エピソード022『立ち戻りしは記憶の端』


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エピソード022『立ち戻りしは記憶の端』

登場人物

月島直人(つきしま・なおと)
  喫茶・月影の店長。
更雲優(さらくも・ゆう)
  更雲翔に作られた人造人間。月影のウェイトレス。
更雲翔(さらくも・しょう)
  更雲優の作成者。月島直人の高校時代からの友人。

年末の月影

直人
「いらっしゃいませ」

今日は、臨時開店で朝まで開けているつもりであった。
 大晦日の新宿に、夜など来ない。
  
 しかも、1999年は、今日で終わってしまう。

直人
「結局……何もなかったのか?」
カウンターの客
「え?どうしたんですか?」
直人
「あ……いえ、何でもありません」

自分の役目は、1999年の地球に起こる災厄の回避であった。
 しかし、予言と騒がれた7月には何も起きず、新宿もいつもの年末でしかない。

窓際テーブル客
「あ、そう言えばさ……」

窓際の4人席に座ったカップルは、夜通しいるつもりなのであろう。既にコーヒー一杯で2時間を過ごしているにもかかわらず、会話がとぎれる事はない。
 あのカップルの事は、良く覚えていた。
 閉店ぎりぎりまで待っていた男の告白も、夏の喧嘩も、去年の初詣での帰りにも二人でここに来ていた。
 去年は振り袖を着ていた娘だが、今回は多少めかし込んでいるが、普段着である。
 もう、1年半以上見てきたのだ。

直人
「(結局、僕の出来たのは住人関係のトラブルを防ぐ事だけ……。それが、災厄の防止につながっていたのか?)」

毎年見ている、「紅白歌合戦」のカーテンコールが終わる。後数分で2000年を迎える。1999年は終わり、自分は役目を解かれる筈だ。

直人
「(思い過ごし……か)」

灰皿を一つ取り出し、カップルの方へ向かう。2時間経てば、灰皿は吸い殻と紙屑でいっぱいだった。
 今までしてきた事は……自分がやってきた事は……なんだったのだろうか?住人を集める意味はあったのか?人の日常を侵してまでの事件解決に、本当に意味があったのか……?

年始、月影

SE(テレビ)
ごーん……(除夜の鐘)
直人
「お客さん……!」

テレビ画面が、騒がしい音から急に静かな寺を映し出す。一つ目の鐘。一つの煩悩を打ち払う。
  
 鐘の音が、人を飲み込んだのか?
 TBの騒がしい音と同時に目の前のカップルが消えた。

直人
「(結界? ……ではない! ……なんだ?)」

振り向く。カウンターの客もそこにはいない。

直人
「ひとが……消えた?」
SE
カラカラン

突然の音。鋭い視線を向ける。「鍵」の発動はかろうじて踏みとどまった。

「こんばんわぁ……」
「開けましておめでとうございまぁす」

振り袖の娘。先ほどまで、窓際で笑っていた娘。相手の男も、先ほどまでは店内にいた。

直人
「あ……いらっしゃいませ」
「遅くまで開いていて良かった……。やっぱり、最初にここに来たかったんですよ」
「思い出の場所……だもんねぇ」
直人
「……ありがとうございます」
「じゃあ、マスター、俺達いつものね」
直人
「はい」

無理矢理営業スマイルを浮かべ、机を手早く片づける。
 そう、確かに彼らに2時間前出したコーヒーは、そこにあるのだ。

直人
「(……どういう事だ?)」

疑問が頭を過ぎる。警戒心は最大にしているが、何も引っかかりはしない。

直人
「はい、特性ブレンドとミルクティーです」
「え?おれ……特性ブレンド?」
「いつもアメリカンだよね?」
「あ、いや、去年から特性ブレンドが気に入ってたんだよな……。この前はアメリカンだったけどさ」
「そうだっけ?」

アメリカン……たしかに、1998年まではアメリカンコーヒーを飲んでいた。直人のブレンドを飲み始めたのは、つい最近なのだ。

直人
「(……変だ……)」

違和感を残しつつ、カウンターの奥に戻る。
 店内を確認しても、先ほど度と全く変わらない。

「いよいよだなぁ……」
「何が?」

二人の会話だけが、耳を通り過ぎる。

「予言だよ、ノストラダムス」
「ああ、あの7月に何とかっていうやつ?」

予言……? それはもう去年に終わった筈だ。

「世紀末って感じだよなぁ……」
「あのねぇ……21世紀は2001年、世紀末には後1年あるのよ」

後1年。今年は……今年が2000年の筈……。

「良いんだよ! 1999年の方が、いろいろ世紀末っぽいだろ?」
「テレビの見過ぎだってば……」
直人
「あの! ……」
「ん? どうしたの? マスター?」
直人
「今年って……2000年ですよね?」
「はあ? 何言ってんですか? 1999年ですって」
直人
「え? ……」
「どうしたんです?」
直人
「いや……でも、去年は1999年でしょ?」
「やだなぁ……1999年の前は、1998年」
直人
「え……」
「マスター。疲れてるんだよ。初詣でも終わったし。俺達帰るね」
直人
「あ……はい」
(金を払って)「んじゃ!」
直人
「ありがとう……ございました」

彼らは、1999年だという事を疑いもしない。
 つい先ほどまで、2000年になったら……という話をしていたというのに……。
 二人の関係も、1年前に戻ったようだった。

直人
「頭が……おかしくなったのか?」

考えても、答えは出ない。
 テレビですら、1999年の番組をやっている。

SE
カラカラン
直人
「!(びくっ)」
「直人さんっ」
「よう」

こういう時のドアベルの音は、神経に障る。
 ドアの向こうに向けられた直人の目から、恐怖の色が徐々に消える。

「明けましておめでとうございます(ぺこ)」
直人
「優……ちゃん」
「おいおい、おれは無視か?(にやにや)」
「あの……顔色が優れないみたい……大丈夫ですか?」
直人
「あ……あのさぁ……」

一瞬、質問を口に出そうか悩む。住人である彼らでさえ、自分と違っていたら……。
 自分の精神が異状を来していると自覚してしまうのか? それすら自覚できずにそのまま壊れてしまうのか……?

直人&翔
「今年は何年なんだ」

二人の声がハモる。直人の不安を含んだ声と、翔の確信に満ちた声。

直人
「はは……」
「ふふふっ。大丈夫です。私たちも一緒ですよ(にこ)」

屈託なく笑う優と翔。
 一人ではない……と感じただけで砕けてしまう不安。
 自分は、弱いのだと再認識し、自分は、一人ではないと再認識した。
  
 そんな、月影の2度目の1999年。
 新宿の新年は、いつもと変わらぬ喧燥を持っていた。

解説

直人は月影で1999年の歳を越す。しかし、やってきたのは再び1999年であった……。時間ループの描写の一例。



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