エピソード1084『長生哲也の日常の断面』


目次


エピソード1084『長生哲也の日常の断面』

登場人物

長生哲也(ちょうせい・てつなり)
カレー魔術師。フリーのプログラマ。

代わり映えのしない起床

薄暗い部屋に男は横たわっていた。
 薄暗い灯りの元は部屋に点在する電気機器のLED。その内の幾つかからは作動音が聞こえてくる。ほのかな灯りを頼りに見てみれば、それは数台のパソコンが発する音らしい。
 突然けたたましい電子音が鳴り響いた。

「むぅ」

彼は、片手をそれほど清潔では無い布団から出し、一閃した。電子音が鳴り止む。
 五分後。
 別の電子音が別の場所から鳴り響く。

「むむぅ」

彼は、片手をそれほど清潔では無い布団から出し、一閃した。電子音が鳴り止む。
 五分後。
 別の電子音が別の場所から鳴り響く。

「むむむぅ」

両手を既に布団から出していた彼は、そのままむっくりと起き出した。

長生
「んがぁ」

長生哲也はLEDの灯りを頼りに、近くの机から眼鏡を取り、かけた。
 鳴り響く電子音の中、長生は物憂げに座椅子に掛け、パソコンに向かう。
 キーボードを幾らか叩くと、画面に灯りが入り、でかい時計が表示される。その前面には『パスワードは?』とだけ記されたプレートが表示されている。長生は、目の前のカレンダーを確認した。

長生
「年足す、月足す、日ーわーっと。」

言いながらキーを叩くと、プレートと時計が消え、同時に電子音が消えた。代わりに現れたのは、ブルーを基調としたデスクトップ画面である。

長生
「昨日のチャットのせいかなぁ。眠いのぉ」

ぼりぼりと頭をかき、立ちあがる。

いつもの朝食

台所には、寸胴鍋がコンロに掛かっていた。コンロに火を入れる。
 しばらくすると台所は、鍋から立ちあがるクツクツと言う音と、匂いに占領される。
 カレーの匂い。独特のスパイス臭が辺りを黄色く染めた。
 長生は冷蔵庫からヨーグルト飲料を取り出すと、マグカップになみなみと注ぎ入れ、一気に飲む。

長生
「ぷはぁ、生き返る〜」

長生は、そのままシンクにマグカップを置き、鼻歌混じりで納戸からカレー皿を取り出した。ジャーから手早く湯気を立てるご飯をよそおい、踊るような勢いで寸胴鍋の蓋をあける。
 つんとした、カレーの香りが強くなる。大きな具がごろごろと入った日本のカレーだ。銘柄はハウスだろうかSBか。さらりとしたルーの感じからして、SB臭い。長生は、戸棚からスパイス入れを取り出し、数回寸胴鍋に振りかけた。くるくるっと数回お玉を鍋の中で回すと、匂いが新鮮な物に変わる。奇妙に爽やかな香りの元はなんなのか?

長生
「普通の香辛料だよ」

ほう、そうか。しかし、なんでこんなに早く匂いが変化するのだ。

長生
「ちょっとしたコツがあるのさ。魔術さまさまだね」

そう、彼は独り言を言うと、ご飯にルーを掛け入れた。そう、この現象にはちょっとした詐欺が有った。長生は魔術師であったのだ。魔術というと、人によって様々なイメージがあるであろうが、長生のものはそれらとは文字通り一味違う。スパイスを操る事によって、この世の組成をカレーと見なし、"味"を調整する。そう、彼は言うなればカレー魔術師とも言える存在であったのである。
 しばらくすると、居間から声が聞こえた。

長生
「いっただきまーす」

長生は、はぐはぐと、カレーを食い始める。その食いっぷりは大した物で、朝食を取っているというより、強制断食明けの欠食児童さながらであった。

時系列と場所

1999年秋、らしい(^^; 場所は、長生哲也の家。

解説

このエピソードは、ひょいとした弾みでIRCに出てきたもの。いつか書きかけてたのをそのままほっといてたらしい(^^; 多分、日常生活でカレー魔術をすぽんと使ってる様子を書きたかったんだと思う。
 それを受けて後半部を作成。上手く行ったのかは……よくわからん(苦笑)



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