エピソード014『雨宿りの友』


目次


エピソード014『雨宿りの友』

登場人物

岡崎鞍馬
無敵の身体を持つ少年。小学生だが、放浪癖があり、不登校。

本文

降りしきる雨。

SE
ザアアアアアアアアアアアアアアアアアア

緑の広がる田園風景。その真ん中にぽつんとたたずむ一本杉の足元。

SE
ザアアアアアアアアアアアアアアアアアア

鞍馬は、急な驟雨に降り込められて雨宿りをしていた。
 いつもは雨の中でも気にせず走るところだが、にわか雨ほど、逆に濡れるのが億劫になるものである。そう思って始めた雨宿り、しかし雨は一向に止む気配はない。しかし今更雨の中を出ていく気にはならない。

鞍馬
「…………にゃあ…………」

水煙にしっとりと濡れそぼってうずくまっている姿は、名実ともにまるで猫である(笑)。

鞍馬
「……くしゃんっ …………(ごそごそ)」

脇に置いたディパックから、乾いたタオルを取り出し、懐に突っ込む。そうしておいてから、鞍馬は両膝を抱えて膝頭に頬を挟んだ。
 身体の暖かみが戻ってくる。心細さも紛れる。

SE
バシャバシャカタカタカタカタ
鞍馬
「…………?」

鞍馬はふと顔を上げた。
 一つの小さな影が灰色の空を背に駆けてくる。人だ。胸元にタオルを入れているのは、恥ずかしいので取り出す。
 近付いて来たのを見ると、それは鞍馬と同じくらいの年頃の少年だった。

少年
「はあ、はあ……くそっ…………あ」

木の下に飛び込んでから先客がいるのに気付いたが、戻るわけにもいかない。全身濡れみずくの少年は、鞍馬の座る位置から微妙な角度を取って、一本杉の大きな根っこの一つに座り込んだ。
 鞍馬はちらと少年を見やった。ランドセルを背負っているのを見ると、おそらく小学校の帰りなのだろう。もう少し様子をうかがおうとして……鞍馬と少年の目が正面から合ってしまった。

鞍馬
「………………」(視線を逸らして前を向く)
少年
「………………」(視線を逸らして前を向く)

並んで座るわけにもいかない。幹の反対側に座るのも白々しい。
 ……どうにも厄介な角度である(笑)。

少年
「……………………なあ」

口を開いたのは、ランドセルの少年の方であった。

鞍馬
「…………え?」
少年
「お前…………何年生だ?」
鞍馬
「…………5年生だよ?」
少年
「うそつけっ」
鞍馬
「……ほんとだよっ」

鞍馬は、一応、小学5年生である。
 思わずムキになりかけたが、返ってきた反応は鞍馬の感想とは関係なかった。

少年
「お前なんか学年で見たことないぞ!」
鞍馬
「……当然だよ、学校が違うんだから」
少年
「……へえ?!」

少年は身をひねって鞍馬の方をのぞき込んできた。興味津々のその顔は、いかにもな悪ガキではある。女の子のような鞍馬とは対照的だ。

少年
「じゃあ、どこの学校なんだ?」
鞍馬
「高井戸」
少年
「たかいど?」
鞍馬
「……東京だよ」
少年
「東京?!」

少年は素っ頓狂な声を上げた。

少年
「なんで東京のヤツがこんな処にいるんだよ!」
鞍馬
「……いいじゃないか」
少年
「サボりだな! わぁるいヤツぅ!」(急に口調が変わって調子づく)
鞍馬
(むかっ)「旅行なんだよっ」
少年
「何で学校サボって旅行なんか来れるんだよ!」
鞍馬
「……」
少年
「ひぃっでえ、言ってやろぉ」(既に嵩にかかっている)
鞍馬
(遮るように)「いいじゃないかっ!」
SE
バンッ

少年のなじる声にたまりかねて、鞍馬は幹を叩いた。
 ……高い高い一本杉が一瞬震えて。

SE
…………ザンッ!

一本杉の梢の一つ一つが蓄えていた無数のしずくが、一斉に落ちてきて二人を叩き伏せた。……二人ともびしょぬれである。
 しばし無言でしずくを拭いていた二人は、やがてすごすごと、大人しく元の通りに座った。

少年
「………………悪かったよ」
鞍馬
「……いいよ」
少年
「なあ……東京って、どんなところなんだ?」
鞍馬
「狭いところだよ。邪魔なビルとか車とかが、いっぱいでさ。……ここら辺はいいよね。広くて気持ちよくて」
少年
「でも、何にもないじゃんか!……東京っていいよなぁ、いろんな店とかあって、毎日楽しいんだろ?」

ふと、鞍馬はちょっと真剣な顔になる。

鞍馬
「……替わってみる?」
少年
「え…………」(急に深刻になる)
鞍馬
「…………」
少年
「…………」
鞍馬
「…………」
少年
「…………やっぱり、いいや」
鞍馬
「………………(くす)」
少年
「…………へへっ」
鞍馬
「……あ、やんだ」
少年
「ほんとだ」

雨雲が流れていく。灰色の空。しかし風が雲を運び、雨を運び去っていく。しばらくは、雨は降らないだろう。

鞍馬
「……じゃあね」
少年
「……行っちゃうのか?」
鞍馬
「うん、……別に、通りがかっただけだから」
少年
「そう……っかぁ」

ちょっと、名残惜しそうな少年。

少年
「また、来るか?」
鞍馬
「……わからないけど……こっちに来るときは、寄るよ」
少年
「そっか」

にかっと笑う。いかにもな悪ガキの、だけど気分のいい笑顔。

少年
「元気でな」
鞍馬
「元気でね」

別れ際に手を振り合い、お互いに、特別な出会いを胸にしまう。それぞれの家路をたどる。
 そして、鞍馬は再び走り出した。
 終)

解説

岡崎鞍馬の放浪中の日常の一コマを描写した、外伝的なエピソードです。
 関東平野のどこか(雨の降っていた土地)での出来事です。

時系列

1999(2nd)年6月19日の午後〜夕方にかけて。



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