宅配便のバイトを始めたのが、今日。生活に困っているわけではなかったが、出来うる限り実家に頼らずに生活して行くべきかと考えて、始めたバイトだった。
この宅配以前にも、コンビニエンスストアや、ファーストフードなどの面接を受けに行ったのだが、どれも断られた。やはりこの赤っぽく染められた髪がネックになっているらしい。このバイトにつけたのも幸運なことだった。
そしてそのバイトの初日、書いてある住所通りの場所に向かうと、そこは市街地から遠く離れた郊外の屋敷だった。受取人欄を見ると、ブラッドサッカーとある。外国人の屋敷なのだろうか。
配達用のバイクから降り、荷物を片手に重く大きな鉄製の門を開け、屋敷の玄関先まで歩く。扉の脇には古風な呼び鈴が備え付けてあり、屋敷の主のセンスが伺える。今日は憑いてきていないが、勇那がいたら物珍しさに喜んだかもしれない。
なかなか反応がない。鏡介は一呼吸於いてさらに呼び鈴を鳴らした。
どたどたと中から誰かが駆けてくる音が聞こえる。中から出てきたのはこれまた古風なメイド衣装に身を包んだ少女。この館の主はいったいどんな懐古趣味を持っているのだろうか、鏡介はふと自分の育った屋敷を思い出す。
中身はよくわからないが、そんなに重さはなく、かつ割れ物らしい。自然と手渡しする扱いも丁寧になる。メイドとおぼしき少女は少しあきれたような表情でそれを受け取る。
帽子を目深にかぶり、あまり表情も見えない鏡介に向けられた営業スマイル。それを横目に次の配達場所のことを考えながら、鏡介は前からつんのめるようにして、倒れた。
「宅配便殺人事件、メイドは見ていた」「妖精村殺人事件、腰蓑は見ていた」煌の頭にワイドショウのテロップのような文字が次々と流れる。そんな最中も、目の前の配達人は起きあがることもなく無言で伏したままだ。
昔の夢を見ていた。祖父に死者救済のみを絶対なる使命として教えられ、外の社会から隔絶され様々な知識と技術を詰め込まれたあの屋敷。
その夢から覚めると、あの屋敷とは似て非なる天井が見える。ソファに寝かせられ、丁寧にタオルケットまでかけられている。
先程の少女と同じ衣装を纏いながらも、また違った印象の少女。
その時、先程玄関先で応対していた方の少女と、以前ベーカリー楠と言うパン屋で知り合った怪獣、ビィが入ってきた。
煌が入ってきた時同様元気よく部屋から飛び出す。また、どうやら鏡介はビィには覚えてもらえていないらしい。
理路整然と言う煖、普通の者ならここで気を悪くもするのかもしれないが、鏡介はもっともな言い分だと納得していた。
そんな話をしていると、また人が入ってきた、煌と、それを従わせるようにして立つ髪の長い少女。足音もなく入ってくる。
その少女を見て鏡介は瞬間、言葉を失う。鏡介は一度彼女を見たことがあったのだ、血の雨を降らせていた彼女を。それ以来鏡介は彼女に興味を持っており、そしてこの場で再び相見えると言うことになったわけだ。
しばし、呆然と彼女の顔を見つめる鏡介。
身に付いてるような付いてないようなお嬢様としての物腰、何れにしろ育ちは良さそうな感じだな、と鏡介は考える。
そして、背後では煌がビィを転がし始めていた。
倒れた原因はなんとなくわかっている。このところの食生活の乱れと、睡眠不足は確かに酷いモノがあった。これは帰ったら相当勇那にどやされそうだ。
とりあえずの補給をするためにいつも持ち歩いている栄養剤を、何錠かポケットから出す。
錠剤を一気に胃に流し込む、鏡介。
それを見た煖と千影が忠言する。
……一瞬静まる場、この男、どうも食生活に無頓着なところがあるらしい。
呆れたように指示を出す千影に、鏡介は少し恐縮する。バイトの途中で倒れ、その挙げ句に食事まで御馳走になっては申し訳ないと思ったのだろう。
そう言って微かに微笑む千影に、結局御馳走になって帰っていった鏡介であった。キミはバイトする気が本当にあるのかい?
場所はうって変わって鏡介の住む風見アパート、非常に老朽化の進んれおり、今にも崩れ落ちそうなおんぼろっぷりだ。仕送りの量からいってもっと綺麗なマンションにでも住めそうなものなのだが、鏡介はあえて此処に居着いている。
当然の結果である。
と、いいつつコカ・コーラをごくごく飲んで昼飯と称している。
幽霊である身故にひっぱたくことも出来ず、ただ怒りに震える勇那であった。
1999年6月あたり。
鏡介が宅配便のアルバイトで最初に無道邸を訪れ、無道邸の面々と遭遇する話。