エピソード1422『空を踏む』


目次


エピソード1422『空を踏む』

登場人物

平塚花澄
書店瑞鶴店員。春の結界の中にいる。
譲羽
少女人形に宿った木霊。花澄の擬似娘。水につかると溶ける。

本文

某日、早朝。
 路地には昨夜の雨が残っている。
 雨に洗われたように、朝の空は青い。
 
 すう、と幅広の筆で掃くように、風が路地を渡ってゆく。
 花澄の肩から下げられた袋から、ぽこ、と、黒い頭が飛び出す。

譲羽
「ぢい」
花澄
「……ゆーず(汗)」
譲羽
「ぢいぢいっ(でも誰もいないよ)」

まあ……そうではあるのだが。

花澄
「もうそろそろ、皆起き出す時間だから」
譲羽
「ぢぃ…………(渋々)」

そろーっと。
 頭が引っ込みかけて。

譲羽
「ぢ?」
花澄
「え?」
譲羽
「ぢいっ(おそらっ)」

ぴょいっと、小さな体が袋から飛び出す。

花澄
「ゆずっ」

延ばされた手をかいくぐって。
 そのままアスファルトの上に落下。
 
 ぱしゃん、と、薄く溜まった水が跳ねた。

花澄
「こらっ(汗)」
譲羽
「ぢいっ(嬉々っ)」

一応靴は防水の布で作ってあるとは言え、譲羽の体は木粘土と胡粉製である。
 花澄からすれば冷汗ものなのだが、譲羽のほうは、てんで気にした風も無い。

譲羽
「ぢいぢいっ(お空、踏んだのっ)」
花澄
「そら?」
譲羽
「ぢいぢいぢっ(お空の青、踏んだのっ)」
花澄
「……あ」

小さく。
 花澄は息を呑む。

花澄
「…………ああ……」

路地に溜まった、水に。
 空の青。
 水溜りだけではなく、アスファルト自体が、うっすらと空の青を映して。
 その、空の色も、もうすっかり春の色で。

花澄
「成程(笑)」
譲羽
「ぢいっ(嬉々)」

くるり、と、小さな足を軸に回って。

譲羽
「ぢいぢいぢっ(青の色、踏んだのっ)」
花澄
「(笑)」

とてとて、と、駈けよる譲羽を抱き上げて。

花澄
「本当ね(笑) ……ゆず、えらい」
譲羽
「ぢいっ(とくいとくい)」

笑いながら。
 そしてまた路地を歩いてゆく。
 空の青を踏みしめながら歩いてゆく。

春の初めの日の出来事である。

時系列

2000年の三月中旬から下旬。

解説

平塚擬似親子の、ある風景です。
 本当に……アスファルトも青にうっすら染まるのです。



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