小説『誰かの日常』


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小説『誰かの日常』

 666ページ目、普通なら縁起でもない数字だろうが、別に気にもならない。
ページにしおりを挟み、貸出しのためにカウンターに置かれた本を手に取り、さ
っさと図書カードに必要事項を書き込む。
「どうぞ」
「あ、どうも、失礼します」
 とろくさそうな男子生徒が一人、借りたばかりの本を鞄に押し込み、図書室を
後にする。室内を見回して、他に生徒らしい姿は見えない。カードを引き出しに
しまい、過去の貸出しカードをチェックする。返却期限を過ぎたカードは五枚、
うち二枚は期限を二週間過ぎてる、今度の図書広報に返却願いをのせることにす
る。カウンター奥におかれたパソコンの電源を入れ、司書室にカップとポットを
取りに行く。紅茶をいれたころには立ち上がってるだろう、唸るような音が静ま
り返った図書室に響く、4・5年ほど前のパソコンらしいので。やたらと遅い。
 紅茶を一口飲み返却棚を見る、返却棚に置かれてる本は12冊、その中でも美
術部連中が返しにきた画集が五冊、なかなか借りるのは根性がいる。一冊画集を
手に取ってみる、結構な重さだ。画集をおき、やっと立ち上がったパソコンに今
日の貸出し冊数、返却冊数を入力し保存する。ついでに図書広報の図書返却願い
に本の題名と借りた生徒の名前とクラスを記入しておく、そういえば図書委員会
の恒例企画だという百人一首大会の告知記事も書いておかなければいけない。各
クラスから男女二名で一組の参加、優勝商品は三千円相当の図書券、自分が欲し
いくらいだが、あいにく委員は審判と会場設定のためにでられない。文書を保存
し、パソコンを終了する。あとは返却棚の本をもとに戻して帰るだけだ。
 画集のある棚は入り口の近く、画集を一瞥して集中、ふわりと五冊の画集が宙
に浮き上がる。そのまま棚まで飛ばし、棚に隙間を空け、画集をそっと押し込む、
ついでだから他の本も飛ばす。一冊、二冊、カウンターに頬杖をついたまま飛ん
でいく本を眺めてる、自分で見てても不思議な光景だ。そして最後の一冊を新書
コーナーの棚へと飛ばす。
 丁度、新書が図書館の中心をよぎって飛んでいるとき。
 ドアが開いた。
「…!」
 入ってきた生徒、眼鏡に鋭い瞳、水無瀬川だ。折り悪く新書は入ってきた水無
瀬川の丁度目の前に浮かんでいる。下手に力を抜いたら本が落ちるし、傷む。
水無瀬川は目の前に浮かんだ新書と私の顔を見る。
「これは?」
 一言、落ち着き払った声、特に驚いた様子も無ければ取り乱す様子も無い。と
りあえず浮かんだままの新書を棚に押し込み、一言。
「特技」
「……あそう」
 納得したらしい、今、戻したばかりの新書を手に取りカウンターの上に置く。
「貸出し」
「了解」
 手続きを済ませ、カードを引き出しに入れ、再びパソコンに電源を入れる。も
う一杯紅茶を飲みながら片づけよう。
「いる?」
「もらう」
 能力がわかってしまったのだから、今更隠すことはない、司書室のもう一つの
カップを飛ばして持ってくる。水無瀬川は表情一つ変えずに眺めて、一言。
「便利」
「まあね」
 後は口を聞くことも無く、紅茶を飲み、図書入力を終え、図書室を閉める。私
はいつものように職員室へ。
「じゃ」
「ん」
 今日はちょっと変わった出来事があったが、さしたる問題はなさそうだ。



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