん起きてくださいっ、まだシャツぬいでませんよっ」

ふう。まだまだいけそうだな、にやり。
 剽夜はにこにこした。にたにたにならないように注意しなくてはならなかった。もっとも、普段からあきりんをからかっている剽夜にとって、そんなことは朝飯前の行動であった。

剽夜
「着替えが途中で終わったな。このままでは風邪をひくぞ」
奈津
「……ど、どうしましょう」
剽夜
「これはなつさんに着替えさせて欲しいという意思表示でしょう」
奈津
「そそそっ、そんなぁ」
剽夜
「あぁ、薄情ななつさんがこのままにしておいて、あわれ鏡介君は風邪をひくのか」
奈津
「あううっ、そんなの困りますぅっ」

奈津は息を詰め、爆弾の解体作業を始めるような手付きで鏡介の服を脱がし始めた。
 剽夜は暖かい視線でそれを見守った。が、ふと重大な事に気が付く。
 む、そういえば、もう会社の時間か。服が汚れちまったが、まぁ、あきりんの部屋においてある服に着替えればいいか……。うちの会社がフレックスでよかったな。

剽夜
「お二人でごゆっくり〜(ふぁいとっ、だよ)」

ギィ……ぱたん。

午後のテーブル

鏡介はいつものようにいつもの場所で目を覚ました。
 何やら眠る前と着ているものが違っているような気がするが、気のせいだろうと思う。どこか心地好い気だるさだけがある。
 勇那がふわりと戻ってくる。気だるさが少し抜けた。

鏡介
「よく寝た……誰か居たような気がするけど、気のせいか」
勇那
「ただいま……って、いま起きたとこ?」
鏡介
「うん、おかえり、勇那」
勇那
「ごはんもまだ?」
鏡介
「今日はまだ何も食べてない」
勇那
「つくれ〜 たべれ〜」
鏡介
「……作るのか……なにかあるかな」

ごそごそと冷蔵庫周辺を漁ると、今日は2種類も食べ物が出てきた。

鏡介
「……ハムとソーセージパンがあった」

そのまま、テーブルの近くに座り込んで食べ始める。

鏡介
「……(もぐもぐ)」
勇那
「牛乳を買って飲むとかくらいしたほうがいーと思うよ?」

勇那は呆れ顔で言った。

勇那
「面倒なら、配達してもらうとかさぁ〜」
鏡介
「牛乳……買っておいたんだった(襖から出す) 腐ってる……」
勇那
「……ちょっとちょっと出てくるところが違うでしょーが(苦笑)」

流しに牛乳を捨てに行った鏡介の足許に、見た事があるようなキャラクターの絵柄付きのメモがひらりと舞った。

鏡介
「なんだ?」
置き手紙
「あんまり汚れてしまっていたので、シャツとズボンだけ洗っておきました。 津村奈津」
鏡介
「……悪いことをしたな、後でお礼を言っておこう」
勇那
「ん、どしたの?」

勇那が覗き込んだ。

鏡介
「よくわからない…」

気だるさが再びやってきた。モヤモヤしている。
 何かあったような気もするが、鏡介はよく思い出せなかった。

勇那
「誰か来てたの? 女の子?」
鏡介
「人がたくさん居たような気もする…」
勇那
「よくわからないって……おーい、もどってこーい」
鏡介
「此処にいるよ…」

明らかに何処かに行ってしまっている目つきでぼーっとしている鏡介を、勇那はなかば諦めた表情で見つめていた。
 何を言ったものかと暫く考えている様子だったが、やがて彼女は大きく息をついた。

勇那
「……ふぅ、ダミアン……悪いけど、ちょっと出てきて」
ダミアン
「わふ?(んー? なーに?)」
勇那
「側頭部、斜め45度、倒れない程度の打撃」
ダミアン
「わぉん(わぁい、いいの? いいの? えい!)」

まるで調子の悪い電化製品への処置のようなことを勇那は口にした。
 ダミアンは嬉しそうに鏡介に飛びかかり、首筋にかみついた。

SE
 がぷっ
勇那
「あ、噛んじゃ駄目……って言っても遅いか」

勇那は取り敢えず見守るしかなかった。
 暫く間があって、鏡介の体がぴくりと動いた。

鏡介
「……? ……痛い」
勇那
「あ、帰ってきた?」
鏡介
「ああ、大丈夫(よくわからないけど)」

勇那が鏡介の顔をのぞき込む。
 彼の目に少しは輝きが戻ったようだと見て取ったのか、彼女は鏡介ににこりとしてみせた。

勇那
「んじゃ、まずその人にお礼を一言しておきましょ〜」

鏡介はがらりと窓を開けた。夕日に向かって手を合せる。

鏡介
「ありがとう、津村さん」

勇那がこける。

勇那
「電話でしょ、電話っ!!」
鏡介
「ああ、なるほど」

鏡介は奈津の携帯の番号をダイヤルした。
 そうしていると、何故か急にそれまでにも増して気だるさが襲ってきた。

奈津の声
(眠そう)「は、はぁい、津村ですぅ」
鏡介
「ありがとう(ぶちっ。つーつー)」

鏡介はごろりと横になった。

鏡介
「……それじゃテレビでも見ようかな」
勇那
「……はぁ、今日は日が悪いのかなぁ」

勇那は苦笑するしかなかった。こういう人なのだ。

勇那
「ねぇ、ダミアン。あんたきつくかみすぎなかった?」
ダミアン
「わふわっふワン!(頸動脈をしっかりねらったよ。ぼくすごい? えっへん)」
勇那
「……血が出ると、だめなのよ(苦笑)」

散歩に行こうよ

鏡介は相撲中継を見て笑っている。
 勇那は少しばかり考え込んだ。

勇那
「……やっぱ、あたしがだめなのかなぁ」

鏡介はごろりと振り返った。勇那が考えているのを見て、リモコンで背中越しにテレビの電源を落とした。
 すうっと気だるさが退いて行く。

鏡介
「……今日は過ごしやすいね、みんなで散歩にでも行こうか」
勇那
「……大丈夫? また倒れない?」

鏡介は靴を履いた。頭のモヤモヤも気だるさも全てなくなっている。
 とてもすっきりした気分だった。

鏡介
「平気だよ、最近はしっかり食べてるからね」
勇那
「そっか。じゃ、行こっ」
ダミアン
「わふわふ(おさんぽー? ぼくもいこっ)」

勇那が浮び上がり、ダミアンがひとまず消えた。
 鏡介は立ち上がり、ドアを開けた。

解説

勇那と鏡介の日常を複数の視点から描く。



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