小説『消えないランプ』


目次



小説『消えないランプ』


登場人物

 宮部祥子		:超能力心理学者。晃一の母親。
 宮部晃一		:超能力の潜在能力をもつ少年。
 あの人		:超能力遺伝子学の権威、宮部晃介。晃一の父親。


本編

 殺風景な白い病室。固いベッドの上に白衣の女性が座っている。その膝の上
に、三才ぐらいの男の子を乗せている。
「おかあさん……おかーぁさんっ」
「どうしたの? 晃一」
「ふふふ、おかーあさん、だーいすき」
 私の膝の上、晃一は小猫のようにじゃれついてくる。……三才の子にしては
少し、母親に甘えすぎのような気がする、……でも、しょうがないことかもし
れない。
 こんなに周りから隔離された育ちかたをしているのだから……。
「ねぇ、きょう、しゅじゅつなの、しゅじゅつこわいの?」
「……手術ね、いいえ、恐くないのよ、大丈夫よ。ね、晃一は強い子でしょう?」
 手術、そう、今日は手術の日だ。超能力増幅のための強化手術。
 人為的に体の自由を奪うことにより、自己の能力を高める。簡単に言えば。
声が出せず、思いを伝えられないから、心の声で語りかける。自分の足で歩け
ないから念動の力で移動する。
 話したい……歩きたい……これらの思いが、不自由さが、より超感覚の鋭さ
に磨きをかける。
 強化手術の一環。肉体的損失。

 単純な理論だ。……しかし、それが晃一にどれほどの苦痛を与えることだろ
う……何も知らずに、私の腕の中にいる。なにもかも私に依存しきっているこ
の子に……。
 ……晃一…… 
 あなたのことがいとおしくて……望んで……産んだ子じゃないのよ……。あ
なたは……あの人にとっては、研究の成果をためす実験動物と同じ……。私に
とっては、あの人の心をつなぎとめるための道具にすぎなかったのよ。
 あなたに慕われる資格は私にはないのよ……
「? おかあさん……」
 ……許して……
 何もかも、あの人に捧げてしまった……私を……
 積み重ねた人生も……人としての心も……そして……なんの罪もないあなた
も……今……。
「おかあさん?」
「……ああ、どうしたの……晃一」
「あのね、おかあさん。ぼく、しゅじゅつ、がまんするよ。ぼく、つよいもん」
 屈託のない笑顔。おもわず目をそらした。あやうく涙がこぼれそうになる。
慌てて取り繕った微笑みを浮かべ、晃一の頬をなでる。
「……そうね、いい子ね。晃一……」
「うん、おかあさん。ぼく、いい子にしてるよ」
 ……ぼく、いい子にしてるよ……それが私の聞いた……晃一の最後の声……。
 時間が来た。無表情な研究員の手でベッドを移され、手術室へ……運ばれて
いく。手術室の前、ドアが閉まり、赤いランプがともる。
「あ……」
 膝をつき、そのまま手術室のドアに崩れ落ちる。涙がつたい、鳴咽がもれる。
冷たいドアの感触、赤いランプの光が泣き崩れる私を照らす。
「許して……許して……晃一……ゆるして……」
 手術室の赤いランプが薄暗い廊下を不気味に照らしている。
 泣き続ける、ずっと……。罪の意識と、子供を奪われる悲しみに苛まれなが
ら……。



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