白鷺洲風音(さぎしま・かざね) :変更不可能な未来を見る能力者
板張りの床に、すとんと座って日がな一日。
障子越しの初夏の光は、それでも少し目にまぶしい。
いの字いっさいこく いんじゅうりいららんが いっさいこく いっさい達磨の
達磨の子 いっさら もっさら いの字が いっきりもんめ 十三だい きりもんめ
さんらいす 京の字 京っさいこく……
いつだっけ、ああやって祖母が遊んでくれたのは?
縦糸はもう用意してあって、あとはもう機に向かえば良いだけ……
なのだけれども。
手から杼がころりと落ちる。
細い糸だけが指に淡く絡む。
帰る?
……帰らない?
娘という語感よりもひどく幼く見える女が、そこびかりする板の間に
座り込んでいる。細い手が時折思い出したように指に絡む糸をもて遊
ぶ以外に、微動だにしない。
胡粉を塗って磨き上げたような血の気の無い白い顔に、やはり人形を
思わせる空ろな目が収められている。
ことり、と、床に落ちた杼が、糸を引かれたはずみに小さく跳ねる。
その音が、響く。
丁度、大きすぎる声を通した拡声器の音が割れるように。
微かに伝わる心の波は、既に意味を持たない。
けれども時折……ふう、と、穏やかな風に似た流れがある。
『おにいちゃん』
そのことばが、胸につかえるほどにやさしい。
息を、思わず呑むほどにやさしい。
重なる悲鳴が、からりと音を喪って吹き飛んだ。
『おにいちゃん』
帰る?
……帰らない?
置物のように座り込んだ娘の瞼が一度だけふくりと膨らんだ。
瞬くことを忘れた目の上で、けれども涙はそのまま乾いていった。
障子の隙間から一筋流れるように吹く風に、娘の髪だけが、やはり
一筋揺れた。
千々に砕ける未来。
見据えるにはあまりにつらい未来。
帰る?
……帰らない?
板張りの床に、すとんと座って日がな一日。
置物とでも思わなければ、未来は凝り固まる。
置物と己を定めなければ………
ぎい、と、庭の門が音を立てた。
縣志郎(あがた・しろう) :啖うモノ。
:みずからが殺した妹を求めてさまよう。
:現時点で、白鷺洲風音宅に居候。
一週間をループの範囲として、少年から現在までを繰り返す縣志郎と、その
同居人である白鷺洲風音の風景。
時期は、1999(二回目)の6月から7月。エピソード『日曜日』から多少過ぎ
た頃の、ある日曜の話です。
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