エピソード1039『資料はどこに?』


目次


エピソード1039『資料はどこに?』

登場人物

水瀬璃慧(みなせ・あきえ)
創作が趣味の高校生。公演が終わってようやくちょっと余裕ができた。
白月悠(しらつき・はるか)
璃慧の親友にしてクラスメート。人間嫌いの気があるが、すごく優しい。
狭淵美樹(さぶち・みき)
璃慧のネットでの知り合い。創作するひと。活字中毒者。

図書室で

冷え込みが激しくなってきて、そろそろ冬の訪れを感じる
 そんな日の放課後のこと。
 璃慧は今日も図書室に来ていた。
 書架の間をめぐって、目当ての本を探す。
 設備が良いわりに利用者が少ないので、そこらへんの公立図書館よりもは、だいぶ使い勝手がよかった。

璃慧
「………………」

一冊一冊、表題を見てまわるが、求めている本はなさそうだった。やはり、小説の資料にするような本を、学校の図書室に求めるということは、無謀なのだろうか。
 古代日本史に関するもの、神代に関わるもの、環太平洋各地の神話と伝承、呪術や氣に関するもの……、どれも使えそうなものはなかった。

璃慧
「悠に聞いてみた方が早かったかなあ」

最近では、すっかり璃慧の辞書と化している悠だった。語学やファンタジーに関する知識は、悠の方が上なのだ。趣味が似通っているわりには、詳しい分野が違うので、何かと便利だった。もっとも、璃慧が悠を頼ることばかり多い気もするが。
 しかし、このまま何の収穫もなく部室に戻るのもしゃくなので、何とはなしに、本を見てまわる。そういえば、図書室に来るの、久しぶりだった。

璃慧
「(最近、本読んでなかったからなあ……。 パソコンのやり過ぎ、ってか。 ここのところなんかすっきりしない気分、そのせいかもな……。久しぶりに何か読むかっ!)」

さしせまっている定期考査など、眼中になかった。まあ、いつものことではあるが。やるべきことなんて、いつだって山ほどある。今だってそう。既に自分の処理能力を、大幅にこえている。でも、だからといって璃慧は、それだけに従事できるような人間ではなかった。

璃慧
「…………(にこっ)」

読み切れないほど多くの本がある。それだけで、嬉しい。そして、そんなことで嬉しくなれる自分が、幸せで。
 思わず手にとって、読みだす。
 数十分後。璃慧は書架の方から机の方へ、移動していた。手元には、7,8冊の本が。すでに1冊、読み終わったらしい。今は、2冊目に没頭しているようだった。
 全ては止まったように静かで。フィルターをかけられたように、ぼんやりと聞こえてくる校庭のざわめき以外、音はなく。ただ、休みなく動く瞳と、機械的にページをめくる指だけが動いていた。
 いつのまにかすっかり日は暮れて。空は紅く燃えていた。
 下校時刻10分前を知らせる放送が、校内を流れている。
 だが、そんな物など、耳に入るわけもなかった。
 もう2、3時間、こうして本を読んでいるのだろうか。この集中力が、すこしは他の方を向いてくれれば、良いのだが。

「やっぱり〜。また本読んでるっ!」
璃慧
「!!!」

突然背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、鞄を持ったまま呆れかえっている悠がいた。

璃慧
「なんだ〜、悠か。驚かさないでよお」
「なんだ〜、って……(汗) もう下校時刻…… しかも、〆きりが近いからって言って、オケラ蹴ってた気がするんだけど……(汗) 璃慧らしいよね……」
璃慧
「いいじゃん(汗) 小説書きの勉強だよ。 ……って言うのは冗談にしても、資料ないんだもん。 〆きりまで3週間きってるのになあ……」

悠の一言で、頭はすっかり現実に。ようやく本来の目的を思い出した。

「資料って??」
璃慧
「あれ? 言わなかったっけ。 今度書こうとしてるのは、古代倭のファンタジーなの。 そーだ。それで悠に聞こうと思ってたんだ。 記紀とか風土記らへんの考察含めた資料とか、 環太平洋一体の神話とか伝承に関する奴とか、 あとは、古代日本の呪いに関する資料とか持ってない?」
「う〜ん……」

しばし考えこむ悠。その時、

司書
「水瀬さんたち、いい加減閉めますよ。 下校時刻過ぎてるんですからね」

いつのまに来たというのだろうか。
 すっかり名前を覚えられている璃慧だった。

璃慧
「(小声で) あ、やばっ。とりあえず、学校でよっか」
「そだね(汗)」
璃慧
「(司書の人に) すいませ〜ん。今帰りまーす」

慌ててバッグに本を詰め込んで、廊下に出た。
 暗く人気のない、薄汚れた廊下。足早に通り抜けて校門の方へ。
 すでに閉まりかけていた校門をすり抜けて、駅へと向かう。

駅前にて

気が付くと、日は落ちていた。
 近鉄吹利駅の自動改札に、切符を通して数歩。美樹はすっかり凝りきっている肩をくいと廻した。肩胛骨の隙間が気持ちよく鳴る。

美樹
(ふぁ)

ひとつ、欠伸をかみ殺す。
 秋の午後の日差しにふとうたた寝てしまって。電車の中で寝過ごすこと一往復半。それでも、そんなに疲れはとれたような気はしていない。

美樹
(閉店前のベーカリーでコーヒーの一杯でも飲んでから………)

これからどうしますかねぇ、の思考の流れを遮ったのは見覚えのある顔だった。

美樹
「おや」

そう声をかけて、軽く会釈する。

璃慧
「あ、かむにゃ……神酒さん」
(ぺこっ)

まだ、人見知りの対象とされているらしい悠の反応に、わずかに苦笑する。

美樹
「奇遇ですねぇ。学校帰りですか」
璃慧
「うん。かむにゃは?」
美樹
「今からバイトで頼まれてました本を届けに。それから研 究室です」

既に、夕方から夜になりかけていて。
 美樹にとっては全く普通に出歩きまわる時刻ではあっても、高校生の二人には遅くならないように家路を急がなければならない時刻。
 電車の時刻までは………まだ少しあるようで。

璃慧
「へ〜。アルバイトなんだぁ。どんな本なの?」

美樹の左手に提げられていた宅配便用の大型紙袋の中に詰まっている本に、視線が行く。
 その中から茶色く変色した箱に入ったままの図譜が引っぱり出される。

美樹
「『一古墳群発掘物図譜』ってのですけどね。ほら、ここからちょっと南に行った先の一村の古墳群の。水瀬さんの学校の大学部の考古学の先生に頼まれましてね。ちょっと探してたんです」

ちなみに気になるお値段は…………68000円の古本屋御用達の付箋紙が付いたままだったりする。

璃慧
「………………(う、高い〜〜)」

絶句中。苦笑する美樹。
 悠はまた得意の(?)現実逃避モードに入ったようで。

璃慧
「あ、そういえばね……」

とりあえず、何も見えなかったことにして(笑)

璃慧
「ここら辺に、いい本屋ないかなあ?大きくなくてもいいから、珍しい本とかがあるとこ。小説の資料探してるんだけどね…………なかなかなくてさあ(汗)」

少し考え込む美樹。

美樹
「ふむ………どういう種類かにもよりますが」
璃慧
「あ、えっとね古代の。倭とか、環太平洋全体のかな。場合によってはムー大陸とかも調べるかも……」
 
 ムー大陸。確かに資料は少ない。
美樹
「ふーむ………」

そして、ちょっとばかりやっかいな資料も多い。物騒な尋ね人付きな本を、紹介するというわけにもいかないから。

美樹
「あぁ、そうだ。そんなに大きい書店じゃないですけど、瑞鶴って所があるんです。時々結構よい掘り出し物があるお店ですので、行ってみるとよいかと思います」

瑞鶴なら。まぁ、安心できる店だし。時々、びっくりさせられるような貴重な本が無造作に棚に並んでいるし。
 そう応えて。Gジャンの内ポケットからメモ帳を取り出して、瑞鶴の場所を地図に書き記す。

「あ」

悠が、璃慧の肘の服を軽く引く。

「璃慧、電車がもう来ちゃうよ」

時間的に、今から自動改札を抜けて走って、ぎりぎりというところか。
 メモ帳のページをミシン目でざっと切り取って、璃慧に手渡す。

璃慧
「あ、かむにゃ、ありがと〜。それじゃねぇ〜」

早口。まぁ、流石に慌てないと、まずかろう。

美樹
「それではまた今晩、ネット上ででも」

そう応えて。自動改札の向こうに消えていく二人を見送り、地面におろしていた大型紙袋の取っ手をひょいと掴み上げて。
 美樹もまた、ベーカリーへとひょろりと歩き出すのであった。

時系列

1999年11月半ば。オーケストラの公演後。

解説

公演が終わって、一息ついた頃のこと。
 少し出てきた余裕全てを、創作に傾けようとする璃慧ちゃんの話。
 この後、「定価は200円」につながります。
 創作の資料探しの一番最初のエピソードです。



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