小説001『書類仕事』


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小説001『書類仕事』


本文

 コ・ワ・レ・タ

 自分の中の何かが告げた。
 そう、あの時から俺は壊れている。あの時から……

     *

「西田君、書類は出来たかね」
 自分に向けられた声に、振り返る。
「書類……ですかぁ?」
 俺はチーフに尋ね返している。尋ね返しながら書類のことを思い
返す。そういえばそのような物もあったような記憶がある。
「……例の書類なんだがね」
 むろん出来ているはずなど無い。チーフもそれを期待してはいな
い。
「そぉいえば。そのよぉな物も。ありましたねぇ」
 自分の心に偽らない返事。吹利県警は、しょーもない書類のため
に俺に手帳を渡しているわけではない。
「一応、規則だから。出しといてくれたまえ」
 チーフの目を見つめる。
 自分の。目の前で組んだ両手の関節が微妙に安定点を求めて蠢く
のが昆虫の脚のようで。
 そして机には書類が置かれる。その書類に早苗美と名前を付けて
みる。
 早苗美君が語りかけてくるのに耳を傾ける。彼女が呟いているの
は、失った恋の繰り言。俺は、クスリと笑う。
 失った者。失った物。失った喪の…………
 俺はもう壊れている。だから、何をしたところで世界は変わりは
しない。ゆえに、この世ならざる者の方が、俺には心地よい。
 書類の文字が、指先の汗で、滲む。ぬるりと。

                            (fin)


登場人物

 西田七緒:吹利県警捜査零課3班の刑事。広域霊感を持つナメクジ刑事。
 宮内七瀬:吹利県警捜査零課3班チーフ。天狐。


解説

 吹利県警捜査零課の、とある日常。
 西田七緒の内面の壊れっぷりが出ています。



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