咳をしても一人、と、呟きのようにもらしたのは誰だったか。
きんきんと響く咳で、目が覚めた。
二日前の夜。雨になるのは分かっていたが、用事があった。何より雨を避けるのが面倒臭かった。
その挙げ句、ずっくりと濡れそぼって……このざまである。
雨の中出会った、黒尽くめの女性。傘を差し掛けて、そのままうちまで付き合ってくれた。
それでこの調子では、彼女も付き合った甲斐がなかろうというものである。
ぼう、と頭の芯が痛む。寝返りを一つ打って、風音は手足を丸めた。
体の節々が痛かった。
それでも、眠りはゆるゆると満ちてくる。
ゆらりと満ちるそれを、待っていた……矢先。
常夜灯代わりに点してある豆電球がちかりと光った。
そこからころころと小さな人形が転げ落ちてくる。
未来。
正確に言えば、未来の破片。
そろもん・ぐらんでぃ
月曜日に生まれて
火曜日に洗礼
水曜に結婚して
木曜に病気
金曜に危篤
土曜に死んで
日曜に墓の中
はいそれまでよ
そろもん・ぐらんでぃ
それは幼い頃に憶えた、ひどく華やかな絵本の中の一節。
ことことと、無数の人形達が、節に合わせて踊る。
人形は、けれどもひどくリアルなものだった。
ばらばらと、延びた髪。無精髭。こけた頬の線。
男はすう、と視線を上げた。
空っぽの視線が、ふと風音のそれと重なった。
そろもん・ぐらんでぃ
ワタシハ・ヒカレル・アナタニ
嘲笑に似た響きに、風音は思わず眉を顰めた。
響きは、鮮紅色の波動を伴っていた。
アガタ・シロウ
反射的に聞き返した風音の声に、相手はこくりと頷いた。
そのまま……
ぷしん、と未来がはじけた。
はじけた未来は、濁流になって風音の頭に降り注いだ。
濁流はやはり、鮮紅色に染まっていた。
ひどく、金気臭い、匂い。
けふけふ、と、自分の喉の立てる音に、ふと我に帰る。
何時の間にか、未来の残像は消えていた。
伸ばした手が、ひどく冷たかった。
壁にかけたカレンダーを見る。
今日は……水曜。
そのまま布団に潜る。
額の奥が痛む。瞑った目がちくちくと射すように痛い。
未来は、近づいている。
奏雅と会った風音が風邪を引いて寝こんでいるなか、近いうちに縣志郎と遭遇することを予知によって再認識する話です。『雨夜』の続編に当たります。
『雨夜』
白鷺洲風音
縣志郎