エピソード1406『璃慧ちゃん、前野さんと会う』


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エピソード1406『璃慧ちゃん、前野さんと会う』

登場人物

前野浩(まえの・ひろし)
 
無道邸に住み込みで働く元大学生。本人曰く『雑用係』。
ついお節介を焼いてしまう傾向あり。
水瀬璃慧(みなせ・あきえ)
 
小説書きが趣味な女子高生。時間がない〜と騒ぐこと多々。
ちょっと人見知りする。
無道千影(むどう・ちかげ)
 
無道邸の当主である女子大生。小悪魔ちっく(笑)
人見知りは………しないだろう。

前野の目

ここ吹利駅前商店街も、年の瀬が近づくに連れてその賑わいを増している。
 年末商戦向けの POPや、クリスマス向けのレイアウトなどがショーウィンドウを飾り、活気のある売り声があちこちから聞こえてくる。
 もっとも、私の今日の買い物は、あまりそれらには関係ない。
 実際、一つ二つが値引きしていたくらいのものだった。

店員
「ありがとうございましたー!」

店員の声に送られて店を出る。
 さて、どうしたものか……
 人込みに揉まれるのは好きじゃないが、そこまで混雑しているわけじゃない。
 それに、少し店を覗いていくのも良いだろう。
 クリスマスのこともあるし……

前野
(お……)

本屋から、一人の女学生が出てくる。
 高校生くらいか……どこかで見た顔だ。
 学校帰りらしく、手には鞄を下げている。
 本の包みは無いようだが、買わなかったのか、鞄の中か……

女学生
「……あ」

顔を上げたところで目が合う。
 向こうも、なんとなくどっかであったことが在ると思ったのだろうか。
 名前も思い出した。
 確か、水瀬璃慧。美樹さんのChat仲間だ。

前野
「こんにちわ」
璃慧
「……こんにち……は…………」

おずおずと返事を返してくる。

前野
「おかいものですか?(笑)」
璃慧
「……ええ…………」

露骨に怖がられてるな。
 声をかけない方がよかったのかもしれない……

前野
「あっ……と……買い物の邪魔しちゃったかな?」
璃慧
「あ、いえ。別に急いでたわけでもないですし……」
前野
「夕飯のお買いものかな?」

とりあえず、話は続いてしまう。

璃慧
「あ、べつにそうゆうわけじゃないです料理はあんまり好きじゃないんですよね……」
前野
「そうなんだ……苦手とか?」

こうして、ついつい詮索してしまうんだな……
 嫌な奴だ。

璃慧
「うーん……別に、苦手って訳じゃないと思うんですけど……もっと他にやりたいことがあるから……、かな」
前野
「へぇ……いいね。やりたい事があるってのは(笑)」
璃慧
「そう……ですか?」
前野
「うん。やりたい事も無くぶらぶら過ごしてるよりか、ずっと健全でいいよ(笑)」

ま、実際よっぽどマシだ。

璃慧
「健全……かなあ(苦笑)?」

やりたい事で無駄に出来る時間が在るだけ幸せだと思うが、実感は湧かないだろうな。

前野
「私なんか、高校の頃は碌にやりたい事も無かったからなぁ……」
璃慧
「そうなんですか……わたしはなあ、時間が足りなくて……(苦笑)」
前野
「やりたい事が多すぎて?(笑)」
璃慧
「そんなに多いつもりはないんですけどね(^^;」

少し羨ましい。
 熱意を持って取り組んだ記憶が薄いからかな。
 何か手助けでも出来ればいいんだが……

璃慧
「要領悪いの……かなあ?」
前野
「どんなことで時間が取られちゃうんだろ?なにか、調べものとか、手に入り難いものとかあるの?」

もっとも、そんなのは身勝手な親切の押し売り。
 わかってはいるんだがな(苦笑)

璃慧の目

返答に困って、ちょっと沈黙。
 自分でもこれと言って原因がわかっているわけでもなし。
 強いて言うならこの性格が問題なのだろうけど……
 愚痴めいてしまうのは分かっているから、あまり親しくないこの人に言うのも悪いだろうし……
 
 悩んでる様子に気づいたのか

前野
「……あっ、ごめんね(苦笑)立ち入ったことまで聞いちゃって……(^^;;」

と。
 気づかってくれてる優しさが嬉しかった。

璃慧
「あ、いえ……」

反射的に出た声は、我ながらとてもか細い。

璃慧
「えっと……前野さん、でしたよねえ?買い物、ですか?」
前野
「えぇ、おつかいのようなものです(笑)」
璃慧
「おつかいって……(笑)」

外見とその言葉のミスマッチに、ちょっと笑ってしまった。
 でも、そんなあたしに怒る風でもなく、にこっと笑ってみせた。
 外見はちょっと怖いけれど、こうしていると、すごく優しいんだろうということがよく分かる。

前野
「ほら(笑)」

そういって手に持った紙袋の中を見せてくれた。
 中には缶詰やら、お砂糖、猫缶やメディア類まであった。

璃慧
「なんていうか…………」
前野
「ん?」
璃慧
「統一性ないってゆーか……(苦笑)」

親しくもない人に、失礼かな、とは思ったけれど。
 いつの間にか、緊張もほぐれてきていたようで、思わず口にしていた。

前野
「まぁ、そうだねぇ(苦笑) みんなに頼まれているからね。ま、自然統一性もなくなるよ」
璃慧
「あれ、一人暮らしじゃないんですか?」
前野
「ん? 美樹さんから聞いてないかな?」

ちょっと首を傾げて見せながらも、ごそごそと懐から名刺を名刺を差しだす。黒い金属質のものでできている、ちょっと変わったそれには、この近くだろう住所と、「前野浩」という名前が書かれていた。

前野
「一応、このお屋敷で働いているんだ」
璃慧
「そーなんですか……」

お屋敷、というあまりなじみの無い言葉に。嘆声を返す。

璃慧
(……なんかすごいなあ)

無道邸の地図

前野
「そうだ、何か調べ物をしてるって言ってたけど……ここの書庫も色々と在るから、参考になるかもしれないよ」

そんな、思いがけない申し出に、ちょっと驚いたけれど。

璃慧
「あ、ありがとうございますー」
前野
「道は分かるかな?」
璃慧
「……(汗)」

さしてひどい方向音痴というわけではないと思うけれど。出歩かない性格のせいもあってか、どうも土地勘と言うものがまったく無い。
 ちょっと困ったような顔をしていたのだろう。向こうから、

前野
「地図もあげようか(苦笑)」

と、言ってきてくれた。

璃慧
「……お願いしま〜す」

えへへ、と苦笑いと共に返す。

前野
「じゃ、さっきの名刺をちょっと借りるね」
璃慧
「あ、はい」

そう言って、差し出された彼の手に、さっきの金属を渡す。
 思わず手元を覗き込んでみると、何かを擦り付けるように貼っている仕草が窺えた。

前野
「これでどう?」

そういって再び差し出された名刺には、裏に白略地図が書かれている。

璃慧
「……え?? あ、どうも……」

いったい何をしていたのだろう。どんな手品だろうか?
 困惑しながらも、とりあえず礼を返した。
 そんなあたしの様子には気付かないのか、それとも故意に無視しているのか。何事も無かったかのように、彼は話を続ける。

前野
「この名刺を見せれば、すぐに通してもらえると思うよ」
璃慧
「……って、そんな押しかけて平気なんですか(汗)」
前野
「おやつ食べに来る人も居るくらいだからね(笑)来客は嫌がらないよ」
璃慧
「おやつを食べにって……(汗)」

人付き合いが苦手な親のせいもあって。来客はせいぜい年に一、二度あるかないかという環境で育ったあたしには、ちょっと理解しがたい感覚だ。
 でも……。楽しそう、だな……

前野
「それじゃ、長々引き止めて悪かったね」
璃慧
「あ、いえ。じゃ、また」

そういって、お辞儀を返した。
 ちょっと珍しいことが続いたせいか、しばらく呆けた様子でその場に立ちどまっていたらしい。不意に、吹きつける風で、体が冷たくなっていることに気付いて、急いで帰路についた。

璃慧
(今度、暇なときにでも……行ってみようかな)

無道邸にて

その後、無道邸にて。

前野
「千影さ〜ん」
千影
「ん、なぁに?」
前野
「美樹さんの友達が、近々書庫を見に来るかもしれませんので一応、報告しておきます」
千影
「美樹さんのお友達なら本を大切にしてくれそうだしいいわよ。その人、前野さんは面識あるの?」
前野
「水瀬璃慧さんという、高校生の方です。この間、町であったときに調べ物をしていると言うことを聞きまして……」
千影
「うちの書庫で調べもの? おもしろそうな娘ね☆(クス)」
前野
「小耳に挟んだ話では、“その手”の資料を探しているということでしたからね。“色々在る”って紹介しておきましたから、来たらお願いします」
千影
「ふ〜ん、わかったわ……なににしても楽しみね☆(クス)」

時系列

1999年12月末。

解説

題名どおり(w クリスマスでにぎわう町中での情景です。
 (sf補注) 前野くんは、探し物についてすこーし勘違いしてるかも知れない。無道邱での事件は、また別の話として。



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