今日は、臨時開店で朝まで開けているつもりであった。
大晦日の新宿に、夜など来ない。
しかも、1999年は、今日で終わってしまう。
自分の役目は、1999年の地球に起こる災厄の回避であった。
しかし、予言と騒がれた7月には何も起きず、新宿もいつもの年末でしかない。
窓際の4人席に座ったカップルは、夜通しいるつもりなのであろう。既にコーヒー一杯で2時間を過ごしているにもかかわらず、会話がとぎれる事はない。
あのカップルの事は、良く覚えていた。
閉店ぎりぎりまで待っていた男の告白も、夏の喧嘩も、去年の初詣での帰りにも二人でここに来ていた。
去年は振り袖を着ていた娘だが、今回は多少めかし込んでいるが、普段着である。
もう、1年半以上見てきたのだ。
毎年見ている、「紅白歌合戦」のカーテンコールが終わる。後数分で2000年を迎える。1999年は終わり、自分は役目を解かれる筈だ。
灰皿を一つ取り出し、カップルの方へ向かう。2時間経てば、灰皿は吸い殻と紙屑でいっぱいだった。
今までしてきた事は……自分がやってきた事は……なんだったのだろうか?住人を集める意味はあったのか?人の日常を侵してまでの事件解決に、本当に意味があったのか……?
テレビ画面が、騒がしい音から急に静かな寺を映し出す。一つ目の鐘。一つの煩悩を打ち払う。
鐘の音が、人を飲み込んだのか?
TBの騒がしい音と同時に目の前のカップルが消えた。
振り向く。カウンターの客もそこにはいない。
突然の音。鋭い視線を向ける。「鍵」の発動はかろうじて踏みとどまった。
振り袖の娘。先ほどまで、窓際で笑っていた娘。相手の男も、先ほどまでは店内にいた。
無理矢理営業スマイルを浮かべ、机を手早く片づける。
そう、確かに彼らに2時間前出したコーヒーは、そこにあるのだ。
疑問が頭を過ぎる。警戒心は最大にしているが、何も引っかかりはしない。
アメリカン……たしかに、1998年まではアメリカンコーヒーを飲んでいた。直人のブレンドを飲み始めたのは、つい最近なのだ。
違和感を残しつつ、カウンターの奥に戻る。
店内を確認しても、先ほど度と全く変わらない。
二人の会話だけが、耳を通り過ぎる。
予言……? それはもう去年に終わった筈だ。
後1年。今年は……今年が2000年の筈……。
彼らは、1999年だという事を疑いもしない。
つい先ほどまで、2000年になったら……という話をしていたというのに……。
二人の関係も、1年前に戻ったようだった。
考えても、答えは出ない。
テレビですら、1999年の番組をやっている。
こういう時のドアベルの音は、神経に障る。
ドアの向こうに向けられた直人の目から、恐怖の色が徐々に消える。
一瞬、質問を口に出そうか悩む。住人である彼らでさえ、自分と違っていたら……。
自分の精神が異状を来していると自覚してしまうのか? それすら自覚できずにそのまま壊れてしまうのか……?
二人の声がハモる。直人の不安を含んだ声と、翔の確信に満ちた声。
屈託なく笑う優と翔。
一人ではない……と感じただけで砕けてしまう不安。
自分は、弱いのだと再認識し、自分は、一人ではないと再認識した。
そんな、月影の2度目の1999年。
新宿の新年は、いつもと変わらぬ喧燥を持っていた。
直人は月影で1999年の歳を越す。しかし、やってきたのは再び1999年であった……。時間ループの描写の一例。