呉敏也(くれ・としや) :
:終末の住人、「指」のトラウマに囚われた男
六条奇子(ろくじょう・あやこ) :
:ジャックフロスト人形を抱えた少女。トシヤの仲間。
穴が空いている。
そこには澱んだ血が溜まっている。
目の前が真っ赤だった。
腕といわず足といわず、全身塗りたくったように赤く濡れていた。着ていた
シャツもべとべとと張りついてむせかえるような生臭いが漂った。腕を伸ばす
と渇きかけてはりついた血で肌がつっぱった。ばりばりに顔にこびりついた血
をこすろうにも両手ともに澱んだ血で濡れているのでどうしようもない。
肌にこすれる不快な感触を我慢し体を起こした、ベッドには人型に近い染み
ができていた。
昨夜、領域を張っておいたのは正解だった。
バスルームに篭り、シャワーのコックを最大までひねり、耳を塞いだ。体中
を流れていく水に少しづつ流れ落ちていく。それは血というよりぬめった粘液
のようにとろとろと床を伝って排水溝へと消えた。
振り下ろされる手。赤く塗れた床。大きく開かれた奴の目の中の深い黒。
奴の夢を見るといつも血の汗をかく。
ようやく血を洗い流し水を止めた。
血を流すのは昔から慣れっこだったが、最近は輪をかけてそれが酷くなって
きた。ベッドにあふれた血は領域を解けば消えるが血みどろのシャツは捨てな
いとまずい。
「畜生……」
音をたてて親指の先をきつく噛み締める。やはり左の小指が無い違和感は未
だに消えない。なぜ、傷もないのに体から血が流れるのかはなんとなくわかっ
ていた。認めたくないことではあったが。
心の中の血。
手前でもわからない心の底にいつのまにか溜まって、流れ出してくる。
着替えて領域を戻す。
部屋は何事もなかったかのようにまっさらに戻っていた。
「ヒーホー、トシヤ。また血流してたの〜?」
空ろな目で奇子が部屋の隅に座っていた。
「ああ、大したもんじゃねえよ」
「ねぇねぇトシヤ、さっきヨウジとヤスオが次のライブの打ち合わせするって
言ってたホ〜、後でこいってホ〜」
「わかった、ありがとよ」
ぽんと頭を軽くたたいてやる、かくんとそのまま首が前に傾いだ。
心の傷は血は流れない、が。深層意識を具現できる能力を持ったトシヤは
親友の夢を見るたびに、心の血にまみれるのだった。
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