エピソード『帰る場所』


目次



エピソード『帰る場所』


登場人物

 宮部晃一(みやべ・こういち)	:強化超能力少年。
 鬼崎野枝実(きざき・のえみ)	:影使い、現在の晃一の保護者代り
 鬼李(きり)			:野枝実の相棒の影猫
 本宮友久(もとみや・ともひさ)	:空間操作能力者、野枝実の家に居候


本編

 夕方、野枝実のアパートへ向かう友久。今日は晃一は中原医院、野枝実は多
分迎えにいってる。自分が戻る頃には二人とも帰ってるだろう。

 友久		:「帰る場所……か」

 さっきまで、女の所にいた。野枝実の家に転がり込んでしばらく行っていな
かったのだが、今日久しぶりに顔を出してきた。以前は行く当てがないとき、
よく泊めてもらったものだった。
 記憶をめぐらせる……ついさっきの出来事。

 ……女の匂いがする。女に会って、開口一番言われた言葉。
 女の匂い? 昨夜はそんなことはなかったはずだ……怪訝な顔で聞き返す。

 友久		:「とくに……楽しんだ記憶はないが?」
 女		:「ううん、そうじゃない。女の生活の匂い」
 友久		:「生活の匂い?」
 女		:「楽しんだ時とも違う……ほのかな匂いがね」

 ふっと笑う女。疲れたような、寂しいような笑い。

 女		:「暮らしてる匂いは……ごまかすことはできるけど……消
		:すことはできないもの」

 暮らしてる匂い、落ち着いた暖かい生活の匂い。いつのまに自分からそんな
匂いがするようになった? 

 女		:「帰る場所……見つけたの?」
 友久		:「それは……」

 なぜか言葉に詰まってしまう、困惑した瞳をそっと見つめる女。
 一瞬、途切れる時間……周りの音も部屋の景色も質感を失う。まるで薄い紗
の幕をおろしたかのように、女と自分との間に深いへだたりが生まれる。

 友久		:「……帰ろうか」

 ぼそりとつぶやく。

 女		:「関係ないのに、そんなこと」

 相手が誰と暮らしてようが関係ない……はずなのに、お互い割り切っている
はずなのに、罪悪感を覚える。なぜ? 

 女		:「泊まってかないの?」
 友久		:「ちょっとな」
 女		:「もう……来ないつもり?」
 友久		:「気が向いたら」
 女		:「来ないわね、もう」
 友久		:「……」

 答えられなかった。絶対に来ると言えなかった。何も告げないまま玄関のド
アに手をかける。

 友久		:「じゃあな」

 同時にドアにのばした手を掴み、女が転がるように抱き着き、きつく唇を塞
ぐ。香水……シプレーの香りが鼻孔をくすぐった。

 女		:「さよなら……あなた結構気に入ってたのよ」
 友久		:「ああ」

 ドアを閉じ、女の家を後にした。

 そして……今。程なく野枝実のアパートへ着く。

 友久		:「よお」
 晃一		:『おかえりお兄ちゃん』
 野枝実	:「計ったように食事前に帰って来るわね」
 鬼李		:「言いつつ、ちゃんと準備してあるだろう」

 出迎えてくれる一同。覚える安堵感。

 友久		:「だいぶまともな飯になったな」
 野枝実	:「あんたに言われたくない」
 晃一		:『お姉ちゃんの卵焼きおいしいよ』
 鬼李		:「味がちゃんとついているからな」
 野枝実	:「うるさい」

 こんな調子で賑やかな食事を終え、程なく晃一を寝かしつける。大人が寝る
のにはまだ早い時間。

 友久		:「生活の匂いか」

 部屋の隅でぼんやりと反芻する友久。ちらりと、野枝実を見る。女の生活の
匂い……こいつはどんな匂いだったろうか? 

 友久		:「野枝実」
 野枝実	:「何?」

 呼び止めるなり、おもむろに野枝実の首に手を回し、首筋に顔を近づける。

 野枝実	:「ちょっ!?」

 ごきっ。野枝実の拳が友久の頬を捕らえる。

 友久		:「痛っ」
 野枝実	:「なんなんだ、いきなり!」
 友久		:「いや……ちょっと確認を」
 野枝実	:「確認?」
 友久		:「お前の匂い」

 いつもの意地の悪い笑みを浮かべ、しれっと答える。

 友久		:「匂いは覚えた」

 思わずあきれたような表情になる野枝実。

 野枝実	:「犬かあんたは」
 友久		:「近いもんがあるな」

 殴られた頬をなで、苦笑しながら壁に寄りかかる。ぽつりと……小さな声で
つぶやく。

 友久		:「生活の匂い……か。悪くないな」


解説

 友久・野枝実の日常編の一編。



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