エピソード1031『届けこの歌』


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エピソード1031『届けこの歌』

登場人物

堀川祐司(ほりかわ・ゆうじ)
静電気を操る能力を持った歴史学者。
御剣司(みつるぎ・つかさ)
電気、電子を操る電操士。
システムエンジニア。

真昼の衝撃

紅雀院大学、午後。
 ぽかぽかと暖かすぎる日差しに顔をしかめながら、祐司は資料を見直していた。文献やコピーの山をめくりながら、時々出土品の上にかがみ込んで細部を確認したりする。

祐司
「……むー、景気づけがほしいな」

ラジオのスイッチを入れる。
 適当にTUNEをひねると、ノリのいいハードロックがスピーカーを貫いた。これなら多少は景気がいい。
 音楽が部屋と頭脳に満ちてくると、殺風景な研究室の雰囲気が、多少軽く暖かく柔らかくなったような気がする。

女性の声
「……お送りした曲は、……の曲で……でした」

流麗な発音の英語を挟みながら、女性のパーソナリティが番組を進めていく。何となくいい感じだ、どこの局だろう、と思って祐司がラジオを覗き込んだ時。

パーソナリティ
「……次の曲は、SHOW-YAの最新アルバムからピックアップした曲です。『Don't look back』」

………………

祐司
「なにいいぃぃぃっっ!!??」

街角で

その日の夕刻、吹利市内。

祐司
「と言うわけで、久しぶりにあの声をあのバックサウンドで聞いて、感涙にむせんでいたんですよ(よよよ)」
「…………(^^;」

その昼に体験した感動を、祐司は久々に会った司に話して聞かせていた。
 司にとっては、こういう崩れた祐司を目にするのは初めてである(笑)。

祐司
「しかし……第一期解散から8年半、寺田恵子も戻ってきて、再び結成する日が来ようとは……(しみじみ)……。 でも、早速アルバムを店で探してみたんですけど、どこにもないんですよ。そんなに数を出してないのかなぁ」
「僕もそんなに詳しい訳じゃありませんが、再結成バンドでアルバムも出して……って話は、聞いたことありませんよ」
祐司
「…………」

はたと動きを止める祐司。

祐司
「……今日は、4月1日じゃありませんよね?」
「違います違います(^^;」
祐司
「むー、じゃああの番組は何だったのかなぁ」
「 "最新アルバム" って……その、8年半前に出たアルバムの事じゃないんですか?」
祐司
「いや、かつてはあんな曲はなかったです(断言)」
「(^^;;; 別のバンドだとか?」
祐司
「いや、あれは寺田恵子だった(きっぱり)」
「(^^;;;;; 実は彼女のソロアルバムだったのでは?」
祐司
「そこですよ。番組では、きっぱり "SHOW-YA" と言ったんですよねぇ」
「……うーむ」
祐司
「うーむ」
「まあ、とりあえずベーカリーにでも行きましょうか」
祐司
「……そうですねぇ」

……と。

パーソナリティ
「……お送りした曲は……」
祐司
「…………この声っ」
「……?!」

道ばたに止まっている軽トラックの中から流れてくるラジオの声。
 おそらく、あの声に間違いない。
 駆け寄ってみると、中で作業服を着た若い男が居眠りをしている。

パーソナリティ
「……お聞きのチャンネルは、Eight-Two-point-Six, "Studio OMEGA" です」
「 "スタジオ・オメガ" ……?」
祐司
「……あのっ!」
別の男の声
「おーい!」

その時、傍らの家から同じ作業着を着た中年の男が顔を出し、その声に反応して若い男が目を覚ました。そして、ほとんど反射的にラジオを切ってしまう。

祐司
「あっ……」
中年の男
「赤い方の工具箱持ってきてくれ」
若い男
「(寝覚めの声で) はーい………… ? 何でしょ?」
祐司
「あ、すみませんその……今のラジオは……」
若い男
「は?」

訝しげながら、若い男はすぐにラジオのスイッチを入れた。おそらく無意識でもスイッチを入れてしまうほど、癖になっているのだろう。
 ……しかし。

SE
サアアアアアアア……

スピーカーから流れたのは、細かいノイズ音のみ。

祐司
「え……?!」
若い男
「あれ?」
「そんな……」
若い男
「おかしいな」(チューニングをひねろうとする)
祐司
「あ、そのままっ!」

祐司はとっさに、ラジオの表示を確かめる。
 82.6MHz。
 スタジオ、オメガ……。

解説

スタジオ・オメガ《組織名》  吹利県内一帯でエアチェック可能なFM放送。82.6MHz帯で入感する。  常に放送されているわけではなく、大抵は聴こうとしてもノイズが 聞こえるばかりである。郵政省にも登録されていないことから、海賊 放送局だろうと言われている。  その放送を聞いたほとんどの人は、本来聴けるはずのない曲が流れ るのを聴いたという。http://www.tele.mpt.go.jp:8080/日本無線局周波数表の検索
 で周波数と地域を入れると、82.6MHzは近畿一帯に登録されていないと判りましたので、このような設定になっています。
 ちなみに。ショーヤ【SHOW-YA】《バンド名》  1980年代に活躍した、女性5人組の本格派ハードロックバンド。  パワフルでノリのいいサウンドと迫力あふれるボーカルで聴く者を 圧倒し、一部に熱狂的なファンを生んだ。  1990年から1991年の全国ツアーで第一期の活動を終え、ボーカルの 寺田恵子が脱退。その後ステファニーを迎えて活動を再開する。が、 双方ともその後の活動は不振なままである。詳細は不明。  昭和シェル石油1989年CMソング「限界LOVERS」「私は嵐」などが 有名。 (実在のバンド)



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