エピソード1430『埋葬』


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エピソード1430『埋葬』

登場人物

前野みかん(まえの・みかん)
やさしい人狼の少女。
金元吉武(かなもと・よしたけ)
無口な小男な人。外見が恐いらしい。

みかん
「…………声?」
SE
ザワザワザワザ…………

風、樹々の枝が揺れ、葉が擦れ合い、音、それらに混じり微かにそれは

みかん
「……あっち?」

微かに、微かに、少女の耳に
 
 少女は駆け出す。
 日差しで焼けたアスファルトの路面を蹴って。
 夏の臭いを嗅ぎながら。

みかん
「…………どこ?」

その声を辿り。

それは偶然、そして気まぐれ。
 男はたまたまそこに居合わせただけで、今日はたまたまそういう気分だった訳で……
 
 だから、おそらく車にでも牽かれたのであろう、傷を負い死にかけた仔犬を抱いて、公園のベンチに座っていた。背後の大きな樹が夏の強い日差しを遮る場所に。
 
 返り血で服が汚れるのは気にしなかった。
 そんなことは今日はどうでもいい気がした。
 
 ただ無言で抱いて、骸になりかけた小さなそれを看取る。
 ここなら、路上よりはいくらかましだろうと。

吉武
「……………………」

弱者が無力故に翻弄されるのも、強者の側杖を食い害を受けるのも、あるいは命を落とすのも……
 
 弱いから抗えない。
 弱いから勝つことができない。
 弱いから負ける。
 弱いから命を落とす。
 弱いから己を貫けない。
 弱いから大切なものさえ守りぬけない。
 
 弱いことが悪いことだと知っているから。
 
 世の中はそういうもので、それでいいのだと解っている。

吉武
「……」

だから、慰めでここでこうして抱いているのかもしれない。
 
 死にかけの野良犬と己の行く末を重ね併せて。

男が、ふと顔を上げると、いつの間にか少女が、少し離れた場所に立っていた。

吉武
「……………………」

少女は眼に涙を溜めながら、男を……仔犬を凝視していた。

みかん
「……………………………(ぐすっ)」

……痛い
 ……苦しい
 ……お母さん
 
 少女の耳には、仔犬の声が聞こえていて 
 しだいに小さくなってゆくその声は辛そうで
 そして何もしてあげられない自分が歯がゆくて、悲しくて
 だからそこにつっ立ったままで
 そうすることしかできなくて
 そうしていると声はどんどん小さくなって

みかん
「………………………(ぐすぐすっ)」

時間だけが過ぎて
 最後に消えて行く魂は
 少女にだけ聞こえる声で
 男と少女の二人に「ありがとう」と

みかん
(……ぐすっ、ぐすっ、ひっく、ひいっく……)

男も抱いていたものが骸となったのを悟った。
 男が骸を抱いたままベンチから立ち上がると、少女が駆け寄って告げた。

みかん
「あのねっ、あのねっ、おぢちゃん、最後にねっ、最後にねっ、仔犬がねっ、"ありがとう"って……(ひっく、ひいっく)」
吉武
「……」

男は無言で首をゆっくりと縦に振り

吉武
「……埋めてあげようか」

一言そう言った。
 少女は泣きじゃくりながら頷いた。

時系列

2000.7.夏の或る日

解説

吉武……子供泣かしたらだめぢゃん(違)



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