小説『二十の誕生日』


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小説『二十の誕生日』

 立ち止まる。
 ナイフが飛んでくる。軌道を読む。頬をかすめるか。飛行中のナイフに当た
る大気分子のバランスを崩してやる。
 ナイフはかすめるどころか、まるで見当違いな方向の壁に当たって落ちる。
 これで……不意打ちのつもりか。
「ノーコンだな……投げナイフはやめた方がいい」
 忠告してやる。腕は悪くはないが……このヤマに噛むには無力だ。
「ちっ」
 男の顔が、ゆがむ。忠告を聞く気はないらしい。懐からもう1本ナイフを取
り出す。いや、3本か。懲りないヤツだ。
 分子結界。大気分子をコントロールして、今度はさっきより強くナイフを弾
き飛ばす。ネオンサインの赤い光をコントロールして結界を男の目にも見える
ようにしてやる。
「ATフィールド……ってか」
 我ながら悪趣味な冗談。ナイフ男に通用したかどうかは知らないが。
 男が胸の前で十字を切る。クリスチャン……か。
「悪魔めぇ!」
 そうだ、それが正しい。接近した方が、ナイフ投げよりまだ確率は高い。
「確かに」
 男の口元の一酸化炭素分圧を上げる。叫びながら突進してくるから。た易く
その分子は男の血中に貯まって。
 歩き出す。男が倒れるのが判る。後遺症は残らないレヴェルのはず。
 振り返って見るまでのことはない。俺はその路地裏を後にした。
 大通りではタクシーが、スピード違反を犯しながら走り去っていく。左腕で、
小さく電子音がした。腕時計。12時の時報。
 そして……、俺は二十歳になった。

「見かけない顔ね」
 女主人が声をかけてきた。
「そうだな……この店は初めてだ。ロック」
 酒を注文する。一番簡単な、酒。他の客は、いないらしい。
「二十歳を過ぎるまで酒は飲んじゃいけないことになっている……少なくとも、
ここは日本だ」
 呟くように、誰に云うでもなく。
「何が言いたいの?」
「何。さっき、合法的に酒が飲めるようになった。ただそれだけだ」
 アイリッシュモルト。銘柄までは知らないが……胸に、凍みる。無意識のう
ちに、中枢神経系から酒精分子をブロックしている。別の客が現れて、女主人
はその客の方に行ってしまう。
『さっきので使った寿命は?』
『42分間てとこだな』
 魂の内側に住み着いているアレが応える。
『まだまだ、お前さんは長生きするゼ』
 俺は取り合わずに、ロックを傾ける。静かに……静謐の中にグラスが空く。
 目の前に、新しいグラス。そして、女主人。
「Happy birthday. おごりよ」
「Thanks. 頂こう」
 澄んだ音。グラスが軽く響く音。
「少し……魔の気がするわね」
「別に……ちょっと憑かれているだけだ」
 いらえ。掛け値なしの美女。酒。そして夜が更ける。


解説

 マクスウェルの悪魔つき、川中隆の自己紹介的な話です。データは
	http://kataribe.com/HA/14/C/HAC14_24.TXT
 にあります。
 彼はその身体に取りついているマクスウェルの悪魔の力を借りることで、分
子運動を操作することができます。今回襲ってきた相手はマクスウェルの悪魔
を聖書における敵としての悪魔であると認識しているキリスト教系の異能者の
ようです。



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