カチッと音を立ててシャーペンの芯をしまう。
終業の鐘まであと五分、今日は図書委員のカウンター当番の日だ。シャーペン
を筆入れに押し込み教科書とノートを鞄にしまう。目の前の黒板はお世辞にも奇
麗とは言えない字で、ぎっしりと数学の問が書き連ねてある。先生は写し終わっ
たものから授業は終わりと言い残してさっさと職員室に戻ってしまった。黒板の
内容もノートに写し終えたことだし、もう出ていっても構わない。さっさと図書
室に向かう。
「相柄さんって、きょーちょー性ないよねー」
「みんながんばって写してるのにさぁ」
ぼそぼそとクラスの女子の恨みがましそうな声が聞こえる。こそこそしゃべっ
ているのか、聞こえるようにしゃべっているのかわからないが、別にどっちでも
構わない。そもそも、調子をあわせてやる必要などまったくない。授業中にノー
トも取らずしゃべくっていた自分らが悪いのだ。静かにドアを開けて教室を後に
する。他のクラスはまだ授業中、なるべく音を立てずに廊下を通り図書室に向か
う。鞄をカウンターの下に置き、いつもの当番の席で昨日の読み掛けの本を開く。
まだ授業が終わってないので、図書室に生徒の姿はない。人のいない図書室、過
ごしやすい時間だ。
一瞬おいて、校内に終業を告げる鐘の音が鳴り響いた。ため息一つ、せっかく
の雰囲気が台無しだ。本をたたみざっとカウンターを見回す、さしあたって仕事
はない。
生徒が来た。いつもの眼鏡に目つきの悪い女生徒、常連の一人。確か水無瀬川
兪児とかいった、本の返却だ。手にした本三冊を無造作にカウンターに積み上げ
る。
「これ」
一言。
「はい」
一言、三冊の図書カードのチェック、本の確認、無駄話は一切ない。始めのう
ちは丁寧に話していたが、何度か顔を突き合わせるうちに、次第に会話が簡素で
ぶっきらぼうになっていく。互いにそういう所があるのだろう。
「確認」
一言、私がいうが早いか、水無瀬川はさっさと本棚に歩き出す。最近は水無瀬
川とは一単語以上の会話をしたことがない、図書館常連のなかでも比較的扱いや
すい生徒の一人だ、無駄に話を持ち掛けないし、説明も要らない。すぐに落ち着
いて本が読める。今日は騒がしい上級生やら、本もろくに読まずにしゃべりにく
る女生徒もきていない、静かなままだ。これで落ち着いて本が読める。
どれくらい時間が経ったか、壁の時計を見てみる。そろそろ閉館時間だ、あと
で準備室でお茶でも飲んで帰ろう。図書館内は飲食禁止だが、図書準備室では司
書の先生の職権で、ティーセットとポット、お茶菓子が常備してある。ざっと図
書室内を見回す、もうほとんどの生徒は帰ってしまい人の気配はない。カウンタ
ーで紅茶を飲んでもよごさなければいいだろう。開け放されたままの準備室のド
アの向こうにティーセットとポットが見える。カップに意識を集中する、と、白
いカップがふわりと浮き上がりこっちに飛んでくる、目の前まで来たところでカ
ップをつかまえ、引き出しにあるティーバックを入れる。次、ポットは少々重い
しどこかにぶつけるとまずいので、カップを向こうのポットの下に飛ばし、お湯
を入れ、こっちに戻す。鉛筆立てに無造作に突っ込まれたシュガーを入れ、スプ
ーンはないので、念動でかき回す。自分の能力なのだから自分の為に惜しみなく
使う。あと少しで本が読み終わる、読み終わってから帰ろう。紅茶を口に含み、
次のページをめくる。
どさ
顔をあげると、カウンターに三冊の本がつまれている。眼鏡の奥の鋭い目が見
ている、水無瀬川だ、まだいたらしい。ともするとさっきの行動を見られていた
かもしれない、しかも禁止のはずの飲食の真っ最中だ。別に私は構わないが。
「借りる」
「了解」
カードに書き込み、チェック、こんな時に速筆は重宝する。書き終えて本を渡
し、紅茶を飲んで一息。水無瀬川も書き終わったらしい。紅茶を飲み終えた時に
丁度目があう。視線の意味は分らないが、図書委員が堂々と禁止されてる飲食を
していることに少なからず後ろめたさはあった。
「いる?」
「少し」
さすがに今度は自分で準備室にカップを取りに行く。ついでに少しお腹が空い
たにでお茶菓子のクッキーも持ってく事にする。紅茶にクッキー、一つを水無瀬
川に渡し、読みかけの本を開く。
しばし無言。
水無瀬川がカップを置くのと、本を閉じる音が重なる。もうそろそろ図書室を
閉めよう。カップとクッキー皿を適当にゆすぎふせておく。
「閉めるよ」
「ん」
電気を消し、カギをかける、職員室にカギを帰さないといけない。
「じゃ」
「ああ」
一言、水無瀬川とわかれ職員室でカギを返し、帰宅する。今日も特に変わった
事はない。
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