小説『某日晴天』


目次



小説『某日晴天』

 がらがらと、不揃いな椅子の音があちこちから響く。
 鞄の中に教科書とノートを詰め込んで。
 今日は掃除当番ではないので、図書室直行だ。

「ああ、水無瀬川さん、頼んでた本返ってきてるわよ。そこの棚」
「あ、どうも」

 高校入学一ヶ月。図書委員には完全に顔を憶えられた。

「あとね、これが新着書」

 表を見る。わずかに顔を顰める。顰めてしまう、と言うべきか。

「クトゥルー神話のハードカバー、ですか?」
「嫌い?」
「嫌いですね」

 図書委員は、あそう、とだけ呟いた。
 異形の、それも既に人間とは善悪すら異なる範囲にある、と判断できる相手
の行動を、恐いならともかく、気持ち悪いで括るのは性に合わない。理屈では
なく、気分である。
 自覚はしている。それだけのことである。

「あ、それとね、欲しい本はこちらから提案出来るから」
「はい」

 ブルーバックスの棚から、探していたのと合わせて三冊。
 限度一杯。
 あとは、どうやら最近返却されたらしい画集を引っ張り出してみる。
 かなり大きなそれを、机に載せて開く。
 アングル。スーパーリアリズム。

 窓際には枯れかけた観葉植物。完全に水不足。
 横に腹っぺらしが座っているようなもので、気分が悪い。
 片隅にある蛇口……一応手を洗ってから本を読め、と言うことなのだろうが
大して役には立っていない。ただそこには、プラスチックのコップが一つ放置
されている。
 水を汲んで戻り、観葉植物にかける。

「あ、ごめんなさいね」

 言う前に気がつけ……といっても、これは係の仕事ではないのだろう。
 腹っぺらしの気配が、途端にほこほこの状態になる。
 素直というか。

 何となく画集の中の木々の緑が、鮮やかになったような気がする。無論、自
己満足。

 と。
 何だか団体さんが来る。
 ざわざわと。
 うっとおしい連中。
 画集を閉じて、本棚に戻す。借りるには多少根性がいるな、この重さだと。

「すみません、この三冊借ります」

 ちらり、と様子を見る。どうやら二年の男子と、他数名。
 時折声が高くなる。うるさい。

「はい」

 手続き方法は分かっているので、図書委員と一緒にカードに書き込む。
 意識の片隅で、一番うるさい奴に標準を合わせる。
 もう片方は……ああ、さっきの観葉植物が良いか。

 エネルギー移動。出力先は癒し。入力先は知ったことではない。

「はいどうぞ」
「失礼します」

 本を三冊。一冊はポケットに、後は鞄に。
 一礼しながら、観葉植物に目をやる。
 さっきより格段に元気になっているようで、満足する。

 しかし、あの草、名前何ていうんだろうか。



あとがき

 エネルギーを抜かれた相手は……さあ、どうなったんだか。
 手応えあったら、あとはもう興味無し、というところです。

 クトゥルー神話のハードカバー、それも地図の辞典サイズ。
 ……ええ、ありましたとも、二回目の学校の方に。
 何考えてんだかなあ、図書委員って(汗)



解説

 いー・あーるさんの作品です。

 水無瀬川兪児(みなせがわ・ゆじ)の紹介的ショートストーリー。生体エネル
ギーをあっちからこっちへと横流しする異能者です。性格は……傍若無人。
 いー・あーるさんいわく「心優しくて素直な治癒能力者って……貧乏籤ひき
まくりのような気がしますし。善良に徹すると、身が持たんです」とのことで。
なるほど、と思わんでもないです。はい。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作“語り部”総本部