エピソード1035『バイト探し』


目次


エピソード1035『バイト探し』

登場人物

布施美都(ふせ・みと)
過去の記憶、記録が無いため、まっとうなバイトが見つからない娘。
小滝ユラ(こたき・ゆら)
美都の保護者。大学院生。
豊秋竜胆(とよあき・りんどう)
ベーカリー・楠の常連。レストラン『マリカ』の店長代理。
蒼月かける(あおつき・かける)
ベーカリー・楠の常連。
津久見神羅(つくみ・から)
ベーカリー・楠の常連。
伊佐見光(いさみ・ひかる)
ベーカリー・楠の常連……の兄。
湊川観楠(みなとがわ・かなみ)
ベーカリー・楠の店長。
紫苑(しおん)
ベーカリー・楠の常連にして、美都と最初から共にいる金属生命体。

ちょっぴり危ないバイト

美都
「うーん……」

相変わらず悩んでいる美都。いつも何かに悩んでいるような気がしないでもない。
 アルバイト斡旋雑誌をめくりながら、一つずつ条件をチェックして行く。
 その大半は、条件に当てはまらない。

美都
「これと……これと、これ。……なんか、夜の労働時間のやつばかりだなぁ……」

条件に当て嵌まったものは、印をつけて行く。電話で相談だったり、直接面接があったりするが、今日はとりあえず全て目を通してみる。

美都
「みんな、時給はいいやつばっかだから助かるけど……」
ユラ
「美都ちゃん。いい?」

同居人のユラが部屋に入って来る。

美都
「はい、どうぞ」

寝転がった体勢から起き上がり、若干居住まいを正す。色ペンと雑誌は手に持ったままだ。

ユラ
「お茶いれたから……って、バイト探し?」
美都
「あ、はい。あまりべったりお世話になるわけにもいかないから……」
ユラ
「気にしなくて良いのに……っていっても聞かないわよね……」
美都
「すみません……」
ユラ
「いいのよ、別に。で、どんなバイトにするの?」
美都
「履歴書が必要ない所を探してるんですけど、なかなか無くて……」

そういって、チェックした雑誌をユラに渡す。

ユラ
「(……ちょっとこれ……水商売?)」
美都
「時給が高いのは良いですけどねぇ……夜の仕事が多くて……」
ユラ
「ねえ、美都ちゃん」
美都
「はい?」
ユラ
「このお店とかって、どんな事させるのか分かってるの?」
美都
「え? ……えーと、このお店は“接待”って書いてありますよね。女性はフロアに出てお客さんの相手……と」
ユラ
「美都ちゃん。『水商売』って知ってる?」
美都
「え……ええ、まあ……テレビとかで大体は……」
ユラ
「貴方の選んだの、そのほとんどが水商売だって分かってる?」
美都
「え……あ、そうなんですか……」
ユラ
「しかも、どれも怪しいのばかりよ。水商売が悪いって決め付けるつもりはないけど、貴方が選んだものは、特にたちの悪いものだわ」
美都
「でも……」
ユラ
「また自分はどうなっても良いって言うつもり?」

ユラの厳しい視線。以前、美都がグリーングラスに厄介になる前にも、似た様な事を話した事がある。
 美都の自分の体を軽視するような行動は、ユラとしては心配する要素の一つである。

美都
「え……あ……」
ユラ
「……」

答えに窮する美都を、黙って見つめるユラ。この件は、以前決着がついている。

ユラ
「履歴書が作れない理由は分かるけど、自分の事をもっと大切にしよう」
美都
「はい……。ごめんなさい」
ユラ
「多分、こういう雑誌のは、全部無理だと思う。知り合いに誰かいないか聞いてみるけど……」
美都
「……やっぱり、めいわくかけちゃいますね……」
ユラ
「気にしないで……って言うのは、無理かもしれないけど、私が安心できるところで働いて欲しいだけだから。ごめんなさいね」
美都
「いえ……私のわがままですから……。お願いします」

結局、ユラに頼ってしまう美都であった。
 自分はひとりでは何も出来ない事を、また思い知らされる。

ベーカリーにて

数日後。以前として、ユラからのバイトの紹介も無い。もともと、ユラとしても「履歴書が必要ない」バイトを探すのは難しく、ないんも聞かずに雇ってくれるところなど、どれも自分の周りでしかない。
 それでは美都の気持ちを無視してしまう事も、ユラは分かっていた。だから、どうしても条件は厳しくなり、探すのも難しい。
 美都も、何もしなかったわけではないが、ユラを心配させないアルバイトとなると、なかなかに難しいのは確かだ。
 グリーングラスの休憩時に、昼食がてら向かいのパン屋『ベーカリー楠』に足を運ぶ。
 以前、ちょっとの休憩を兼ねて立ち寄った場所だったが、その場の雰囲気と常連達の人柄もあり、ユラも利用している事もあって、良く足を運ぶようになっていた。

SE
からんからん
美都
「こんにちはー」
竜胆
「あ、美都ちゃんだ」
美都
「あ、竜胆さん。こんにちは」
竜胆
「美都ちゃん美都ちゃん。これが巨人の星の歌だよ」

常連の一人、竜胆とは、以前に野球の巨人軍と阪神軍の話で盛り上がり、その際に「巨人の星」という歌の話題が出たのだが、以前の記憶の無い美都は聞いた事が無かったのだ。
 律義にMDにして来る事もさすがだが、会えるかどうか分からない美都のために、いつも持ち歩いていたのだろうか?

美都
「おおっ……昔の曲みたい……」
竜胆
「昔の曲だって」

MDを聞き、単純な感想を述べる。

美都
「ありがとうございました。ああいう曲だったんですね……」
竜胆
「うん、なかなかでしょ?」
美都
「はい」

そういってから、店内を見渡す。パンの置いてあるあたりで竜胆に捕まったのだが、この場所よりは奥にいった方がよさそうである。

竜胆、美都にベーカリーの道を教える

美都
「今日は、お昼食べにきたんです。どれにしよっかなぁ……」
竜胆
「誰しもが通る道としてししゃもパンなぞどうかのう」
美都
「ししゃも……って、魚のですか?」
竜胆
「うん。健康にいいんだって」
かける
「こんちわ〜」(からん)

竜胆に若干歪んだ授業を受けている最中に、もう一人店内に客が入ってきた。

美都
「あ、うぐぅの人だ(にぱ)こんにちは(にこ)」
神羅
「うぐぅ?なんやそりゃ」
かける
「うぐぅ」

神羅の問いに、かけるはお決まりのうめき(?)で答える。どうやら、パソコンのゲームの台詞の一つであるらしいのだが、詳しい事は不明である。

美都
「健康に良いのかぁ……別に不健康な生活はしてないけど……じゃあ、これ一つと……」

挨拶をして既に興味は薄れたのか、さっさとパン選びに戻る美都。
 “ししゃもパン”を取り、トレーに移す。

竜胆
「メロンパンの組み合わせがフルーティ」

更に横から竜胆が助言をする。

美都
「えーっと、ししゃもパンってしょっぱいんですか?」
竜胆
「どうして? そりゃちょっとは塩味だよ」
美都
「しょっぱいのかぁ……じゃあ、甘いのが一つあっても良いですね。んじゃ、メロンパン……と」
竜胆
「美都ちゃんはコーヒー党? 紅茶党?」
美都
「うーん……ユラさんとは、お茶一緒にするのが多いです」

ハーブティを呑む事が多いのは確かである。

美都
「店長さん、苦くないコーヒーってありますか?」
SE
カラン、カラン
「こんにちは」

3度、ベーカリーのドアベルだなる。20代半ばくらいの青年は、店内を見回してすぐに常連達に目を留めた。

「おや? みなさんお揃いでどうしたんです?」
竜胆
「英国式に言うとアフタヌーンティー。和風に言うと三時のおやつ、だよ( ̄▽ ̄)」
「ほほう」
かける
「無道邸風に言うと『まえのくんおやつ』だな」
「……よく分かりませんが、分かりました……」
美都
「あ、こんにちわっ。常連さんですか? えへへ……私は今ごろお昼なんです」(ぺろっと舌を出す)」
「あ、どーも、お初にお目にかかります」
美都
「お向かいのグリーングラスで働いてます。布施美都です。よろしくっ」(ぺこっ)
美都
(お辞儀をしてトレイを落としそうになる)「ととっ……!」
竜胆
「危ないよ(支える)」
美都
「あ……ありがとうございます」
「んー、私より由摩の方が常連かもしれませんね」

由摩……というのは、光の妹の事である。パンをこよなく愛する少女だ。

美都
「あ、店長さん、これと、後コーヒーをください。お砂糖とミルクがたくさん入ったやつ」

奥で何やら作業中の店長の代わりに、店員が対応をする。

美都
(パンを受け取ってお金を払う)「ありがとうございます。えーと……席は……」
竜胆
「でも今日は店長さん無口ですね〜。機嫌悪いのかな?」
観楠
「……呼んだ?」

奥でヒートプレスをしていた店長が、一瞬だけ顔を出す。
 ヒートプレスとは、パン屋とは全く関係なく、プラモ製作の一過程だ。

美都
「あ……ごめんなさい……作業中だったんですね……お金……ここに置きます」
竜胆
「営業中にプラモ作ってるんですよ、このヒト( ̄▽ ̄;;」
「くすくすっ」
かける
「やりおるなっ」
観楠
「だ、だって家じゃなかなかできないし……」
美都
「えーと……私も店番の時に紫苑ちゃんと遊んでたりするし……その……」
かける
「みんなさぼりまだ」
竜胆
「まじめに労働してるあたしがアホに見えてくるよ   ( ̄▽ ̄::」
「あ、店長、私もコーヒー一つ」
美都
「うう……ごめんなさい……」(恐縮)
観楠
「違うぞ。時間を有効に活用してるんだぞ」

美都、バイトを考える

竜胆
「ああ、自営業ってそういうのがうらやましいよぉ……雇われ店長代理って悲しい(><)」
かける
「りん姉もがんばって独立するんだ」
竜胆
「独立資金一千万円くらいは最低必要なんだよ( ̄▽ ̄;;」

無茶な提案をするかけるに、現実的な資金問題で以って対応する竜胆。
 美都の耳には、“店長代理”という言葉が一際際立って聞こえた。

美都
「竜胆さん、店長代理なんですか?」
かける
「たいへんだね」
美都
「すごいですねぇ……」
竜胆
「別にすごくないよ(^^;; ただの中間管理職だよ、店長代理なんて」
美都
「店長って、何の店長さんなんですか?」
竜胆
「レストラン」
美都
「レストランですかぁ……」
かける
「みんなでタカりに行こう」
美都
「そこって、バイト募集してます?」
竜胆
「? そりゃまあ、慢性的に人手不足だから募集は随時してるよ? お冷くらいはおごってあげるよ、かけるん」
美都
「えーと……履歴書が無くて雇ってくれたりします?」
かける
「うぐぅ」
「うぐぅ?」

お決まりのうめきである。元ネタは……(以下略)

竜胆
「……うぐぅ……せめて、ウソでもいいからほしいな……履歴書」
美都
「あんまり詳しく調べたりしないんですか?」
竜胆
「うん。だいたい額面どおり受け取るから」
美都
「そっかぁ……」(考え込んでる)
竜胆
「……美都ちゃん、バイトしてくれるの?」
美都
「うーん……まず紫苑ちゃんに……それから……はいっ?!」

色々と頭の中で考え始めた美都は、まだ会話が続いていたのを思い出す。

美都
「はい……やっぱり、グリーングラスにいつまでもお世話になれませんし……時間、いっぱい余ってるから(苦笑)」
竜胆
「(にこにこ)時給は850円スタートで、時間は最低一日四時間ね」
美都
「4時間どころか……8時間でも大丈夫です(にこっ)」
竜胆
「じゃ、明日お店にきてね(にこにこ)」
美都
「え……雇ってくれるんですか?」
竜胆
「うん。人手足りないもん」
かける
「ヒトデがたりない……」
美都
「はい! よろしくお願いしますっ!」

なにかぼけようとしたかけるをものともせず。元気に約束を取り付ける。

二人の仲

美都
「(今日の夜。紫苑ちゃん帰って来るかなぁ……履歴書作らなきゃ……)」
紫苑
「(とてとて) ん?」

噂をすれば……なのか、ベーカリーの外を紫苑が通りかかる。
 相変わらず奇抜なファッションであるが、美形青年である事にはかわりない。

美都
「あ……」(外の紫苑に向かって手を振る)
竜胆
「ん?」
美都
「あ……知りあいなんです(あせあせ)」
かける
「あ、紫苑だ」
竜胆
「しおん?」
かける
「男性か。つまらん」
美都
「あ、かけるさん紫苑ちゃんの事知ってるんですか?」
紫苑
「つまらんとは失礼な」

入ってきて早々、つまらん呼ばわりをされれば、機嫌も悪くなろうもの。
 しかし、絶世の美女の姿も持つ紫苑に、女性の姿で会いたいと思うのは、男の性というものであろう。

かける
「ぶーぶーぶ」
美都
「あ、紫苑ちゃんです」

今までの様子から、何人かは紫苑の事を見知っている様子だが、竜胆は話しが見えてないらしい。
 簡単に紹介する。

竜胆
「あ、よろしく( ̄▽ ̄)」
紫苑
「よろしく」
美都
「紫苑ちゃん」
紫苑
「なんです?」
美都
「今夜、私の部屋に来てね(にこ)」
紫苑
「わかりました」
竜胆
「ほぇ〜( ̄▽ ̄)」
美都
「絶対だよ……って、今まで頼んできてくれなかった事無かったけどっ(にこっ)」
紫苑
「いつもいるじゃないですか(苦笑)」
竜胆
( ̄▽ ̄)
かける
「そーだったのか(めもめも)」
竜胆
「ラヴだねぇ、かけるん」
かける
「らヴだね」

勝手に、盛り上がる二人。確かに、紫苑と美都の会話を聞いていると、別のの意味を想像してしまう。

美都
「たまにいなくなるんだもん」
紫苑
「少し……所用がある物ですから」
美都
「いいけどさっ……じゃあ、お願いねっ」

そういうと、残ったカフェオレを一気に飲み干す。

美都
「じゃあ、店番に戻ります。竜胆さん、明日、いきますね。『マリカ』ですよね?」
竜胆
「うん。それじゃ待ってるからね〜」
美都
「はいっ……それじゃ。店長さん、おいしかったですっ。でも……ししゃもパンは私は駄目みたい……(苦笑)」
観楠
「……え?」

今度は、マスクをしてエアブラシをかけている。
 とてもパン屋の主人とは思えない。

かける
「きいちゃいねぇ」

美都は、そのまま店を出た。
 今夜、履歴書を作成すれば、新たなバイトが出来るのだ。
 店番中にも、おもむろに笑みが浮かぶ美都であった。

解説

いつもたのしげな雰囲気のベーカリーに、バイトを探している美都が顔を出す。
 竜胆のつてでようやくバイトの糸口が見えてきた。

時系列

1999年8月。



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