小説『雨夜』


目次



小説『雨夜』


碓氷 奏雅

 夕食を作らないといけない。
 別に食欲があるわけでもないが、やはり食べなければならないだろう。特に
一人暮らしでだでさえ不規則な生活をしている自分にとっては。
 食糧事情を考えてみる。
 この前に、買い溜めた食糧はだいぶ底を尽きつつある。そろそろ買い出しに
行かなければいけない頃だ。生活するためには食べなくてはいけない。当たり
前だが食べるものは、食べてしまったら減るものだ。そしてまた買い出しに行
かなければ行けない。

 ばさりと朝刊を広げてみる。
 今日の降水確率は30%、正直出かけるには躊躇したくなる数値だ。
 せめてこれが70%だったり、0%だったりしたらまだ気兼ねなく出かけられ
るのだが、さすがにこればかりはしょうがない。
 椅子の背に引っかけてある黒のレインコートを羽織って、ウエストをベルト
で締める。帽子かけに鈴なりにかかっている黒の鍔広帽子をひょいとかぶり、
傘立にある黒いコウモリ傘を手に取った。

 案の定というか当然というか。
 出かけてものの十分としないうちに空の色があやしくなってきた。
 濁った空を空を見上げて、溜息を吐く。

「……わかっちゃいるけどね」

 手にしたコウモリ傘を開く、ぽつりと最初の滴が傘に降ってきたのを感じた。



白鷺洲 風音

 ああ、降ってきた。
 さして驚いた風でもなくどこに雨宿りするでもなく、風音は歩いていた。
公園を抜けて、近道。舗装された道から塀のコンクリートから雨の匂いが湧き
あがってくる。
 見えたものは、濡れている自分。
 わかっていて、わざわざ時間をつぶして雨宿りすることもない。別に急ぐわ
けでもなく、だんだん本降りになってくる雨の中、歩いていく。
 このまま濡れて帰ったら間違いなく風邪をひくだろうな。見えるまでもない、
これからのことが頭をかすめた。

 公園を抜けて、路地へ出る。
 前方に黒い影が見えた。


碓氷 奏雅

 目の前に女の子がいた、いや女の子というよりはもっと上だろう。痩せぎす
で線の細い、お世辞にも健康そうとは言えない子。だいぶ雨にうたれてたのか、
長い髪がだいぶ湿って、服にも雨が染みている。このまま放っておいたら間違
いなく風邪を引くだろう。

 普通なら、誰が雨にうたれていようが気にはならない。
 雨が降りそうな日に己の過失で傘を忘れた者、天気予報を見なかった者。
 そんな奴らにはなんの罪悪感もないけれど。

「ねぇ、あなた」
「……なんですか?」
 こちらを見上げる、青白い顔に瞳だけが鋭く私の顔を見抜いている。
 おもむろに差してたコウモリ傘を彼女の手に押しつける。
「使って」
「……はい?」
 きょとんとした彼女の答えも待たずに、そのまますれ違う。
「あたしが見ていてイヤだから」

 雨、まだ降り注いでいる。
 この雨の所為は……己の責任。
 こうなることがわかっていて、外に出たのは自分だ。

「……あの、濡れますよ?」
 傘を手にしたまま、彼女が小走りで追いかけてくる。

「いいよ、あたし馴れてるし……なにより、他人が濡れて帰るのを見るのがヤ
なのそんだけよ」
「私も、貴方が濡れるのを見るのはいやです。私のは自業自得ですから」

 自業自得。
 変ったことを言うものだ。

「あたしの場合は、自分で蒔いたタネだもの」
 苦笑して、空を見上げてみる。濁った灰色の雲、ぽつぽつと顔に雫があとか
らあとから降り注いでくる。
「あたしが……呼んだもんだしね」
 彼女が何か言おうとする前に、言葉を遮った。
「押し付け合ってても、埒があかない…か」

「……うち、そこですから」
「ふぅん、じゃ……そこまで入れてあげる。……言っとくけど、気にしなくて
いいよ。あたしがイヤなだけだから」
 その言葉に、彼女は黙った。ひょっとしたら呆れたのかもしれない。受け取っ
たコウモリ傘を彼女に差し掛ける。

 並んで道を歩く、道すがらも会話はない。もとより話すべき理由がない。

「……うち、ここです」
「そう、じゃ」
 踵を返す。

 なんだか変った子だった。


あとがき

 ああっ、自己紹介もしてない(^^;) そもそも知り合ってすらいない(滝汗)



関連資料

 白鷺洲風音
 碓氷奏雅
 続編『鮮紅色』


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