- 狭淵美樹(さぶち・みき)
- 本好きの呑気な医学生。
- 平塚花澄(ひらつか・かすみ)
- 書店瑞鶴店員。本好き。
- 平塚英一(ひらつか・えいいち)
- 書店瑞鶴店長。やはり本好き。
- 花澄
- 「梅の異称を、風見草とも言うんだそうですね」
- 美樹
- 「ほう」
某日、瑞鶴。
ごく唐突な言葉を、ごく平然と受ける。
- 花澄
- 「というのを、昨日初めて知りまして(笑)」
- 美樹
- 「?」
不思議そうな視線に、花澄がすちゃ、と、一冊の本をレジの後ろから引っ張り出す。
- 美樹
- 「あ」
- 花澄
- 「出てたんです、これに」
- 美樹
- 「『言の葉遊学』………」
- 花澄
- 「……探してました?」
- 美樹
- 「探しても探しても、見つからなかったんです(苦笑)」
やっぱり、と、花澄が笑う。
- 花澄
- 「ちゃんと狭淵さんの分、確保してありますから(笑)」
- 美樹
- 「有難うございます〜」
一部で人気を維持している漫画家さんの作品である。
但し……なかなか市場に出回ってくれない。
それを本屋特権で確保しているあたり…………(汗)
- 花澄
- 「私、この人の話で、夢見草が桜、っての知りましたけど、風見草というのは知らなかったなあ」
- 店長
- 「風見、か」
- 花澄
- 「うん。春の風を見て待つ花、という意味かな」
風見。
かなり意味深な含みを、さらりと流してのけて。
- 美樹
- 「梅は、春一番の花ですからね」
- 花澄
- 「ええ……二十四番花信風でも最初ですし」
- 店長
- 「最後の花は、とび……とか言わなかったか?」
- 花澄
- 「花信風ではね。日本では菊、かな」
- 美樹
- 「成程」
- 花澄
- 「……というのも、受け売りです(苦笑)」
- 美樹
- 「(笑)」
風を待つ花。
風を見る花。
- 花澄
- 「仙人に似てますよね。梅って」
- 美樹
- 「……そうかもしれませんね」
ごつごつと、瘤を並べた枝。
如何にも無骨な幹に、どこか古風な花を並べて。
- 花澄
- 「もうそろそろ、咲く頃でしょうかね」
- 美樹
- 「研究室前の梅は、もうほころびはじめてましたけど。 河原沿いのも」
- 花澄
- 「あ、もうそんな時期でしたっけ」
- 店長
- 「……今お前、酒持って見に行こうかと思ったろ」
- 花澄
- 「……………………(汗)」
紅梅白梅。
桜ほどに派手ではないが、ゆったりとゆるりと咲く花。
本にカバーを被せ終えて。
- 花澄
- 「はい、どうぞ」
- 美樹
- 「有難うございます」
- 花澄
- 「そういえば、今度『ローズガーデン』も出ますけど……確保しておきます?」
- 美樹
- 「お願いします(苦笑)」
- 花澄
- 「了解しました(笑)」
傍で聞いていた店長が苦笑する。
ゆっくりと、ゆるりと。
春が熟成してゆく季節である。
2000年二月終わりから三月初め
風見草の季節の一コマ。
常連さんには、親切な書店かもしれませんね。
……瑞鶴という店自体も、店員達も。
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