小説『裏方仕事』


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小説『裏方仕事』

 夏の夜は、まだ宵ながら明けぬるを、雲の何処に月やどるらむ
マジックペンが模造紙にこすれる嫌な音がする。百人一首の早覚え一覧、後少し
で書きあがる。大会参加者呼び込みの一環だ。百人一首大会といっても、それほ
ど人が集まるように思えないが、図書委員総でで早覚え表作成に歌覚えカード、
百人一首関連書庫の案内まで掲示している、この学校はよっぽど祭好きが多いの
だろう。そういえば、ルールブックも読み直しておかなければ、意外と細かい規
定があったように思う。
 服装、正式な競技の場合は袴、それ以外はどのような服装でも構わない。
 使用する取り札は、100枚の内の50枚。よく混ぜ合わせた100枚の札を
25枚ずつをとり、双方の持ち札とする。詠み手は100枚の札を詠むので、残
りは空札。25枚の持ち札を自分の前に並べ、自分の持ち札が「自陣」相手方が
「敵陣」とする。暗記時間は十五分、最後の二分が素振り時間。構えは正座。判
定は詠まれた札に直接触れるか、札を並べた線から弾き飛ばせば、取り。他の札
を使って押し出すのも可、しかしその場に無い空札が詠まれた時に札に触れたら
お手つき、相手から札を一枚送られてしまう。自陣の札をなくしたほうが勝ち。
 ずいぶんと細かい規定があるが、自分の役割は審判、取った相手を判断するこ
と、弾き飛ばされた札が、詠まれた札かを確認することが役割だ。また、不正に
相手の動きを妨害する行為にも目を光らせなければいけない。
 図書準備室の机に広げられた模造紙に、最後の句を書き。マジックペンを箱に
しまう。張り出しは明日でいい、紙を丸めて置いておく。
 窓を見る、真っ暗だ。遅くなったところで、母はまだ仕事だろう。父は単身赴
任で長野、兄貴は大学のコンパのはず、問題ない。
 靴は持ってきてある、鍵も閉めてきた。図書準備室の窓を開け下を覗く、外は
すっかり暗い。三階の窓の下には高い杉の木が見える。生暖かい風が頬に吹く、
靴を履き、鞄と上履きの袋を片手に窓枠に足をかけ…
 飛ぶ
 一瞬、目の回るような落下感、外に広がる景色が窓から見るよりもずっと鮮や
かに感じられる。
 集中
 ふっ、と体が軽くなる、落ちながらのゆるやかな浮遊感、ふわりとスカートが
舞った。落下制御、飛ぶ方よりこっちの方が好きだ。二階、一階、ゆっくりと地
面が近づく、この間の雨であちこちにぬかるみができてる、ぬかるみのあるとこ
ろを避けてそっと降り立つ。校舎を見上げ、開けっ放しの図書準備室の窓を閉じ
させる。足早に校門を飛び越えて、家路を急ぐ。明日は朝イチで早覚え表を図書
館前に貼りださなければ。



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