エピソード1416『春待鬼』


目次


エピソード1416『春待鬼』

登場人物

平田阿戸(ひらた・あど)
駄目な吸血鬼ハンター。悪意より善意が苦手らしい。
里見鏡介(さとみ・きょうすけ)
駄目気味なネクロマンサー。ネーミングセンスは悪いようだ。
富良名裕也(ふらな・ゆうや)
細かいことはあまり気にしない、お気楽大学生。
大学生より小中学生に見えること多々あり。
平塚花澄(ひらつか・かすみ)
書店瑞鶴店員。周囲を春の結界で包む異能持ち。
平塚英一(ひらつか・えいいち)
書店瑞鶴店長。花澄の兄。
瑞鶴の猫(ずいかくのねこ)
書店瑞鶴に居付いている野良猫。名前は不明。

本文

某日……というよりも、鬼を祓う日。
 吹利の街をふらふらと歩いている一名。
 ……と、恐らくは全く別個にやはりふらふらと歩いている一名。

鏡介     :「…………(ぼーっ
ふらふらと歩いている)」
平田
「…………(行き先を定めずに歩いている)」

何となく。
 鏡介が一歩前。平田がその後ろ。
 風がまだ冷たい。
 と……先に歩いていたほうが、急に足を止める。

平田
「……(おわっと……?)」

すいーっと、吸いこまれるような足取りで、前者が硝子戸の中に入ってゆく。
 そのはずみでか、暖かい風が微かにこぼれる。
 看板には……『書店、瑞鶴』。

平田
(そーいえば、宇宙家族カールビンソンの最新刊…… あるかな?)

どうせ、暇である。
 ついでに……中はどうやら温かいようである。

SE
からから
フラナ
「わー、それなら見えるー(嬉) ……よね、里見さんっ」
里見
「……そうだね」
花澄
「そう? ……なら良かった(笑)」
平田
「?」
花澄
「あ、いらっしゃいませ」

レジのところから会釈する女性。
 おっとりとした、穏やかな顔立ち、長い髪……

平田
「?!」

なのだが。

里見
「春の鬼だね……雅だ」
平田
(……お……鬼?)

その額から皮膚を割って生え出ている。
 二本の、角。
 白い、うすぼんやりと光るような角に、淡い紅の薄絹がふわりとかかって。
 それがそのまま女性の全身を被っている。

フラナ
「うん、花澄さん、それなら鬼だー(笑)」
平田
(汗)

なまじ、日本人らしい顔だけに……違和感が無さ過ぎる。
 故に、やたら現実味のある鬼に見えると言うか(汗)

平田
「あの……(汗)」
花澄
「っと……(汗)」

平田の顔を見やって、女性が慌てた顔になる。
 さして広くも無い店内の、本棚の向こうから、呆れ顔の男が顔を出す。

店長
「(嘆息) ……すみません、お客さん。仮装ですので」
平田
「仮装……ですか(汗)」
里見
「…………(ぼーーーっ)」

それにしても、よく出来た仮装である。

花澄
「申しわけありませんっ(汗)」

ぺこり、と頭を下げる。
 角はそのまま動かない。
 
 平田とは対照的に鏡介はいたって平然としていた。いや、むしろその光景に美的感覚が反応していたりする。角が生えている理由がわからない事に変わりないが、目の前で起きている事はただそうである事として受けとめてしまう、そんな気質である。

鏡介
「……うん、穏やかな鬼女というのはいいものだね」
花澄
「は、はあ」
鏡介
「いや、似合ってると思いますよ」

言ってから、少しの間の後に声を殺して笑う鏡介。彼女の性格を考えると自分の込めた意味以上に的を得ているように思えた。女性の方もそれを察してか苦笑する。その後鏡介はいつものように店内を物色しはじめた。
 
 しばしの静寂……
 
 平田は無言でフラナを手招きする。

フラナ
「なーに?」
平田
「……正直に答えるのだ。知り合いか?(ひそひそ)」
フラナ
「そーだよ。いっつも夕ご飯食べさせてもらってるんだ(^^)」

沈痛な面持ちで眉間を押さえる平田。

平田
(つまり……その……こいつの知り合いということは……悪い人ではないんだろうが…………むぅ……)
フラナ
「どーしたの?」

ちらりとレジの方に目をやる。あれが仮装だと言われて、はいそうですかと納得するには出来が良過ぎる。ハリウッドでもこうはいくまい。

平田
(う、うろたえない! 独逸軍人はうろたえない!!)
フラナ
「???」

無理矢理自分に折り合いをつけた平田は、当初の目的通り本を探す事にした。

平田
(ええ、漫画は、と……)

それらしい本棚の前に移動して、数分。

平田
(おお、あったあった)

「宇宙家族カールビンソン」最新刊発見。
 とりあえず確保して……改めて本棚を見やる。

平田
(……しかし)

改めて見ると。
 この本屋、品揃えが少々妙である……ような気がする。
 最新刊の間に、ぽつりぽつりと、見たことの無いような……

平田
(ぎやまん邸……?)

はてな、と首を傾げながら見ていると。

花澄
「……あの」
平田
(びくうっ)

先程のレジの前の女性である。
 既に、角は外してあるらしい。

花澄
「あの、先程は申し訳ありませんでした……」
平田
「あ……あ、いやあの(汗)」
花澄
「申し訳ありません、すっかり脅かしてしまいまして」

ふかぶか、と頭を下げる。
 微かに……梅の香がした。

平田
「う…………」

……さて。
 こう謝られてしまうと、今度は平田のほうがつらい。

平田
(うううう)

角が無くなってしまうと、目の前に居るのはごく平凡な『本屋の店員さん』でしかない。その相手を……まあ仕方ないとは言え、化け物扱いしてしまったということで。

平田
(ううううううう(自責の念モード))
花澄
「……あの……(汗)」
平田
「う……いや、その……こちらこそすいませんでした。(ふかぶか)」
花澄
「いえ、申し訳ありません(こちらもふかぶか)」

切りの無い風景である(苦笑)

平田
「う……(汗) ………すみませんこの本下さい」
花澄
「あ、はいっ」

受け取ると、一礼してレジへ向かう。
 平田は内心溜息をついた。

平田
(……鬼が金棒ぶん回しててくれたほうが気が楽だ……)

……そんなものかもしれない。

花澄
「カバーお付けしますか?」
平田
「あ、はい、お願いします」

何となくレジの前でかしこまっている平田の足元で。

瑞鶴の猫
「……なう」
平田
「おわ?」
花澄
「あ、すみませんっ……こら邪魔よ、そこは」
瑞鶴の猫
「…………(全然構わず大欠伸)」

いつの間にやらレジの前に猫がいる。

平田
(ふてぶてしい奴だ)
瑞鶴の猫
(耳をこりこり掻いている)

……まー……そういう猫である。
 と、平田の後ろから。

鏡介
「おや、チンゲンサイだ。……これ下さい」
花澄
「チンゲンサイ?」
鏡介
「…………これ(と、猫を指す)」
花澄
「…………(汗)」
瑞鶴の猫
「…………(のん、と、頭を前足に乗っけて眠る体勢)」
鏡介
「これ下さい」
花澄
「あ、はい(汗) ……っと、お待たせしました」

カバーをかけた本の上に、何やら乗せて平田に渡す。
 

平田
「……?」
花澄
「あ、豆です」

パラフィンの折り紙に豆を入れて、口を刺繍糸で縛ってある。

花澄
「今日は、節分ですから(笑)」
平田
「……どうも」

倉庫から出てきた店長が、微かに皮肉を込めて花澄を見やる。

店長
「ああ、何でしたらそこの鬼に、ぶつけてやって下さって構いませんので」
花澄
「……(無言)」

この場合、何言っても負けるのは花澄のほうである。

花澄
「……里見さんも、どうぞ」
鏡介
「どうも」
花澄
「フラナ君は、いる?」
フラナ
「うんっ、ありがとう」

手を伸ばして嬉しそうに受け取る。
 それを眼の端で見やりながら、平田は硝子戸に手をかける。

SE
からから。
花澄
「有難うございました」
平田
「あ、ども……(口の中で)」

硝子戸を開けた途端、ぴんと鋭く冷たい風が吹きこんでくる。
 一度、身震いしてから平田が外に出て行く。
 そしてそのあとから、ふらりと鏡介が出て……行きかけて。

鏡介
「……またね、チンゲンサイ」
瑞鶴の猫   :「………(ふすん
なんとでもお呼び)」
花澄
「(苦笑) ……有難うございました」

ぱらぱらと、お客が出ていって。

花澄
「じゃ、ちょっと松蔭堂行って来ようかなあ…いい?」
店長
「さっさと帰ってこいよ」
花澄
「はい(苦笑) いこうか、フラナ君」
フラナ
「うんっ」

ふわり、と薄絹を肩からかけて、エプロンを外して。
 小柄な少年……と言ったら失礼だが……と花澄が外に出ていった途端。

瑞鶴の猫
「……なう(寒いじゃないかい)」
店長
「空調が要るか(苦笑)」

明日は立春。
 本当の春は、もう少し先になるのかもしれない。

時系列

2000年の節分。

解説

節分の日の、瑞鶴での一こまです。
 平田さん瑞鶴初登場EPでもあります。



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