降りしきる雨。
緑の広がる田園風景。その真ん中にぽつんとたたずむ一本杉の足元。
鞍馬は、急な驟雨に降り込められて雨宿りをしていた。
いつもは雨の中でも気にせず走るところだが、にわか雨ほど、逆に濡れるのが億劫になるものである。そう思って始めた雨宿り、しかし雨は一向に止む気配はない。しかし今更雨の中を出ていく気にはならない。
水煙にしっとりと濡れそぼってうずくまっている姿は、名実ともにまるで猫である(笑)。
脇に置いたディパックから、乾いたタオルを取り出し、懐に突っ込む。そうしておいてから、鞍馬は両膝を抱えて膝頭に頬を挟んだ。
身体の暖かみが戻ってくる。心細さも紛れる。
鞍馬はふと顔を上げた。
一つの小さな影が灰色の空を背に駆けてくる。人だ。胸元にタオルを入れているのは、恥ずかしいので取り出す。
近付いて来たのを見ると、それは鞍馬と同じくらいの年頃の少年だった。
木の下に飛び込んでから先客がいるのに気付いたが、戻るわけにもいかない。全身濡れみずくの少年は、鞍馬の座る位置から微妙な角度を取って、一本杉の大きな根っこの一つに座り込んだ。
鞍馬はちらと少年を見やった。ランドセルを背負っているのを見ると、おそらく小学校の帰りなのだろう。もう少し様子をうかがおうとして……鞍馬と少年の目が正面から合ってしまった。
並んで座るわけにもいかない。幹の反対側に座るのも白々しい。
……どうにも厄介な角度である(笑)。
口を開いたのは、ランドセルの少年の方であった。
鞍馬は、一応、小学5年生である。
思わずムキになりかけたが、返ってきた反応は鞍馬の感想とは関係なかった。
少年は身をひねって鞍馬の方をのぞき込んできた。興味津々のその顔は、いかにもな悪ガキではある。女の子のような鞍馬とは対照的だ。
少年は素っ頓狂な声を上げた。
少年のなじる声にたまりかねて、鞍馬は幹を叩いた。
……高い高い一本杉が一瞬震えて。
一本杉の梢の一つ一つが蓄えていた無数のしずくが、一斉に落ちてきて二人を叩き伏せた。……二人ともびしょぬれである。
しばし無言でしずくを拭いていた二人は、やがてすごすごと、大人しく元の通りに座った。
ふと、鞍馬はちょっと真剣な顔になる。
雨雲が流れていく。灰色の空。しかし風が雲を運び、雨を運び去っていく。しばらくは、雨は降らないだろう。
ちょっと、名残惜しそうな少年。
にかっと笑う。いかにもな悪ガキの、だけど気分のいい笑顔。
別れ際に手を振り合い、お互いに、特別な出会いを胸にしまう。それぞれの家路をたどる。
そして、鞍馬は再び走り出した。
終)
岡崎鞍馬の放浪中の日常の一コマを描写した、外伝的なエピソードです。
関東平野のどこか(雨の降っていた土地)での出来事です。
1999(2nd)年6月19日の午後〜夕方にかけて。