エピソード『蟋蟀(こおろぎ)』
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宮部晃一(みやべ・こういち) :強化超能力少年。
鬼崎野枝実(きざき・のえみ) :影使い、現在の晃一の保護者代り
鬼李(きり) :野枝実の相棒の影猫
本宮友久(もとみや・ともひさ) :空間操作能力者、野枝実の家に居候
お昼過ぎ、アパートで鬼李を抱きかかえ、ぼんやりしている晃一。不意に玄
関の空間が歪み、友久の体が現れる。
晃一 :『お帰りなさいお兄ちゃん』
友久 :「なんだ、野枝実はまだ帰ってないのか」
鬼李 :「れぽーとがどうしたと言っていたぞ」
友久 :「なるほどな、丁度いい」
にやにやと子供っぽい顔で笑いながら晃一を手招きする。
友久 :「晃一、いいもんやるぜ。ちょっと来い」
晃一 :『いいもの?』
友久 :「ちっと目つぶって手ぇだしな」
鬼李 :「変なものではないだろうな」
友久 :「まともなもんだぜ」
目を閉じて、おずおずと手を出す晃一。
友久 :「逃がすなよ」
そっと晃一の手の平に手を重ねる。
友久 :「ほら」
晃一 :『わ……』
晃一の手の平に茶色いグロテスクな小さな生き物が乗っている。今にも手か
ら飛びだそうとして、慌てて手を閉じ、捕まえる。
晃一 :『お兄ちゃんこれ何?』
友久 :「これか、コオロギだ」
晃一 :『こおろぎ?』
鬼李 :「コオロギか、よく食べたな」
晃一 :『コオロギ……はじめて見た』
めずらしげに手の中を覗き込む。
晃一 :『ありがとうっお兄ちゃん!』
嬉しくてしょうがないといった顔で元気にお礼を言う晃一。
友久 :「え、ああ……よかったな」
晃一 :『うんっ』
晃一のあまりの反応に少し面食らった様子の友久。
友久 :「あんなに……喜ぶもんか、普通」
鬼李 :「何かを貰った経験すらほとんどなかったんだろうな」
友久 :「たかが虫一匹でか」
鬼李 :「価値があるないは関係ないさ」
そして……程なく、野枝実が帰ってきた。
野枝実 :「ただいま」
晃一 :『おかえりっ! 野枝実お姉ちゃん見て見て』
野枝実 :「どうしたの少年?」
晃一 :『これっ』
差し出したもの、籠に入れられた一匹のコオロギ
野枝実 :「何これ?」
晃一 :『コオロギ! お兄ちゃんがくれたの』
野枝実 :「友久が」
晃一 :『うんっ』
元気に答える晃一。その後の食事の間もコオロギの話題で持ちきりだった。
晃一 :『お兄ちゃん、コオロギどこにいたの?』
友久 :「すぐそこの河原に一杯いたけどな」
晃一 :『明日、せんせのとこにコオロギ持っていく』
野枝実 :「中原さんのとこ?」
晃一 :『うん、新くんにもコオロギ見せてあげるの』
友久 :「そんなめずらしいもんでもないんだが……」
晃一 :『コオロギって何食べるのかなぁ?』
野枝実 :「何食べるの?」
友久 :「知らん、飼ったことはない」
鬼李 :「捕まえておいて無責任だな」
友久 :「あくまで俺は捕まえる係で、面倒は弟共が見てたからな」
野枝実 :「へぇあんた弟いたの?」
野枝実の何気ない一言に、一瞬はっとした表情になる友久。少し慌てて言葉
を濁す。
友久 :「あ……いや、とにかくわからん」
野枝実 :「そう」
そして、食事を終えて、枕元に虫の入った籠を置く晃一。
晃一 :『早く明日にならないかなぁ』
鬼李 :「そうだな」
晃一 :『新くんにも、コオロギ捕まえてくれないかな』
鬼李 :「今度、本宮くんにお願いしような」
晃一 :『うん』
そして程なく。はしゃぎ疲れたのか、晃一はすぐ寝入ってしまった。日本酒
の入ったコップを片手に、ぐっすりと眠る晃一の寝顔を見ている野枝実。
鬼李 :「やっぱり男の子だな、晃一は」
野枝実 :「確かに、あいつにしてはめずらしく役に立った」
鬼李 :「そう言えば本宮君は?」
野枝実 :「さあ? タバコじゃない」
そして、アパートの外。手すりに寄りかかり、タバコをふかしてる友久。さっ
きまでの嬉しそうな晃一の顔を思い出す。
友久 :「けっ……」
溜息混じりに煙を吐き出す。
友久 :「たかだか虫一匹で……馬鹿みたいにはしゃぎやがって」
そっと目を閉じる、頭に懐かしい言葉が響く。
『和久、いいもんやるぜ』
『えっ? いいものって何?』
『ちょっと目つぶって手だしな』
もう昔の事。
『友兄ちゃんこれ何?』
『コオロギだ』
『こおろぎ? これが? ありがとうっ友兄ちゃん』
嬉しそうに笑う弟の顔。
『友兄ちゃん、コオロギって何食べるのっ?』
『図鑑で調べろよ』
『うんっ』
毎日せっせと餌をやってコオロギの世話をしていた弟。
友久 :「同じこと……言いやがる」
肩を竦め小さく笑い……背後に気配を感じ振り向く。そこにいたのは……
友久 :「野枝実か」
野枝実 :「まだ起きてたの」
友久 :「ん……ああ、ちょっとな」
曖昧な答えを返す友久。野枝実もそれ以上は聞こうとはしなかった。
友久 :「さ……て、寝るか」
野枝実 :「そうね」
野枝実宅在住の面々が、ますます疑似家族化していく情景のひとこま。
友久の家族への思いと対比することで、新たな家族という光景を演出してい
るんだと思います。
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