エピソード1441『白犬の一日』


目次


エピソード1441『白犬の一日』

登場人(?)物

白犬
 
本名不詳、仙号「白雲」。魍魎喰らいの仙犬。
真っ白な毛並みとでっかい身体を持つ。基本的にはとても大人しい。
金元吉武(かなもと・よしたけ)
 
整体業を営む隠棲武術家。日々の修行を怠らない。
最近は少しだけ人が丸くなったらしい。
平塚花澄(ひらつか・かすみ)
 
書店「瑞鶴」の店員。しかしてその実体は、日頃から「春の結界」
を身にまとう、四大の申し子。

おはよう

白犬の朝は遅い。

白犬
(……むくり)

と言っても他の犬に比べて、ではある。人間で起きているのは、朝一番に起きる元気なおじいさん達くらいである。
 昨夜忍び込んだ朽ちかけの廃屋の庭で、白犬は目を覚ました。

白犬
(大きくあくび)

さて、今日は一日何をしようか。……と考えるのは人間であって。
 犬は、日々をそれなりに生きているだけである。

白犬
ほてほて

今日は白犬はどこへ行くのであろうか。

犬たちの街

まずは町内をぐるりと一周する。人通りが増えてからでは面倒になる。
 それは、戸口に飼われている街中の犬達との交流の時間である。

どこかの犬
「へっへっへっ」
白犬
「……ふすん」

……何やらコミュニケーションが交わされたらしい(笑)。

白犬
(…………くんくん)

この白犬は雄のはずだが、あまり小便をひっかけている姿は見ない。
 それでも電柱の根方の匂いは細かくチェックしている。

白犬
(のそのそ)
散歩中の女性
「あら、どこの犬かしら……危ないわねぇ」
散歩中の犬
(……こそこそ)
散歩中の女性
「あら、お前何を逃げてるのよ。いつもは飛びかかっていくのに(笑)」

散歩中に自分の犬を他の犬に飛びかからせないようにするには、飼い主の責務とは言え苦労する。その手間を軽減してやるのだからそれなりの親切であろう(笑)
 それなりの(犬に対してのみの)権威をともなって見回りをすませた白犬は、再びどこかに姿を消した。

朝のひととき

白犬がどこかへ行方をくらませるのは、通勤通学の時間帯が終わって街が静かさを取り戻すまでだから、2・3時間はそうして人目に付かない場所にいることになる。

白犬
(大あくびっ)

今日の彼の避難場所は、とある神社の境内である。
 とは言えここには、先客が一名。

SE
ドンッ

朝早くから、男が一人、大きな音をたてながら足元を踏みしめている。
 それを震脚と呼ぶ知識は、白犬にはない。男は、ここに来れば見る顔である。
 気が向いたのか、今日は白犬は庭先へ出て、男の目につくところにいた。

吉武
「……今日はこれまでにしておくか…… ……それにしても、あの犬」

若干離れているとは言え、震脚を繰り返し鋭い動きを見せる彼の前で、平然としている白犬に吉武は内心で感心していた。
 帰り際に、何となく声をかけに近寄る。

吉武
「……俺よりも功を積んでいるかも知れんな」
白犬
「………………………………ふすん」
吉武
「鍛錬を怠るなよ」

そう言って帰っていく吉武の背中を、白犬も何となく見送っていた。

白犬
「………………(あくび)」

午前中

宮司
「おや、"シロ"。今日は来ているんだね」

竹ぼうきを持った和装の人物が白犬に声をかける。
 夜はいないが、昼間はよそから宮司の人が境内の手入れに来るのだ。

白犬
「…………(じっと見ている)…………(口周りをぺろり)」

声をかけられても特に動じることもなく、首だけもたげて辺りを見回している。宮司の声には、ちょっとだけ尻尾を振って応える。
 宮司が本来の仕事に戻ると、白犬はちょっと河岸を変えることにした。

老婦人
「おや"雪"や、よう来てくれたねぇ」
子供
「あー、"ユキ"だぁ!」

やってきたのは古い町並みの中のとある家の庭。白犬が顔を出すと、縁側にいた老婦人が声をかけてきた。それを聞きつけて、小さな子供が顔を出す。

白犬
(しっぽをぱたりぱたり)
子供
「わーいっ」(ぽふっ)
老婦人
「これこれ、"雪"が困っているじゃないか(笑)」
子供
「大丈夫だよっ、"ユキ"はおっきいもん!」

と言っているうちに白犬に乗って背中にまたがろうとする(苦笑) まあ白犬自身は、この子供が期待するよりもさらに数倍頑丈なので、びくともしない。

老婦人
「"雪"や、何か食べるかい?」
白犬
(ぱたりぱたり)

どうやら、食事の何割かはここでもらっているらしい(笑)

老婦人
「さ、残り物だけどどうぞ」
白犬
(じっ…………もそもそ)

老婦人を見て、食事の盛られた器を見下ろす、その一連の仕草がお辞儀のように見えなくもない。おそらくちゃんと老婦人に感謝はしながら、しかしものの1分で器は空になった。

子供
「はやーい」
老婦人
「"雪"は大きいからねぇ(にこにこ)」
白犬
(口周りをぺろり)

腹がくちると少々眠くなるのは犬も同じだが、傍らの子供が放っておかない。まあ、ただで食事を得られるための労働だと思うべきである(笑)

クロスオーバー

しばらくして、子供が飽きた頃合いを見計らって、彼は眠るところを探しに抜け出した。
 と。

SE
ブロロロロ……

一台の白い車がちょっと離れたところに止まった。窓が開く。

公務員A
「ほら、例の白犬」
公務員B
「あー、ほんとだ」
白犬
(……くんくん)

何やら彼についての話題があったらしい。

公務員A
「こんなところをうろついていると、保健所に捕まっちまうぞ。うちとしては君が捕まるのは忍びないので、一応伝えておきます」
公務員B
「俺達だって保健所員だろう(笑)」
公務員A
「ちなみに、鑑札の発行や予防接種は、保健所まで。君の場合はうちの課で無料で承りますので、ちゃんと来るように。わかったかな?」
白犬
「…………(じっ)」
公務員B
「わかったと思うのか?(苦笑)」
公務員A
「まあ、気は心だ。……それじゃ」

……果たして、わかっているだろうか(笑)

昼下がり

河原まで足をのばした白犬は、抜けるような冬の青空の下でひなたぼっこをしながらうつらうつらしていた。

女子高校生A
「あー、"ゴン太君"だぁ」
女子高校生B
「あ、ほんとだ」

学校が早めに引けた高校生らしき女子たちが、彼に気付いて近寄ってきた。
 ちなみに言えば、彼はラブラドルレトリバーではない(笑)

女子高校生A
「時々しかいないんだよねー」
女子高校生B
「大人しいねー」
白犬
「…………」(するようにさせている)
女子高校生A
「賢いんだよねー」
女子高校生B
「ほら。お手っ」
白犬
(…………べろりっ)>女子高校生Bの顔
女子高校生B
「きゃっ!」
女子高校生A
「あははは」
女子高校生B
「もー、何でよぉ」

……わざとやってないか?(笑)

女子高校生A
「あ、バイト始まっちゃう」
女子高校生B
「じゃ行こっか」
女子高校生A
「それじゃねー」
女子高校生B
「またねー」
白犬
(…………組んだ両前足の上にあごをのせる)

再び彼は昼寝に戻った。

草枕、犬枕

と……
 ふう、と、暖かい風が吹いた。

白犬
(ちょっと頭を上げる)

長い髪の女性一名が、いつの間にやら彼の前にいる。
 じーーーーーっとこちらを眺めている。
 手に持った紙袋から、良い匂いがする。

花澄
「……起きちゃった?」
白犬
「……ふすん(もう一度前足の上に頭を乗せる)」

足音を忍ばせるようにして、近寄ってくる。
 ……まあ、忍ばせたって人間の足音くらい聞き取れるのだが。

花澄
「……綺麗だね」

そうっと伸べられた手が、彼の頭を撫でる。頭から背中へと。
 何度も何度も。
 暖かい。
 と、その手が途中で止まって。

花澄
「………………んーと……(悩)」
白犬
(頭を上げて、花澄を見やる)
花澄
「…………怒んない?」

それは……何やるか言わない限り、彼だって答えられない(^^;;

白犬
「……おんっ」
花澄
「……嫌だったらすぐ止めるからね、本当に」
 
 言いながら、白犬のすぐ横に腰を下ろす。ふわ、と暖かい風が彼の尻尾まで全身を包む。
 そして。
SE
ぽてん。

なにやらある程度の大きさのものが、彼の横腹の上に乗っかる。
 ……つまりは彼は、枕にされているのである(爆)

白犬
「…………(ちょっとびっくり)」
花澄
「あったかいなー」

…………あったかいな、ではないと思うのだが(汗)

白犬
「……(思考中)……(あまり重くは無いらしい) ……ふすん(もう一度寝る体勢に入る)」
花澄
「…………(すー)」

五分かそこらの……沈黙。
 そしてすっと、重みが去る。

花澄
「……よーやっと眠いのが消えた(笑)」
白犬
「おんっ」
花澄
「ありがとうね……っと」

紙袋から、コロッケを一つ。彼の前にそっと置いて。

花澄
「昼寝のお礼……ええと……名前は?」

視線を中空にさまよわせるようにして尋ねる。彼に聞いたのではないようだ。

花澄
「……白雲……ふうん(笑)」
白犬
「おんっ」
花澄
「白雲さん。枕になってくれて有難う」

ぺこり、と頭を下げると、女性は河原沿いの道へと歩いて行った。
 再び……彼は昼寝に戻った。

定例会議

夕闇が迫る頃、白犬はのそりと起き出すと、小高い丘の上にやって来た。

白犬
「(すんすん)………………(ぺろり)」

しばらくそこからの眺望を見渡していた白犬は、やがて中空に鼻先を突き出した。

白犬
「オゥオゥ、オオオオォォォ…………ン」

その声に反応して、やがてあちこちから返事の声が上がる。

鳴き声
「ワンワンワンワンッ」
鳴き声
「ワオオオォォォォン」
鳴き声
「オンッ、オンッ、オンッ、オンッ」
鳴き声
「キャンキャンキャン、キャンキャン」
 
白犬
「ワン、ワオオォォン、オンオンッ」
 
鳴き声
「ワン、ワン、ワン」
鳴き声
「ワォゥンワォゥンワォゥン」
鳴き声
「キャウンキャウン」
 
白犬
「オンッ、オンッ」
 
鳴き声
「ワン、ワンワンワンッ」
鳴き声
「オン、オン、オン、オン」
 
白犬
「オオオォォォン」
 
鳴き声
「オオオオォォォゥゥゥ……」
鳴き声
「ワンワンワンワン……」
鳴き声
「キャンキャンキャン……」
 
白犬
「…………ふすんっ」

辺りがすっかり暗くなる頃、犬たちの交歓会もお開きになる。
 もはや静寂が支配する夜空の下で、白犬は満足げにゆっくりと腰を上げた。

そして、夜

野良犬
「クゥン」
白犬
「おんっ」

丘を下りる道すがら、そこらを徘徊する野良犬と挨拶を交わす。
 今の今まで野良犬のいた電柱の根方に向かって片足を上げても喧嘩にならないのを見ると、自ずと力関係が知れようと言うもの。
 
 そうして白犬は、相変わらずのそのそと街の中へ消えていく。
 
 ともかく、彼の一日は、これで終わる……わけではない。これからいよいよ始まるのだ。今宵彼は、何を食べ、何処で眠りにつくのだろうか。
 日頃は見せない彼の姿については、しかし機会を改めて書くことにする。
 終)

解説

白犬の、とある平凡な一日の様子。

時系列

2000年1月末のある晴れた日の出来事。



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