小説017『さらさらさら』


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小説017『さらさらさら』


登場人物

 白鷺洲 風音(さぎしま・かざね)
    :確実な未来を予知できるが誰にも信じてもらえない運命を帯びた、
    :未来予知者。理解者であった祖母と死に別れ、一人暮らし。


本編


 夏の糸は、苧麻に芭蕉。

「……こんなとこにあったんだ」

 押入れの奥から引っ張り出した桐の箱を開けるなり、風音は思わず呟いた。
 生成りの、糸の束。艶のある、そしてさらさらとした……しかし、芯のある
手応えの糸。
 立ちあがり、一旦手を洗いに走る。それから箱に手を入れて、一束掴んで持
ち上げる。手の上で糸はやはりさらさらと流れた。

 祖母の知人に、糸を紡ぐ人がいた。祖母よりも年長で、故に祖母よりも先に
他界したわけだが、その際、手元に残っていた糸を、祖母が受け取ったという。
 苧麻にしろ芭蕉にしろ、手紡ぎの糸だから、これだけ分量があるとそれはそ
れでかなりの価値があるのだろう、と思われる。少なくとも、この糸を織るの
にはそれなりの度胸がいる。

「……それに、織って……どうしよう」

 本来、夏の着物の為の糸である。織るのはともかくとして、着物に仕立てて
もまず風音は着ない。かといって洋服にすると、どうしても布を切り崩すこと
になる。糸一本も惜しいような布となると、やはりこれも気が進まない。

「……うーん……」

 取りあえず、見付けただけでも運がいいということにしておこう、と、風音
が糸を箱の中に戻しかけたとき。

「あれ?」

 一玉の、糸。本当にそれは一塊だけ別になっていて、くすんだ緑の色に染め
られている。恐らくは、草木による染め。
 試し織り程度の量。
 手に取る。やはりさらりとした感触がある。
 大判のハンカチ一枚分、というところだろうか。

 ふと、思い出す。
 小柄な、少年。おとなしそうな、けれども内側から、透きとおる水のような
生命力が、こんこんと湧き出しているような。
 草木の、緑。それもまた木々の内側から発してゆく生命力の色。
 それがふと重なる。

「…………うん」

 手の上に載せて、ふくりと笑う。
 鞍馬……岡崎鞍馬、と、名乗った少年。
 彼の印象を……織る、糸に。
 これは、合うような気がした。

「でも……男の子、だものね。欲しがるかな」

 少し首を傾げたが、正直その辺は既に二の次、三の次になっている。織って
みたい、何かを作り上げたい、という衝動がある場合はそれに従う。そのあと、
それをどうするかはまたこれは別の話で。

「……うん」

 そっと手の上で、糸を弾ませる。
 すこし硬い糸が、やはりさらさらと小さな音を立てた。



解説

 風音の日常における、夏のある日の風景。



時系列

 1999(2nd)年の夏休みのどこか。




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