エピソード1444『過去との邂逅』


目次


エピソード1444『過去との邂逅』

登場人物

加藤直行
カレー魔王、転生能力者
池上幸恵
吹利市内に屋敷を持つ老婦人

逢魔が時

それは、夕方、吹利の駅前商店街。仕事を定時に終えた加藤は、買い物に歩いていた。いつものように喧騒が聞こえる。呼びかける売り子、雑踏の音。加藤はこの活気のある様子が好きだった。

池上
「立花……、立花さんではありません?」

呼びかけられたのは予想外であった。しかし、加藤は呼びかけられた方向を見下ろした。名前は違っていたが、やはりそれは加藤を呼んでいたからだ。
 そこには、紫を基調とした和服を凛と着こなした老婦人が立っていた。見た所80歳か。加藤の中の現世の記憶は、その婦人の事を覚えていなかった。

加藤
「いや……」

身長が190cm近くある加藤にとって、140cm程度しかない老婦人は見下ろさざるを得ない。かなり威圧感がある構図である。しかし老婦人はしっかと加藤の目を捉えて放さない。

加藤
「私は加藤だが、人違いではないですかな?」

加藤、いや、その膨大な前世からの記憶が加藤を刺激した。私は彼女を知っていると記憶は告げていた。
 老婦人は、しばし呆然と加藤の顔を見上げるようであったが、ようよう言葉を搾り出した。

池上
「……あぁ、立花さんであるはずがありませんね。あの人
         は……、出征してしまったのだから」

最後は雑踏の中に溶け込みそうな小さな声で有ったが、加藤の耳は全てを捕らえていた。あぁ、この人は全然変わっていない。そんな思いが加藤に染み透っていく。

池上
「ごめんなさいね。呼び止めたりして」

白く染まった頭を何度も繰り返し下げながら去ろうとする老婦人。
 瞬間、加藤は戸惑うように目を眇めた。
 だが、心のどこかが加藤に声を出させた。

セピア色の肖像

店員が珈琲を二人に持ってきても、まだ二人は無言のままであった。商店街の喧騒が喫茶店のBGMを透して聞こえてくる。

加藤
「……あぁ、その」
池上
「……あの」

同時に声を出す二人。そして、また沈黙。
 年の功か?先に声を出したのは老婦人であった。

池上
「これを見ていただけますか?」

和服の袂から出したのは、茶色い皮の大き目の写真入れ。
 老婦人は中から一枚の写真を取り出した。何度も眺めているのであろう。淵は既にぼろぼろになっている。紙は密やかなセピア色をしていた。

加藤
「……これは」

加藤は驚いた。
 写真に写っていたのは、確かに加藤とそっくりの顔立ちをした、軍服姿の男であった。

池上
「ええ、あなたです」

妙に確信に満ちて老婦人は加藤を見つめる。しかし、次に口から出た台詞はそうではなかった。

池上
「そんな筈は有りませんよね。あの人は逝ってしまわれた
         のだから……。それにあの当時の姿のままの筈もなし」

年経た疲れきった口調。しかし、目だけはまるで少女の輝きを秘めている。
 加藤はなんと言って声をかけるべきか迷っているようであった。口につけた珈琲がやけに苦い。

加藤
「似ていますな」

そう口にすると、つかえてた物が取れたようであった。

池上
「えぇ、とても」

二人の間に沈黙が訪れる。しかし、今度の沈黙には緊張感は無かった。

遺産

それから、老婦人は、昔語りをはじめた。ぽつぽつと。
 生まれた家で厳しいしつけをされていた少女時代。
 旧制中学を卒業すると同時に、見合いの話が出たこと。

池上
「初めてその写真を見たときはびっくりしましたよ。とて
         も怖い顔をなさっているのだもの。にび色の瞳はとても遠
         くを見つめているようで。私は、初めて殿方とお会いする
         のを楽しみにしました」
池上
「その日は大変でしたよ。前の日からご飯がのどを通らな
         くって。着物の帯がやけにきつくって。目の前がまっくら
         になるようでしたよ」

そういうと、老婦人は、ころころと笑った。加藤には少女の頃の面影がそこに残っているように感じた。自然、目が細くなる。何故かきまずく感じ、視線を外す。窓の外には、セピア色の夕方の風景が広がっていた。

池上
「そのときどんな事を話したのか、実はよく覚えてません
         の。でも、あなたの瞳の色だけは良く覚えてます……」
池上
「あなたは、その後すぐに出征が決まって行ってしまわれ
         ましたね。私は待ちましたよ。死亡通知が届いても、玉音
         放送が届いても。ずっと、この吹利の街で。」
加藤
「結婚はされなかったのですか?」
池上
「ええ、結局一度も。父や母は、なんとかして結婚させた
         かったようですけどね。私は頑として、首を縦に振りませ         んでした。お陰で今では屋敷に一人ですの」

なんでも無いように老婦人は笑った。

加藤
「そうですか、それは、罪な事をしましたな」
池上
「そうでも有りませんのよ。近所の猫や犬達とお話をした
         り、書き物をしたり。退屈はしておりませんから」

それから、ひとしきり老婦人の家に訪れる訪問者の話がでた。加藤は相槌を打つばかりであったが、老婦人はそれで満足なようであった。

池上
「それでは、そろそろお暇しませんと。年寄りの話に付き
         合ってくださって有難うございました」
加藤
「いや。色々な話が聞けて非常に興味深かった。今晩息子
         に話してやろうと思います」
池上
「そうですか、息子さんが……」

瞬間の沈黙。

池上
「もしよろしければ、お名刺を頂けませんか?」
加藤
「あぁ、構いませんが?」

加藤は背広から銀の名刺入れを取り出すと、中から一枚の紙片を老婦人に渡した。

池上
「教育委員、かとうなおゆき……。はい確かに。有難う」

会計は加藤が済ませた。老婦人は不満そうであったが。
 老婦人とは、店の玄関前でそのまま別れた。
 その日、加藤は息子に昼間有った不思議な逢瀬を語ったのであった。

手紙

不思議な逢瀬から約一月後。吹利の総合庁舎内にある加藤のオフィスを訪問客が尋ねてきた。訪問者は、弁護士を名乗った。

弁護士
「確かに良く似てらっしゃる」

一通りの挨拶が終わり、来客用のソファに案内すると、弁護士は開口一番そう言った。

加藤
「どういう事ですかな?」
弁護士
「いや、失礼。わたくし、池上幸恵様から遺言の履行を頼
         まれた者です。池上様の事ご存知ですよね?」
加藤
「いや、知らないが……」
弁護士
「あぁ、そう仰るだろうと思いました」

弁護士は一枚の写真を取り出した。そこに写っているのは、あの老婦人であった。そう言えば、あの老婦人の名前を聞いてなかったな、と、現世の記憶は告げた。

弁護士
「この方です」
加藤
「あぁ、確かに逢った覚えならありますな」
弁護士
「池上様は、一週間前に亡くなられましてね。親族の方が
         ほとんどいらっしゃらなかったもので、どうしたものかと
         思ってましたが、遺言状が出てまいりまして……」

弁護士は、加藤の名刺と一枚の写真を、丁寧に書類入れから取り出した。

弁護士
「この名刺の方、つまり加藤様にですね。全ての財産を譲
         り渡したいと、そう書いてありまして。こちらの写真が一
         緒に添えてあったのですよ」
弁護士
「しかし、よく似てらっしゃる。世の中には三人は似た人
         が居るといいますが……」

加藤は無言で微笑した。

時系列

2000年10月〜11月の出来事

解説

以前UPされたキャラシートのように、加藤は転生の技能を持った一種の不死人でして。その不死人としての何かを書けない物かと思い、表現してみたのがこのエピソードです。
 しかし、己の分身である長生哲也より、この加藤の方に惹かれるのは何故でしょうね?



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