エピソード1419『風見草の時期』


目次


エピソード1419『風見草の時期』

登場人物

狭淵美樹(さぶち・みき)
本好きの呑気な医学生。
平塚花澄(ひらつか・かすみ)
書店瑞鶴店員。本好き。
平塚英一(ひらつか・えいいち)
書店瑞鶴店長。やはり本好き。

本文

花澄
「梅の異称を、風見草とも言うんだそうですね」
美樹
「ほう」

某日、瑞鶴。
 ごく唐突な言葉を、ごく平然と受ける。

花澄
「というのを、昨日初めて知りまして(笑)」
美樹
「?」

不思議そうな視線に、花澄がすちゃ、と、一冊の本をレジの後ろから引っ張り出す。

美樹
「あ」
花澄
「出てたんです、これに」
美樹
「『言の葉遊学』………」
花澄
「……探してました?」
美樹
「探しても探しても、見つからなかったんです(苦笑)」

やっぱり、と、花澄が笑う。

花澄
「ちゃんと狭淵さんの分、確保してありますから(笑)」
美樹
「有難うございます〜」

一部で人気を維持している漫画家さんの作品である。
 但し……なかなか市場に出回ってくれない。
 それを本屋特権で確保しているあたり…………(汗)

花澄
「私、この人の話で、夢見草が桜、っての知りましたけど、風見草というのは知らなかったなあ」
店長
「風見、か」
花澄
「うん。春の風を見て待つ花、という意味かな」

風見。
 かなり意味深な含みを、さらりと流してのけて。

美樹
「梅は、春一番の花ですからね」
花澄
「ええ……二十四番花信風でも最初ですし」
店長
「最後の花は、とび……とか言わなかったか?」
花澄
「花信風ではね。日本では菊、かな」
美樹
「成程」
花澄
「……というのも、受け売りです(苦笑)」
美樹
「(笑)」

風を待つ花。
 風を見る花。

花澄
「仙人に似てますよね。梅って」
美樹
「……そうかもしれませんね」

ごつごつと、瘤を並べた枝。
 如何にも無骨な幹に、どこか古風な花を並べて。

花澄
「もうそろそろ、咲く頃でしょうかね」
美樹
「研究室前の梅は、もうほころびはじめてましたけど。 河原沿いのも」
花澄
「あ、もうそんな時期でしたっけ」
店長
「……今お前、酒持って見に行こうかと思ったろ」
花澄
「……………………(汗)」

紅梅白梅。
 桜ほどに派手ではないが、ゆったりとゆるりと咲く花。
 
 本にカバーを被せ終えて。

花澄
「はい、どうぞ」
美樹
「有難うございます」
花澄
「そういえば、今度『ローズガーデン』も出ますけど……確保しておきます?」
美樹
「お願いします(苦笑)」
花澄
「了解しました(笑)」

傍で聞いていた店長が苦笑する。
 
 ゆっくりと、ゆるりと。
 春が熟成してゆく季節である。

時系列

2000年二月終わりから三月初め

解説

風見草の季節の一コマ。
 常連さんには、親切な書店かもしれませんね。
 ……瑞鶴という店自体も、店員達も。



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