エピソード12『希―コイネガウ―』


目次


エピソード12『希―コイネガウ―』

登場人物

桜居珠希(さくらい・たまき)
首を操る女子高生。この段階では未覚醒。
朝霞有希(あさか・ゆき)
魔女でもある女子大生。
朝霞沙希(あさか・さき)
有希の姉でミュージシャン。未覚醒の魔女。
桜井夜子(さくらい・よるこ)
バンド「Knights」のベース。
長沼裕哉(ながぬま・ゆうや)
バンド「Knights」のギター
香西良(かさい・りょう)
バンド「Knights」のギター
新沼飛鳥(にいぬま・あすか)
バンド「Knights」のヴォーカル

六月のブラウンシチュー

私立道玄坂学園、小学部から中等部、高等部、大学部までとエスカレーター式に上がっていける名門校。渋谷に巨大な校舎を構え、交通の便も良いが、学費が高いことでも有名だ。
 桜居珠希はこの学校に小学生の頃から通っている。高校に上がるときも、形ばかりの受験を受けたものの気楽なモノだ。学校は遊ぶところと言ってはばからない、そんな高校一年生である。
 六月、大学部の学祭の日、珠希とクラスメイト2人は昼頃から遊びに来ていた。珠希達は適当に展示を廻るが、目的は当然そこにあるむべもない。端的に言えば「格好いい大学生とお友達になろう」ということだ。
 しかし30分後、珠希は他の二人とはぐれてしまっていた。学祭は予想以上の人混みの上にどうも携帯電話の電波の入り具合も悪い。既に二人との合流を諦めた珠希は、校舎の少し奥まった位置にある廊下をフラフラと歩いていた。外の人混みが嘘のように閑散とした一画だ。

珠希
「……ふう、この辺は静かね。なんだかお腹が空いてきたし。参ったわね」

そうひとりごちたとき、前方の教室から食欲をそそるシチューの香りが漂ってくる。珠希は、調理室とあるその教室に本能の赴くままに入っていく。と、中にはどういうわけだか誰もいない、ただ整然とした部屋の中央で小さな鍋がコトコトと音を立てているばかりだ。そういえば料理サークルは食堂で新作料理の発表会のようなことをやっていた気がする。なぜここにこんなものがあるのか、珠希も一瞬疑問に思う。

珠希
「…まあでも一口くらい良いわよね」

すぐ近くに好都合においてあったおたまで、これまた重ねられていた皿にブラウンシチューをそそぎ込む。おいしい、普段「食」にたいしていい加減な珠希が、素直にそう思った。空腹と相まって、二杯目三杯目と食が進む。その時、調理室の奥の扉から一人の少女が入ってきた。少女と珠希はお互い驚き、反応できずに見つめ合う。

有希
「あなた、だれ? なんで食べてるの?」
珠希
「え、これ、食べちゃまずかった? …わよね」
有希
「ああ、こんなに減ってる! もう、なんて事してくれたのよ!」
珠希
「ご、ごめんなさい。いい匂いだったから、つい」
有希
「(ふぅ) で、おいしかった?」
珠希
「かなりイケたわ、プロ並みね。あなたが作ったの?」
有希
「えへへー、まあね。って、なごんでる場合じゃないんだった! もうこのまま持っていくしかないかあ」

その少女、とはいえ、おそらく大学生なので珠希より年上の彼女の表情があまりに沈んでいるので、さすがの珠希もごく僅かに罪の意識を覚える。

珠希
「どこか持っていくの?」
有希
「午後のライブに差し入れする予定だったんだけど…」
珠希
「ライブって、あのやたら宣伝して騒いでるなんとかってトコの? それにシチュー持ってくのってなんか不自然じゃない?」
有希
「い、いいじゃない。あなたには関係ないわよ。もう、邪魔だから出ていってよ!」

急に赤面する彼女をみて、敏感に裏にある感情を感じ取る珠希。

珠希
「フフ、罪滅ぼしってワケじゃないけど手伝ってあげるわよ。一人じゃそんなに沢山持っていけないでしょ?」

そう言って微笑んだ珠希からは、まるで反省の色は伺えなかったのだった。

彼女の好きなヒト

有希
「んー、それじゃそっちの食器の入った箱持ってくれる?」
珠希
「これね、任せて

鍋を持った有希の後ろに、箱を持った珠希。
 ずんずんとライブ会場に歩いている有希の顔は心なしかうきうきしている。

有希
「んふふ〜」
珠希
(ふふ、浮かれてるわ。やっぱり男なのね……)

なんて状態で、ライブ会場に着く有希と珠希。

有希
「さて、と……楽屋はこっちかなぁ」
珠希
「え、そこ入っちゃっていいの?」
マネージャー
「あ、こらこら、こっちは関係者以外立入禁止だよ」
有希
「あ、お久しぶりです。差し入れなんです〜」
マネージャー
「あ、何だ有希ちゃんか、差し入れだね、そこの角曲がったところが楽屋だから」
有希
「はーい」
珠希
「え、顔パスなの?(この人……何者かしら)」

マネージャーを顔パスでかわし楽屋に向かう有希と珠希。

有希
「(コンコン) 失礼しまーす」
珠希
(この子…メンバーの恋人なのかしら?)
夜子
「おや? 有希ちゃんじゃない、どうしたの?」
有希
「あ、差し入れなんです。シチューなんですけど」

一瞬、朝霞沙希を除いたメンバー達も首をひねる。差し入れをされることはままあれど、そのメニューにシチューを選ぶようなファンはそういない。しかし、学園祭というその場限りのステージに上がるため、朝からリハーサルでろくに何も食べていなかったメンバー達にとって、そんなことは些細な問題に過ぎなかったようだ。

裕哉
「お、おー、くれくれ、ちょうど腹減ってたんだぁ」
「おいおい、全部喰うなよ」
沙希
「裕哉はほんとに有希の料理に目がないんだなぁ、おや、そっちの子は?」
有希
「あ、こっちの子は……」
珠希
「あ、桜居珠希です……はじめまして(汗)」
沙希
「友達?」
珠希
「さっき知り合ったばかりなの、ヨロシクね」
飛鳥
「さて……肝心の料理の方はどうなんだ?」
有希
「んふふ、結構自信作なんだよ」
裕哉
「う……うまい(T-T)/」
沙希
「うん、おいしいな」
有希
「へへへ〜(赤面)」
文化祭関係者
「(こんこん) そろそろ時間なんでよろしくお願いします〜」
夜子
「はい、今行きます」
裕哉
「んじゃ、行きますか」
「よし!」
飛鳥
「差し入れ、うまかったぜ」
沙希
「行って来るよ、有希」
有希
「う、うん。頑張ってね!(赤面)」

楽屋から出ていくメンバーたち。

後日談

珠希
「ふっるい事覚えてるわねぇ……」
有希
「覚えてるよー、珠ちゃんとはじめて会ったときのことじゃん」

池袋、サンシャイン通りの『Wendy's』で相も変わらず喋っている二人。珠希は、この年上の友達の素直な言動に弱い。つまみ食いという情けない場面で知り合ったにも関わらず、この二年で随分親しくなっていた。
 といっても、周囲の人間にとっては「まだ一年」なのではあるが。
 今日は有希の姉、沙希がレコーディング中に泊まり込んでいるホテルに、顔出しをしに行く日だ。レコーディングの間くらい会わなくても良さそうなものだが、有希は週に一度は会いに行きたがる。

珠希
「ああ、もうこんな時間だわ。そろそろ行くわよ」
有希
「オッケィ」

珠希が立ち上がると、有希も持ってきていた包みを大事そうに抱えて立ち上がる。

珠希
「ッテ、またソレ?」
有希
「だってー、お姉ちゃんはコレが一番好きなんだよ」

珠希は、そう言って笑うこの年上の友達にはやはりある意味敵わないと思う。

珠希
「好きとかじゃなくてさ、差し入れにシチューって絶対おかしいって」

揚々と先に行ってしまった有希の背中は、そんな珠希の呆れ声など聞いていない。珠希もまた聞こえないようにしか言わないのであるが……。

解説

朝霞姉妹と桜居珠希の出会いのエピソード。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部