某日……というよりも、鬼を祓う日。
吹利の街をふらふらと歩いている一名。
……と、恐らくは全く別個にやはりふらふらと歩いている一名。
何となく。
鏡介が一歩前。平田がその後ろ。
風がまだ冷たい。
と……先に歩いていたほうが、急に足を止める。
すいーっと、吸いこまれるような足取りで、前者が硝子戸の中に入ってゆく。
そのはずみでか、暖かい風が微かにこぼれる。
看板には……『書店、瑞鶴』。
どうせ、暇である。
ついでに……中はどうやら温かいようである。
レジのところから会釈する女性。
おっとりとした、穏やかな顔立ち、長い髪……
なのだが。
その額から皮膚を割って生え出ている。
二本の、角。
白い、うすぼんやりと光るような角に、淡い紅の薄絹がふわりとかかって。
それがそのまま女性の全身を被っている。
なまじ、日本人らしい顔だけに……違和感が無さ過ぎる。
故に、やたら現実味のある鬼に見えると言うか(汗)
平田の顔を見やって、女性が慌てた顔になる。
さして広くも無い店内の、本棚の向こうから、呆れ顔の男が顔を出す。
それにしても、よく出来た仮装である。
ぺこり、と頭を下げる。
角はそのまま動かない。
平田とは対照的に鏡介はいたって平然としていた。いや、むしろその光景に美的感覚が反応していたりする。角が生えている理由がわからない事に変わりないが、目の前で起きている事はただそうである事として受けとめてしまう、そんな気質である。
言ってから、少しの間の後に声を殺して笑う鏡介。彼女の性格を考えると自分の込めた意味以上に的を得ているように思えた。女性の方もそれを察してか苦笑する。その後鏡介はいつものように店内を物色しはじめた。
しばしの静寂……
平田は無言でフラナを手招きする。
沈痛な面持ちで眉間を押さえる平田。
ちらりとレジの方に目をやる。あれが仮装だと言われて、はいそうですかと納得するには出来が良過ぎる。ハリウッドでもこうはいくまい。
無理矢理自分に折り合いをつけた平田は、当初の目的通り本を探す事にした。
それらしい本棚の前に移動して、数分。
「宇宙家族カールビンソン」最新刊発見。
とりあえず確保して……改めて本棚を見やる。
改めて見ると。
この本屋、品揃えが少々妙である……ような気がする。
最新刊の間に、ぽつりぽつりと、見たことの無いような……
はてな、と首を傾げながら見ていると。
先程のレジの前の女性である。
既に、角は外してあるらしい。
ふかぶか、と頭を下げる。
微かに……梅の香がした。
……さて。
こう謝られてしまうと、今度は平田のほうがつらい。
角が無くなってしまうと、目の前に居るのはごく平凡な『本屋の店員さん』でしかない。その相手を……まあ仕方ないとは言え、化け物扱いしてしまったということで。
切りの無い風景である(苦笑)
受け取ると、一礼してレジへ向かう。
平田は内心溜息をついた。
……そんなものかもしれない。
何となくレジの前でかしこまっている平田の足元で。
いつの間にやらレジの前に猫がいる。
……まー……そういう猫である。
と、平田の後ろから。
カバーをかけた本の上に、何やら乗せて平田に渡す。
パラフィンの折り紙に豆を入れて、口を刺繍糸で縛ってある。
倉庫から出てきた店長が、微かに皮肉を込めて花澄を見やる。
この場合、何言っても負けるのは花澄のほうである。
手を伸ばして嬉しそうに受け取る。
それを眼の端で見やりながら、平田は硝子戸に手をかける。
硝子戸を開けた途端、ぴんと鋭く冷たい風が吹きこんでくる。
一度、身震いしてから平田が外に出て行く。
そしてそのあとから、ふらりと鏡介が出て……行きかけて。
ぱらぱらと、お客が出ていって。
ふわり、と薄絹を肩からかけて、エプロンを外して。
小柄な少年……と言ったら失礼だが……と花澄が外に出ていった途端。
明日は立春。
本当の春は、もう少し先になるのかもしれない。
2000年の節分。
節分の日の、瑞鶴での一こまです。
平田さん瑞鶴初登場EPでもあります。