雪の降りしきる吹利の夜……
優麻は、一人歩いていた。
特に目的など無かった。
今日は、光は夜勤の為、家にいない。
由摩は、萌ちゃん家にお泊りに行っている。
本当は、優麻も誘われたのだが、流石に優麻と由摩では年齢的に問題もある。
そもそも、人に迷惑を掛けたくない性格の優麻に、人の家に泊まるなど出来るはずもなかった。
おまけに、奈々もメンテナンスと為、明日の朝まで稼動しないという。
教授も、今日は徹夜で、書類整理をやっているらしい。
日ごろの怠慢が、今になって、ツケとなって回ってきたのだ。
そう、今日、伊佐見邸には、誰もいないのだ。
本来なら、受験勉強をする予定であった優麻。
だが、寂しさと不安感が、彼女を外へと歩ませたのだった。
白い息が、吹利の寒さを一層感じさせている。
当ての無い歩み……ただ、ひたすら、赴くままに雪に足跡だけを残して歩いていく。
優麻は、ふと気がつくと、大きな屋敷の前を歩いていた。
そこは無道邸だった……
そう、前野の住む屋敷でもある無道邸。
気がつかないうちに、来てしまったようだ。
そう呟くと、優麻は無道邸の門の前に立った。
だが、門を叩こうとする腕が上がるたびに躊躇している。
そして、暫く、屋敷の前をうろうろして、又門の前に立った。
でも、やはり門は叩けない。
既に、この場所に来て数時間。
優麻の体も、芯から冷え切っていた。
その時、北風が無道邸の前を流れるように吹き付けた。
優麻の冷え切った体に更に追い討ちをかけていた。
無道邸の門の前に膝を抱えるようにして、腰掛ける。
そして、そのまま……
煌は、今日、夜の見回りの当番だった。
そして、門のところまでたどり着くと、門を開け、ちらっと、外を見る。
ふと、門の外に、雪の塊があることに気づいた。
門の屋根の雪が落ちてきたにしては、不自然だ。
多分、誰かが、悪戯して、雪を捨てていったに違いないと煌は思った。
こんなところに雪が置いてあっては、通行の邪魔だ。
煌は、仕方なしに雪を退けようとする。
だが、それは雪ではなかった。
雪の積もった中から、座り込んだ人が出てきた。
煌は、積もった雪を払って、優麻を揺り動かしてみた。
しかし、優麻は目覚めなかった。幸い、息はまだある。だが、このままでは、死んでしまうほど、優麻の体は冷え切っていた。
声を聞きつけて、家の方から前野がやってくる
煌は、ぱたぱたと家に方へ走っていき、早速、布団の用意をする。
前野は、優麻の体を抱え上げ、家へと運んでいった。
幾ら前野であっても、女性の心の奥までスキャンすることなんて出来ない。
翌日の朝。
優麻は、布団の中で目覚めた。
優麻は驚きながら、辺りを見回す。
そこは、無道邸の座敷だった。
と言いながら、優麻の額に手を当て、熱を測っている。
優麻は、真っ赤になりながら、目をぱちくりさせ、ただ前野の顔を見ていた。
本当は、こっちが聞きたいくらいだと前野は思ったが、あえて、そのことには触れずにいた。
優麻は、今の状況が上手く理解出来ないでいた。
そして、ゆっくりと、昨日の状況を頭に思い浮かべていく。
雪の降る夜、家を出て、当ても無く彷徨い、気がついたら無道邸の前。
だが、その辺りからぷっつりと記憶が無かった。
優麻の憶測では、多分、無道邸の前で倒れたに違いないと思う。
そして、前野さんに助けられたのだと感じた。
と、途端、急に怖くなった。
あんな寒い夜に、道端で倒れたのだ。そのまま死にかねない。
だが、それ以上に怖かったのは、前野に迷惑をかけたことだ。
きっと、軽蔑するに違いない。絶対、嫌われる。それが、優麻にとって、一番の恐怖なのだ。
何時の間にやら、スープが優麻の手元に届いていた。
優麻が、考え事をしている間に、前野が取りに行っていたらしい。
それに気がつかなかったのだ。
そして、優麻は皿を手に取り、スープを飲んだ。
暖かい……それは、冷えた心に染み渡った。
もう少し、ほんの少しでいい……このままで居たい。
前野と一緒の朝食。と言っても前野はただ優麻をみているだけ。
それでもいい……この人ともう少しだけ一緒に居たい……。
優麻のひと時の安らぎの為に……
1999年12月頃
前野君に思いをつづる優麻が、無道邸を訪れ、雪の中に門の前で居座り続けるシーンです。