小説009『闇の腕』


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小説009『闇の腕』

 悲しみに満ち満ちて。
 腕が。哭く。
 腕が、狩る。
 
「てめぇっ、なんなんだっ」
 
 腕が、疾走る。
 闇の中に埋もれて。
 短銃を発砲しようとしていた男を。からめ取る。
 
「くそぅ………」
 
 因縁を付けてきたのはこの男だった。
 最悪の、タイミングだった。
 
「ごっ………」
 
 闇の腕に虜らえられて。男がのけぞる。
 これも運命だったのだろうか?
 それとも。
 
        ***
 
 久々に、街に出たのがいけなかった。
 今思うと、そういう事だ。
 後悔は先には立たないから。ぼくはいつも後悔ばかりしている。
 
 来月の練馬の個展の準備。
 久々の都内。
 近所の顔見知りの女の子から、もらった布。
 あれをどう生かそうかと考えにふけって。
 ふと、入り込んでしまっていた路地の裏。
 ぶつかってしまった。若い男。そしてその連れ。
 
 あぁ、いけない。
 
 そう思っている内に、日は暮れて。
 日が暮れて………腕が。哭き始めてしまった。
 
        ***
 
「うぉら。なんとか言ったらどうなんだよっ」
 胸ぐらが、掴まれる。
 それだけで、身動きは取れなくされてしまう。
「………だから、その………すみませんと……」
 それだけ返すことが精一杯で。
 腕が哭くのを抑えながら
《ヤッテシマエバイイ》
 腕が、唆す。
「聞こえねぇんだよ。せいいってもんがあるだろぉがっ」
 そんなに揺さぶらないでくれ。
 腕を、抑えきれなくなる。
《コンナヤツ》
「……やめ………」
 もう、この状態なら。腕は闇の色に染まってしまっているだろう。
「ぅらっ!」
《だめだ……》
「キエロ」
 声が変わる。乗っ取られる。
「なっ」
「そいつっ、腕っ」
《とめられない》
 腕が、変わる。何か、別の形に。
 闇に。溶ける。
 闇の帯となって、胸ぐらを掴んでいた男に絡みつく。
 命を、奪う。
「ばけものっ」
 喉元を締め上げていた男の力がだらりと消える。
 連れの男が、跳びすさる。
 視界の隅に映る、短銃。
 
        ***
 
 悲しみ。
 倒れたままの男たち。もはやわずかなりとも動きはしない。
 
 それを見て、ようやく。腕は心を解放する。
 
 あの時と同じ。
 一年半前の、冬と。
 路地裏。倒れたままの男たち。
 暴力団員同士の抗争と、解決された、あの時と。
 
 目を見開いたままの男達の瞼を閉じる。
 警察に捕まっても。何も解決にはならない。
 男たちの身体を横たえる。
 
 飢えているのは、腕だ。
 悲しんでいるのは、心だ。
 
「ぼくを狩ることのできる人が、もしいるとしたら………」
 
 朱理。まっすぐに、自分を見つめる。瞳。
 ぼくを狩ることができる人が、もしいるとしたら。
 ぼくを狩ってくれる人が、もしいるとしたら。
 彼女しかいない。
 
 ぼくの腕が。一番求めている彼女しか。
 
                            (Fin)


登場人物

 三ッ木珠樹	: 終末の狩人。新木朱理の対。「闇の腕」使い。
		: 新進気鋭の立体芸術家として知られている。


解説

 新木朱理の対、三ッ木珠樹の「闇の腕」の暴走です。
 「失われしは我が想い」にて、放たれた「光の矢」のエネルギーの収支が、
ここでつけられています。



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