用務員さんから、映画券を二枚貰った。
それなりに困った。
人の好意は有難く受けるほうがやはり楽だ。
それに現に有難いんだから、受けるのはこれは当たり前だ。
……しかし。
二枚の、券。
「…………ううむ」
部屋の中で胡座かいて券を睨んでたら、扉が三回叩かれた。
「どぞー」
「お……何やってる」
「見て分からんか」
「わかりゃあ聞かないよ」
かちゃり、と扉を開けると、大学生の兄が入ってくる。
「……で、映画券睨んで何やってる」
「どうしようかなあ、と」
「枚数が不穏だな……誰と行く気だ?」
「いやそれが問題なんだってば」
「へえ?」
「貰った、二枚とも」
「誰から」
「用務員さん」
「は?」
だあ、そこから説明せいと言うのか。
「要は、知り合い。進級祝いだって」
「……へえ……」
ふむ、と、腰を下ろしてやはり胡座をかきながら兄が考えこむ。
「で、行く相手が居ない」
「うん」
「じゃ、俺一緒行こうか?」
「……すっげえ不毛」
「……お前が言うか」
「あたしはそれで普通だけど、そっちがさ」
兄の名前は蜃。異母兄。
この兄、男にしとくのが惜しいほど美人である。
母親似で、美形というより美人が似合うくらいの美人である。
……というと、殴られる。
兄のお母さん、という人の写真は、飾り棚の上、家で一番目立つところにある。
「忘れたり隠したりするには、勿体無い人じゃないの」
あたしの母という人は、そういう人である。
で……兄によると、理想の女性だそうな、あたしの母親ってのが。(気性が、だ。あくまで)
「何で俺だと不毛?」
「一緒に行きたがる女の子ぐらい居ないのかよ」
「……お前が貰ったんだろ、その券。俺が二枚とも貰っていっていいのか?」
…………ごもっともである。
「大体お前だって、映画に一緒に行く友人くらい作っとけよ」
「だって、映画を複数で見にいったって面白くないだろ」
「何故に」
「どうせ、画面見て過ごすんだぞ」
「……ふむ」
兄は妙に納得した。
「じゃ、取りたてて友人選ぶ事も無いだろ。知り合いにいないのか?」
「むー……あ」
「いるだろうよ」
「図書委員に一名。女の子でさ、知り合いは、いる」
佐柄夢希。……ああでも、連絡場所知らないから無理か。
と、考えてたら。
「お前さ、映画女二人で見に行くって」
「何」
「兄妹で見に行くのと同等に不毛」
「るせえ」
この兄には言われたくないぞ。
「そんなに困るなら、貰った時にそう言やいいだろうに」
「直接貰ったわけじゃないからね」
「誰から貰った」
「用務員さんの……代理の人だったな。呼び捨てしてたから友人かもしれない」
「ふうん」
兄はそこで暫し黙ったが、
「……兪児」
「何」
「その用務員さんて……どんな人だ」
「どんなって………………人」
「人、じゃなくって……えー……男だよな」
「うん」
「年齢は」
「……蜃よりは年上」
「ってことはそんなに年でもない」
「……二十代ではあるよ」
………………あ”。
言った途端、兄がぎっと睨んでくる。
「おまい、なあ」
「……何」
「で、なんでその用務員と知り合いなんだ?」
「知り合いだから」
ああしまった。
こうなると蜃はうるさいんだ。
「だから何で……ってそいつ、お前と一緒に行くために、二枚渡したのか?」
………………あ、成程。
「そういう考え方もあるか」
「そういうってお前はっ」
「じゃ、いいや。兄貴、ありがとね」
「ありがとねって……こらっ」
「行ってくら」
何だかんだと長くなる兄の説教をぶち切るにはいいきっかけだったから、そのまま
券と上着と財布の入ったかばんを引っつかんで立ちあがった。
蜃は何か言っていたようだった。
しかし。
まあ、真面目な話、用務員さんってそういうことはしないだろうな、とはわかる。
でも確かに、一緒に行く人がいないのも確かで。
学校へ行ってみるのも、いいかもしれない。
靴をつっかけて、上着の袖を引っ張って。
方角は、学校。
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