エピソード1033『変わる風景変わらぬ風景』


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エピソード1033『変わる風景変わらぬ風景』

登場人物

一十(にのまえ・みつる)
林学部に所属する修験者。吹利学校大学部院生。
小滝ユラ(こたき・ゆら)
ハーブショップ「グリーングラス」の住み込みバイト。
吹利学校大学部院生。
狭淵美樹(さぶち・みき)
活字中毒者。医学生。ハンドルは「かむさけ」。
水瀬瑠慧と白月悠にベーカリーを教えた。
水瀬瑠慧(みなせ・あきえ)
言葉を操る高校生。創作活動で狭淵と知り合ったらしい。
白月悠(しらつき・はるか)
癒しの力を持つ高校生。水瀬瑠慧の友人。表紙絵を書くらしい。

変わらぬ風景

からからん。

一十
「うっす。店長居ます?」

ベーカリーのベルが鳴る。
 ドアが開いた拍子に、秋の風が不意に薫る。
 落ち葉と土の匂い。
 定席で書籍に目を落していた狭淵美樹は顔を上げた。

美樹
「や」
一十
「ども」

短く挨拶を交わし一十は荷物を下ろした。土埃にまみれたツーデイパックにトレッキングシューズ。

美樹
「フィールド帰りですか?」
一十
「ええ、お土産も少々。それで店長にね」

一十はビニール袋を取り出す。口を開くと少し荒荒しい酸味ある香気がこぼれ出た。

美樹
「葡萄ですか」
一十
「演習林で山葡萄がたくさん生ってたんで。けど店長にはこっち」

もう一つのビニール袋からは小ぶりの木の実。栗、椎の実といったところか。

一十
「店長にパンにしてもらおーかと思ってさ」
美樹
「山葡萄は?」
一十
「ユラが店で使うとか言ってた。そろそろ来るはずなんだけどね」
美樹
「おやおや、そうなんですか。ユラさんもここに?」
一十
「ええ」

奥から観楠が顔を出す。

観楠
「お、一くん久しぶり」
一十
「あ、店長。ココアを特製で一つ。あとはチョココロネとあんぱんとクリームパンと……」
美樹
「相変わらずですね……(^^;;」
一十
「ほうでふは?(口にほうばっている)」

と、湯気を立てたココアのマグがカウンターに置かれる。普段の1.5倍の量の砂糖が入った特製のココアと言うやつだ。
 からからん。

ユラ
「こんにちはぁ(疲笑)」
観楠
「ユラさんユラさん、白衣がドアに絡まってる」

白衣にナースサンダル姿のユラがそこにいた。

一十
「おーい、ユラ。学食だって白衣での入場は断られてんだぞ。白衣ぐらい脱いで来い」
 
 ユラの手から放たれた解剖用ピンセットが、一の頬を掠める。
ユラ
「そっちこそ、泥だらけで迷惑よ」
一十
「ううっ、緊張をほぐすための軽いジョークだったのに」
ユラ
「あああっ、もう。こちとらここ二週間ねず君ともぐちゃんの世話で夜も昼も無いんだから」
一十
「ま、落ち着いてココアでも」
ユラ
「アンタのココアはカロリー過多よ」
美樹
「薬学は大変ですからねぇ」
ユラ
「あ、美樹さん。お久しぶりです」
 
 ユラはブラックのコーヒーを頼んだ。一は山葡萄を渡し、他に幾つか野草の包みを渡した。
ユラ
「はい、ご苦労さん。バイト代は後でね」
一十
「この間の『風邪薬』のバイト代はまだかよ」
美樹
「一さんまたモルモットやってたんですか?(^^;;」

相も変らぬベーカリー。夕暮れの風景だった。
 取りとめない会話が続く。

変わる風景

からからん。

美樹
「お、いらっしゃいましたね」

ドアに向かい美樹がつぶやいた。
 つられて十が目をやると二人組の少女がいる。少し、緊張してみるのは気のせいか?

一十
「おや、御知り合いで?」
美樹
「ええ、ネットの方で」
璃慧
「あ、かむにゃっ」
「(ぺこりと頭を下げる)」

つられたように、一は頭を下げた。傍らのユラはと見れば。
 
 猫を被った。

ユラ
「かむさけ……、ああ美樹とお神酒の洒落ね(にこにこ)」
一十
「おや、こんなところに大猫が」

ナースサンダルが足を踏みつける。
 

一十
「(生憎とトレッキングシューズなんでね)」

涼しい顔の一。ユラはにこやかに話を続ける。

ユラ
「わぁ、女の子だ(喜) いいないいな、ここ最近ねず君ともぐちゃんしかみてなかったもの」
「……こちらの方は?」
美樹
「ああ、ここの常連さんですよ」
ユラ
「吹利学校大学部薬学科の小滝ユラです。お隣のハーブショップ、グリーングラスで店番もしてます」
璃慧
「あ、どうも(ぺこっ) 璃慧……、水瀬璃慧です。 吹利学校高等部1年です」
一十
「(もぐもぐ)」
「……えっと……」
一十
「あ、一十っていいます。ユラと同じ大学で林学の方に居ます。良かったら少し山葡萄でも持って行く? 酸っぱいけど(ずずず)」
璃慧
「小滝さん、もぐちゃんとかねず君って?」
ユラ
「(苦笑) んー、ここ最近はずっと一緒でねー」
「あのっ……私、リス飼ってるんですけど…… 小滝さんも……ですか?」

ユラと美樹の表情が笑ったまま凍った。
 ああ、とても真実は言えない(笑)

璃慧
「(?? 何なんだろ?)」
一十
「んー、ちがうちがう。ユラがやってんのは……」

テーブルのしたでナースサンダルが閃いた。
 余裕を誇る一の表情が一転歪む。

SE
「ごきっ」
一十
「(悶絶)」

一は向うずねを抑えてうずくまろうとして、天板に額をぶつけた。

SE
「がすっ」
美樹
「(^^;; ああ、原稿持ってきましたよ。つたない文章で恥ずかしいですけど。読んでみてください」
ユラ
「あ、美樹さん新しくお書きになったんですか? 私にも読ませてください」
璃慧
「わ〜いっ、読むよむう。ありがとうございま〜すっ。あ、わたしもサークル用に新しく書いたんですよ。あとで送っときますね〜」
 
 にぎやかになる店内。
 愚か者が涙目で脛を抱えている。
一十
「(ユラ、てめぇ……)」
(心配そうに)「あ、あの……大丈夫ですか?」
ユラ
「いいのよ、ほっといて。丈夫なだけが取り柄なんだから」
 
観楠
「相変わらずだな(ふぅ)」

店長の溜息と共に、時計が時報を告げた。

時系列

水瀬瑠慧と白月悠のベーカリーの初訪問の後。1999年秋ごろと思われる。

解説

久しぶりにベーカリーを訪れた一十と小滝ユラの高校生組との出会い。
 なお、ユラとねずちゃんたちの仲についてはあえて触れまい(笑)



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