小説版「樹木子」


目次



小説版「樹木子」


はじめに

 当小説は、西生駒高校を舞台としたTRPGのセッションである07コードに属し、
リアルタイムリプレイと呼ばれる形式で記録された文章を元に多大な加筆・修
正を加えて作り上げられた小説です。


発端

 12月。吹利盆地にも北風がふき、西生駒高校にも冬がやってきた。
 受験生達が最後の追い込みに追いまくられているそんなある日の昼休み。
 一年生の今坂優子が、部室である放送室の防音扉をあけて入ってきた。
「あれ? 川中先輩? お暇なんですか?」
 三年生、つまり受験生であるはずの川中隆が放送室の中央の机に足を乗っけ
て文庫本を読んでいたのだ。
「ああ、今坂さんか。そう。暇なんですよ」
 何か言いたそうな今坂の視線を感じ取ったのか、川中は言い訳のような言葉
を口にする。
「私はもう推薦で決まってしまったからね。あとは卒業するだけだし。ま、そ
れを言ったらクラスの連中の顰蹙を買うのは見えている。それでここで休憩し
ていた、というわけだな」
 軽く肩をすくめる川中。
「そういうものなんですか? 私は別にかまいませんけど……」 
 いまいち理解しきれていないように呟く今坂。その後ろから前触れも無く顔
を出すもと生徒会長草峯奈恵。川中は、少し意表をつかれたように、机から足
を降ろし、向き直る。
「ん? なんか用かい?」
「川中さん。と……丁度良かったですね、今坂さん」
「はい?」
 今坂は自分の名も出たことに少し驚いたかのように首を傾げる。
「すみませんが放課後、生徒会室に集まって頂けませんか?」
「いいですよ、どうせ暇ですし」
「ええ、わかりました」
 口々に同意するふたりに草峯は満足げに微笑んだ。

 昼休み、弁当を食べ終えた生徒たちが少しずつてんでに散りはじめている二
年二組の教室に、草峯が現れて、間柴基史、岩波圭の二人を廊下まで呼び出す。
「すみませんが放課後、生徒会室に集まって頂けませんか」
「え〜っ。またなんですかぁ(あれがあるからしかたないけどさぁ……)」
 少し、ふてくされたように。しかしそれでも首を縦に振らざるをえない岩波
ら、間柴に視線を移す。
「(ニコリ)」
 黙ったまま微笑む間柴。出席日数がまた稼げて喜んでいるのか?

 そして、もうすぐ放課後。
 他の学年がまだ六時間目の授業中なのにもかかわらず、三年の川中が生徒会
室にあらわれる。
 ノックして、一礼すると生徒会室に入る。
「失礼します」
「そんなお固くならずに……」

 そして、しばらくすると四人全員がそろった。
「駐車場が一ヶ所しかなくて手狭になったので、森の部分を崩して新しい駐車
場を作りたいということになりました。そこに一本の巨木があります。そのこ
とが決まると、幽霊が出るようになりました。
 あなたたちにお願いしたいのは、その霊を静めて頂けないかと言うことなの
です」
「他ならぬ草峯さんの頼みですから、引き受けないわけにはいけませんね。た
だ、私の力には余るかもしれませんが最善をつくしましょう」
「いちおう、できるだけお願いします。苦労させたお礼は出させて頂きますの
で」

「私は精霊と話すことができるので、樹の霊と話してみようかと思います」
「そうですか……ではお願いします」
 一礼して生徒会室を出る。



樹の面前

 樹の下に少女が立っています。
 四人が近づくと立ち去ります。途中で一度転んで顔を赤らめましたが。それ
は間柴くんや岩波さんのクラスメイトである相良静さんでした。
 クラスメイトは知っていることですが、静さんは真面目だがドジな人である。
ドジと言うよりも不幸なのかもしれない。
 四人は(多少呆気に取られて)ただ見送ってしまいました。

「精霊が居ません!」
「そうですか、情報量が減ってしまいましたね」
「……樹の精霊が分身を飛ばすことはできるけど、そんなに離れることはでき
ませんし、本体が離れることなんてほとんど有り得ません」
「今坂さん、何か分かりませんか」
「樹木子という妖怪がここに巣食っていたことがあるみたいです」
「樹霊にどう働きかけるんでしょうか」
「樹木子は樹霊の呼びかたのひとつのようなものだったと思います」
「……分子運動には異常はないようです」
「だけど……この樹は何か寒い感じがします。恐い……」
 優子は思わずもと部長にすがりついた。

「土の精霊よ……樹の精霊はどこに消えてしまったの?」
『土の無いところに消えてしまったので、分かりません』
「いつごろ消えたの?」
『出たり戻ったりしていますので……』
「もっとも最近に消えたのは?」
『ちょっと前、みたいです』

「どれくらい前なんですかね?」
 精霊との会話を聞き出して川中が問う。なぜか隣の間柴に、であるが。
「数分前でしょう、多分ね」
「根拠は?」
「ボクの勘ですよ……ってのは嘘です。さっきの相良さんの様子が変でしたか
らね。きっと何か関係があるはずです」
「なるほど」
 今は四時半ごろ。まだ日は暮れていない。
 日が暮れてから幽霊が出ると言うことだ。もう少し待てば良いのだろうか?
「……待つかね」
 ぼそりと川中が呟いていた。
「では私達は相良さんに尋ねに行きます。クラスメイトですし」



相良さん宅に

 生徒会長に相良さんの住所を聞き出して、そこに向かうことにした。
 西生駒高校近辺の住宅街の一戸である。校門から歩いて五分である。
「ごめんください」
「はい、どなたでしょうか」
「クラスメイトの岩波ともうしますが……」
 岩波のセリフを、間柴が横取りする。
「静ちゃん、居ますか」
「居ますけど……静ぁ、お友達よぉ」
「……あら、圭ちゃんどうしたの? ……間柴さんまで!」
「きみの笑顔が見たかったからさ」
 嫌味なく言い放つ。このあたりが間柴の才能というものであろうか。
「そうじゃないでしょ。もう……」
「ごめんごめん、ちょっと話したいことがあるんだ」
「かまいませんけど……ちょっとあがりますか?」
「じゃあ、お邪魔しま〜す」

 場面は静の部屋に移行する。
 無言で精霊が居ないかと見る岩波。霊視能力を発動させるが、特に精霊は居
ないようである。
 低級霊が多くいることから見て、霊媒体質であるようだ。
「最近どう?」
「別に……。ただ、幼い頃から遊んでいたあの樹が切られるのは寂しいわね」
「あの樹って?」
「今度駐車場ができるということで切られることになった、あの樹よ」
「そういえばそんな樹があったねぇ」
「よくあの樹の下で友達と遊んだのよ」
「へぇー。そういえば、あの樹のまわりって最近幽霊が出るって話があるよね」
「そうね、あの樹が寂しがっているんじゃないかしら」
「樹が寂しがるって?」
「古い樹には心が宿るってよく言うじゃない」
「静ちゃんって、ロマンチストなんだ」
「まあ、あの樹にはちょっと思い出があってね……」
「どんな?」
「いまは居なくなった近所の子とよく遊んだのよ……。どこに住んでいるかは
もうわかんなくなったけど」
「もう日が暮れたね。もしよかったらこれからちょっと三人で食事にでも行か
ない?」
「……いいわよ。じゃあ、おかあさんにちょっと言ってくるから」



大木待機班

 日暮れ時、大木のもと。
「あの……」
「ん、なんだ?」
「さっきは、すみませんでしたっ」
「ん、さっき? なんのことだ?」
 謝られるようなこと、したかな……川中にはまったく身に覚えが無い。
「さっき……恐くて…………御迷惑をおかけしちゃいましたよね」
「ああ、気にしなくていい」
「え……と……」
 気まずげに会話がとぎれる。
 直立不動で樹を見ていた川中が、ふいに口を開く。
「何か起こっているのかな。今までの経験に照らし合わせて考えてみるとだ、
これは霊現象が起きていたときの状況に酷似している」
 しばらくして、視覚的に黒いもやが樹からしみだした。
「あれは……」
「ふむ」
 もやが段々伸びてきて、近づいてくるのを見て、近くに寄ってこないように
気圧をかける。
 しばらくすると、黒いものは恨めしげに撤退した。
「触れるのは危険そうですね」
 今までの経験からして、その川中先輩のセリフが正しいことは今坂にもよく
わかった。
 川中は気圧の壁によって黒い霧を閉じこめようと試みたが、マックスウェル
の悪魔がへそを曲げたのかうまくいかなかった。
「何者ですか」
 続けて川中はとりあえず声をかけてみるが、返事はない。言葉が通じていな
いのだろう。
「何か分かりますか、今坂さん?」
「さわってみないと分からないんです……ごめんなさい。
 でも、あの黒い霧は怨念などの暗い念の具現だと思います。精霊であっても
怨念は有り得ますし……」
 既に七時過ぎ。学校の明かりも消えてしまい、前の道の街灯の光がわずかに
もれる程度である。
「大気密度を変えて街灯の光を導いてみるか……」
 しかし、特に変化はないようである。若干ながら黒い霧が弱まっているよう
ではあったが。
「光には弱いんですか……だから昼間は出てこないんでしょうか」
「なるほど」
「昼間は光から隠れて、樹に染み込んでいたのでしょうか? でも、さっきは
特に見えなかったとおもうのですけど……」
「一時撤退して灯火を持ってこようか?」
「でも、誰も見ていないときに何か変化が会ったらどうしますか?」
「その時は明日また来ればいいさ。どうせ僕は暇だしね」
「私は毎日こんなに遅く帰るわけにも行かないんですけど……」
「そうか、確かに女の子はそうだな。あとで送ってあげよう」
「そういう問題ではないんだけど……」
 結局学校に戻っては見たのだが、校舎は既に完璧なる戸締まりがなされてい
た。
「そうか、この時間になれば閉まっているのは当然であった。私としたことが
迂闊だった」
「(……何か手があるのかと思っていたのに……)
 用務員さんは……?」
「いや、それは避けよう。その先がややこしくなりすぎる」
「そう……なんですか?」
 今坂嬢はいささか不思議そうであった。

「しかし……相良さんのところに行った二人は何をしているんだろうか?」
「さあ……」
 その頃フランス料理のフルコースはまだ始まったばかりであった。
「取り合えず、手詰まりだな」
「……そろそろ帰りませんか? 門限がありますので……ごめんなさい」
「連絡はどうする? 紙にでも書いて置いていくか」
「どこに置きます? ちゃんと見てもらえそうな場所でないと無意味ですし、
……部外者にわたってしまうともっと困りますし」
「連絡が行かないと、こちらが倒されてしまったんじゃないかと勘違いして
しまいかねないしな……」
 結局白い紙を20枚ほど用意して、マックスウェルの悪魔の力によりインクを
吹き付ける。「先に帰る。川中」とだけ書いて。



翌日、捜査再開

 早朝。大木のもとで。
 自転車で真っ先に来た川中と今坂に、岩波が話し掛けようとすると、それよ
りも先に川中が尋ねた。
「置き手紙、読みましたか?」
「ごめんなさい、昨日は学校には来なかったの」
 幸い早朝ゆえに、紙は全部残っていたようで、すべて回収できた。
「ところで、昨日は何かありましたか?」
「樹から黒い霧が出現しました」
「何時くらいからですか?」
「日暮れすぎ、すぐですね。聞いてもらえません?」
 岩波が土霊に働きかける。
「昨日の樹霊の様子を説明して」
『日が暮れると樹に帰ってきて、日が開けるとまた校舎に出ていったよ』
「退治するしかないのかしら」
「私は反対です」
 常になく語調が激しい。
「もう少し調査しなくては。とりあえず、草峯さんに中間報告をしてみますか」


早朝の生徒会室

「はい、どうぞ」
「失礼します」
「何か動きがありましたか?」
 昨日の出来事について説明する。
「そうですか……取り合えず人に危害を加えようとはしなかったのですね?」
「いちおう、私達のほうに向かってきたのを、私が気圧で押し戻したんですが」
「今まで被害はなかったのですが……」
「今夜は四人であたってみようかと思っています」
「よろしくお願いします」


二日目の放課後

 遅刻してきた間柴を加え、四人が大木の前で集まった。
 川中はかって知ったる放送室より、強力ライトと扇風機、延長コードを持ち
出している。

 岩波が地霊に樹霊の監視を頼む。
 また、今坂がいちおうリーディングを試みる。
「生者に対する怨念……が感じられます。怨念を押さえようとする心が重なっ
て感じられます」
 そして、男二人は臨戦状態で待機している。
「一方的に攻撃するようなことはやめてね」
 岩波が頼むと、間柴が笑いながら茶化す。
「暴力反対、暴力反対」
「向こうから一方的に攻撃されない為の用心は、いつでもしておくべきです」
「まあ、正論ですね……」

 そして……日暮れ。
 沈む前に地霊が樹霊が帰ってきたと伝えた。
「邪気は感じられる?」
『邪気って?』
「じゃあ、悪意は感じられる?」
『悪意って?』
「……私が悪かったわ。精霊にはそういう概念が無いのね」
 かわりに樹霊に向かって話し掛ける。
「(精霊語で)どこに行っていたの?」
「(日本語で)別に、校舎のほう」
「校舎のどこ?」
「教室」
「どこ!?(怒)」
「二年二組」
「あなたは精霊なの?」
「……(悩む)精霊って?」
 どうやら日本語が通じるようだと、川中が割り込む。
「あなたのお名前は?」
「樹木子[じゅぼっこ]」
「いつからいるの?」
「昔から。そう、遠い昔」
 そして、日がくれる。
「だめっ!!」
「どうしました!(大声で)」
 川中の問いかけには返答はなく、かわりに黒いもやが出てきた。
「(精霊語で)あなたは何者!!」
 しかし、岩波の叫びにも返答はない。
 そして岩波には見えた。樹木子とは別のオーラの色。樹木子ではない!?
「(精霊語で)あなたは何者!!」
 やはり、岩波の叫びに返答はない。
「土霊さん、こいつはどこから来たの?」
『樹に居たよ』
「これは何」
『なに、なに、なに、なに……? 分からない』

	ここでしばらく作戦検討をしていた。

「マックスウェルの悪魔の力を借りて壁を作ってみるか。黒い霧を樹から引き
はがせないかな?」
 いちおう切り離しはじめたようにみえるが、再びするっと元に戻られてしまっ
た。
「どうもうまくいきませんね」

「明日一日、静ちゃんを見張ってみないか」
 間柴の提案。
「それは良いかもしれませんね。
 では、二年二組の二人はチェック。」



三日目の昼休み

 昼休み。二年二組。
 岩波が静さんと親しそうにしゃべっている女の子のオーラが、樹の精霊に似
ている。きぎこさんとか言ったかな?
「間柴さん、あの子、どんな子でしたっけ?」
「まかせなさい……あれっ?」
 誰に聞いても、昔から居たという事しか覚えていない。

「静ちゃんったら、まったくドジなんだから。優しいからそうなるのよ」
「(ドジと優しいのとは関係ないと思うけど……)」
 内心ツッコミを入れる岩波であった。

 そして、川中&今坂ペア登場。
 そこで、教室自体についてリーディングしてみるが、生徒たちの様々な想い
が流れ込んできて混乱した。
 しかし、その中に混じってきぎこさんの「わかって」との想いが流れ込んで
きた。

 メモを取りながら、
「あの子、名字ななんて言うんですか?」
 と、川中さんが岩波さんに尋ねる。
「えーと、きぎこさんでいいじゃない、あはは」
「いや、ちゃんと名字まで書きたいんだが……」
「本人に聞いたら? そんな親しくないし」
「(親しくなければ普通名字のほうを使っているはず)」
 川中の冷めた目のおかげで、変だということにちゃんと気がついた。
「このクラスの名簿見せて」
「職員室の出欠簿でもみないと……」
「ちょっと確認してくる」
 放送室の呼び出しよう名簿を引っ掴んで持ってくる。
「ほら、居ないじゃないか」
「その名簿間違っているんじゃないの?」
「そんなはずはない!」
 しかし説得できないようなので、本人に向かっていくことにする。
「すいません」
「はい、なんでしょう」
「あなたの正しい姓名を行ってください」
「きぎこですけど」
「なにきぎこですか?」
「……如月きぎこ」
「名簿にはありませんね」
 きぎこの瞳が妖しく光る。
	強制力8に自律で抵抗。5以下。
	余力を二点消費して成功。
「……ちょっと表に出て話しましょう」
「できれば付いてきて欲しい」
 仲間に声をかけ、四人はきぎこと外に向かう。
 相良さんは教室に残っている。
 そして、校舎裏……樹の近くにやってきた。
 きぎこは川中に尋ねる。
「あなた、霊能力者ですね」
「霊能力ではない」
「では、異能者ですね」
「そういう言い方ならあてはまるかもしれない」
 すがりついた。
「私を助けてください! もう時間がないんです」
 今坂は思わず、慰めるように肩を抱く。
「幼馴染の静ちゃんを助けて欲しいんです」
「もう少し詳しく言ってくれたまえ」
 あいかわらず冷静である。冷酷にも聞こえるかもしれない。
「静ちゃんは昔からやさしい子だったんです。彼女は霊の声を聞いてって霊を
引き付けてしまうんですけど、霊の成仏のさせかたを知らないからあんな事に
なってしまうんです。
 だからわたしは色々としていたんですけど、もうすぐ私には何もできなくな
ります。夜には別にしなければならないことも有りますし」
 リーディングで嘘ではないことが分かる。
「夜にすることとは何なんですか。あの霊は何者なんですか!? 倒しても良い
んですか!?」
 岩波が問う。
「樹に取り付いている霊ですけど……心無い工事業者があの塚を蹴ってしまっ
たばっかりに……」
「そういえば、まわりに気が回っていませんでしたね……」
「塚によって慰められていた霊達が、成仏したくてうごめいているんです。で
も、私の依代で生徒達にちょっかいを出させるわけにはいきませんし……」
「しかし、成仏させるような能力を持っている人って……誰か居るのか?」
「静ちゃんはその才能が有るんです。ただ、その方法を知らないだけで」
「問題は方法を誰が教えるのかということかな……」



黄昏の大樹のもとで

「静ちゃんの言っていた、昔あの樹のもとで遊んだ女の子が誰かというのが分
かったんですよ。で、再開をセッティングしてみましたんで、五時半にあの樹
の元に来ていただけませんか」
 間柴が誘う。
	ちなみに現実世界も五時半である。
	ただし――AMだが。
 そして、夕方五時半。あの大きな木の下で。
「実は……」
 予想よりはやく、黒い霧が樹をおおった。
「あっ……」
 今坂が驚きの声を上げる。
 素早くかばう川中。
「武者の人の姿が見える……」
「で・た・な・わ・る・も・の。このせかいのへいわをみだすやつはぼくがゆ
るさないぞ」
 非常に棒読みであった。露骨に、棒読みであった。
 すかさず突っ込む岩波。
「棒読みやないの!!」
「演技力がなってませんね」
 つぶやく川中。こっちのほうが嫌なやつである。
「……」
 そんな仲間達に今坂は言葉も無かった。

「うりゃあ。とう」
 やはり棒読みであった。
	強制力七で攻撃される。
「うわぁ、やられたぁ」
 これも棒読みであった。
 わざとらしく倒れ付す間柴。
「(まったく演技力が不足している……放送部員なら……)」
 何も言わずにまっすぐ突っ込む。
	強制力七で攻撃される。しかし倒れない。
 すぐには倒れない。
	強制力七で攻撃される。しかし倒れない。
 すぐには倒れない。
	強制力七で攻撃される。しかし倒れない。
 すぐには倒れない。
	強制力八で攻撃される。しかし倒れない。
 すぐには倒れない。
	強制力八で攻撃される。しかし倒れない。
 すぐには倒れない。
	強制力八で攻撃される。しかし倒れない。
 健闘する川中。しかたないので、樹の後ろにまわって倒れた振りをする。
「先輩!!」
 今坂は消耗しきっているので顔が青い。そのまま演技なしで倒れてしまった。
「(武者に切りかかられてる……切りかかられている……倒れちゃった)」
 反応すらできずに立ち尽くす静。
「貴方にしか倒せないのよ!」
「一般人には無理よ」
「霊視のできる私にも黒い霧にしか見えないのに、あなたにはちゃんと見えて
るじゃない!! あなたには隠された力があるのよ」
 物理攻撃用の土龍を出して攻撃してみせる。
「地の精霊よ、なんじのともたる我の要請に応え、その力を示したまえ! 土
龍召喚!!」
 で、やっぱり効かない。
「効かない!」
 思わず静の後ろに隠れてしまう岩波。
 静を黒い影が覆い、悲鳴を上げさせる。
「キャーッ」
「ほんとは私がどうにかしてあげたかったの……でもわたしにはあの人たちの
声を聞いてあげることはできなかった……悔しいけど、静先輩にお願いするし
かないんです……」
 切れ切れに、つぶやくように語る今坂。
「何をしろっていうのよ!」
「……理解してあげれば良いのよ……彼らの苦しみを……そして……」
「彼らの声を聞いてあげて。彼らとお話をしてあげて」
 目の前の樹から声が聞こえる。
 そして……静のつぶやきが消えると、黒い影が誰にもみえるような形で光と
化して消えていく。
「す……凄い……」
 思わずつぶやく岩波。
 今坂も状況が好転したのを見届けて、意識を失う。

 しばらくして……樹の中からきぎこが出てきた。
「静ちゃん、やっと分かってくれたのね。
 小さい頃から遊んでくれてありがとう」
 きぎこの身長が縮んで子供の姿になる。
 ハッと息を飲む静。
「きぎこちゃん、あなたが樹木子だったのね!」
「私は切り倒されてここから居なくなるけど、何千何万の同胞のところに私は
戻るわ。静ちゃん、今日のことを忘れずにね」
 涙を流しながら、それでも無理に明るい声を作って見送る。
「さようなら」
 月の光を浴びながら、樹の心を持って、樹木子は光とともに消えていく。静
たちをみまもりながら……。
 樹によりかかりにっこり笑っている、間柴。
 慈しむように樹を撫でる、岩波。
 今坂を介抱している、川中。
 介抱されている、今坂。
 涙をふき、にっこり笑う、静。


 次の日。切られるのを悟ったかのごとく、巨木は枯れはてていた。

				  完



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