悲しみに満ち満ちて。
腕が。哭く。
腕が、狩る。
「てめぇっ、なんなんだっ」
腕が、疾走る。
闇の中に埋もれて。
短銃を発砲しようとしていた男を。からめ取る。
「くそぅ………」
因縁を付けてきたのはこの男だった。
最悪の、タイミングだった。
「ごっ………」
闇の腕に虜らえられて。男がのけぞる。
これも運命だったのだろうか?
それとも。
***
久々に、街に出たのがいけなかった。
今思うと、そういう事だ。
後悔は先には立たないから。ぼくはいつも後悔ばかりしている。
来月の練馬の個展の準備。
久々の都内。
近所の顔見知りの女の子から、もらった布。
あれをどう生かそうかと考えにふけって。
ふと、入り込んでしまっていた路地の裏。
ぶつかってしまった。若い男。そしてその連れ。
あぁ、いけない。
そう思っている内に、日は暮れて。
日が暮れて………腕が。哭き始めてしまった。
***
「うぉら。なんとか言ったらどうなんだよっ」
胸ぐらが、掴まれる。
それだけで、身動きは取れなくされてしまう。
「………だから、その………すみませんと……」
それだけ返すことが精一杯で。
腕が哭くのを抑えながら
《ヤッテシマエバイイ》
腕が、唆す。
「聞こえねぇんだよ。せいいってもんがあるだろぉがっ」
そんなに揺さぶらないでくれ。
腕を、抑えきれなくなる。
《コンナヤツ》
「……やめ………」
もう、この状態なら。腕は闇の色に染まってしまっているだろう。
「ぅらっ!」
《だめだ……》
「キエロ」
声が変わる。乗っ取られる。
「なっ」
「そいつっ、腕っ」
《とめられない》
腕が、変わる。何か、別の形に。
闇に。溶ける。
闇の帯となって、胸ぐらを掴んでいた男に絡みつく。
命を、奪う。
「ばけものっ」
喉元を締め上げていた男の力がだらりと消える。
連れの男が、跳びすさる。
視界の隅に映る、短銃。
***
悲しみ。
倒れたままの男たち。もはやわずかなりとも動きはしない。
それを見て、ようやく。腕は心を解放する。
あの時と同じ。
一年半前の、冬と。
路地裏。倒れたままの男たち。
暴力団員同士の抗争と、解決された、あの時と。
目を見開いたままの男達の瞼を閉じる。
警察に捕まっても。何も解決にはならない。
男たちの身体を横たえる。
飢えているのは、腕だ。
悲しんでいるのは、心だ。
「ぼくを狩ることのできる人が、もしいるとしたら………」
朱理。まっすぐに、自分を見つめる。瞳。
ぼくを狩ることができる人が、もしいるとしたら。
ぼくを狩ってくれる人が、もしいるとしたら。
彼女しかいない。
ぼくの腕が。一番求めている彼女しか。
(Fin)
三ッ木珠樹 : 終末の狩人。新木朱理の対。「闇の腕」使い。
: 新進気鋭の立体芸術家として知られている。
新木朱理の対、三ッ木珠樹の「闇の腕」の暴走です。
「失われしは我が想い」にて、放たれた「光の矢」のエネルギーの収支が、
ここでつけられています。
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