小説031『異形』


目次



小説031『異形』


登場人物

 青天目譲(なばため・ゆずる)	:感情を色で捉えるエンパシスト。1999年の
				:最初の3ヶ月は大阪で、以降は東京で過ごす。


本文


 怒りを隠す意思無き者こそ異形。
 ……様々な意味で。

 東京という都市は、買い物には多少大きすぎるきらいがあるな、と、
これで三軒目の本屋を巡りながら譲は思った。
 大阪なら……同じ梅田に紀伊国屋と旭屋書店、その他多くの百貨店ごとに
特徴のある品揃えの本屋があるのだが。
 東京だと、大きな本屋を巡るには、山手線を使うことになる。
 まあ……品揃えも良いのだろうが。

 新宿の街を歩くと、譲はつい、水族館を連想する。
 ひらひらとした金魚の尾鰭のようなものが、歩く人々の後ろからたなびいて
見える。まるで残像のように。
 それは、ある時には華やかな赤であったり、静かな緑だったり、黒く淀んだ
ような褐色だったりする。
 人々の、感情。それが彼らの後ろにたなびいてゆく。

 携帯を握りながら話している少女は、金色の火花を左右に散らしている。そ
の彼女にぶつかりかけた青年は、瞬時群青色の細い糸をたなびかせたが、すぐ
に隣の友人との会話……仕事だろうか、あまり楽しげには見えない黄土色……
に戻った。
 頭から長くたなびかせた赤の色は、笑いこける二人の女性のもの。反対に子
供を叱りながら歩く母親は、濃い青の色を腰から下、子供に掛かる具合に引き
ずっている。
 短いもの。長いもの。
 それは、その感情の強さを暗示する。

 と……

 ふ、と。
 譲は目を細めた。

 ゆらゆらと、色つきの残像の中を歩く…………子供。
 まだ、幼い。まだどこか頼りなげな。

 けれども、子供には、残像が見えない。

 くっきりとした……ある意味、異様な輪郭を保ったまま、子供はとことこと
歩いている。

 ………何者?

 軽く目を細める。
 意識を集中して…………

(え?)

 がくん、と引きずられるような感覚に、譲は一瞬息を呑んだ。

(空っぽ……)

 子供はどんどんと歩いてゆく。

 感情が……無い?
 一瞬の、恐怖。それを抑えつけて。

 異形。
 あれは異形の者だ。

 そう思い……そう反応する。
 感情のぽっかりとない、まだ小さな子供の姿の異形。
 見据えた視線の先で、子供は一つ角を曲がった。
 途端に、気配までが消えうせた。

 いつのまにか、額に汗が浮かんでいた。手の甲で乱暴にそれをこすると、譲
は方角を確かめ、また歩き出した。
 目的地は、月影。

 異形。
 怒りを隠す意思無き者こそ異形。
 隠すべき怒りを持たぬものこそ異形。

 異形が、歩んでゆく…………



時系列

 1999年(2nd)、晩秋。


解説

 感情の無い……人間とは全く異なる存在を、やはり普通の人間とは異なる回
路で捉えた場合の違和感と、異形。
 そういう恐怖感は、想像するのも楽しいです。
 世界は、異形だらけ……なのかもしれません。


連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作“語り部”総本部