エピソード025『消失した彼女』


目次


エピソード025『消失した彼女』

登場人物

桜居珠希(さくらい・たまき)
首使いの女子高生。交友関係が広い。
雨下津統和(うかつ・とうわ)
蠅の王。その力を犯罪に使っていたが、 :羽村一美との出会いで平凡な人生に憧れ :を抱くようになった。

急な呼び出し

それは三月、春休みの唐突な呼び出しだった。学校帰りに突然鳴った、発信者不明のコール。

「桜居珠希やな。羽村一美の事で話がある。今晩10時に新宿御苑の入園口に一人で来い」
 
 羽村一美。
 最初に出会ったのは何時、何処であったか。ほとんど記憶に残らないほど、日常にとけ込んだ出会いだったに違いない。彼女はその時の私とは、歳が十近く離れた女性だったが、気さくで話しやすい人だった。実際に会った回数はそう多くもなかっただっただろう。だけれど私の主観におけるところの去年、つまり最初の1999年までは、時折思い出したように携帯電話でやりとりを続けていたのだった。
 別に特別な関係でもない普通のトモダチ、会話の内容もその日あった事や、面白かったテレビ番組、そして恋人の話。彼女の会話からは何一つ非日常的なものは感じなかった。ましてや、突然消えてしまうなど思いもよらなかった。
 そう、彼女は忽然と消えてしまった。最後に彼女と電話で話したのは最初の1999年の12月3日。会話は私の期末試験が近いという話と、彼女がバイト先のスーパーで見かけた面白いお客さんという、いかにもたわいのない内容だったように思える。それが年明けに電話をかけたら彼女のケータイの番号は使われていないモノとなっていた。
 確かに不審にも思ったが、その時の私は自分が1999年を繰り返しているという事実に混乱していたので、すっかり忘れ去っていた。この電話の時まで。

新宿御苑にて

この時期、花見客達で賑わう新宿御苑も、さすがに閉園時間をとうに過ぎた今となっては閑散としていた。私が10時きっかりに新宿御苑入り口に行くと、券売所の前に立っていた薄汚れたミリタリーっぽいジャケットを着た男が此方に近づいてきた。

「あんたが桜居珠希か、よう来たな」

此処に来ることをためらいはしなかった。私は大概の問題は回避できる自信があったし、なにより羽村一美のことが気がかりだったからだ。しかしそれでも目の前の男には緊張感を抱いた、「普通じゃない」。その目つき、身のこなし、一分の隙も感じられない。いったいどのような人生を歩むとあんな顔になるのだろう。けれど、それは私も同じだ。相手のペースに飲まれるわけにもいかない。

珠希
「なるほどね。そういうあなたは一美ちゃんの大事な人というわけか」

以前電話で彼女が恋人のことを少しだけ話してくれたとき、大阪の人だと言っていた。私は目の前の男の関西弁から、このことを思い出し、カマをかけてみる。

「……ほう。……あんたは一美を”覚えて”るんやな?」
珠希
「まあね」

そう言って私は余裕の笑みを浮かべる。交渉は此方に有利な条件のようだ。

「それやったらこれも知ってるんとちゃうか。……一美は何処に行った?」
珠希
「え?」

私は一瞬間抜けな声を上げる。まさかあの羽村一美に限って行方不明などという事になるとは思わなかったからだ。しかし突然連絡が取れなくなったことといい、なにかの事件に巻き込まれたという可能性は多分にある。

「一美は、大晦日の日に……消えた。去年……1999年の大晦日にな。まぁ世の中は今年が1999年らしいけどな……。 ……いや『今年も』か」

大晦日、私の頭の中で何か大きなパズルの1ピースがピタリとはまる。彼女の消失は、時間のループと関係あるのではないかと。時間のループを認識しているのは私だけではない、そしてその認識している人達の誰もがなにかしらのアクシデントに遭遇している。これはきっととても大きな問題なのだ、そして目の前の男もそれに遭遇した者の一人ということなのだろう。

珠希
「……残念だけど、事件の流れはいまだ誰にも掴めていないわ。そして一美ちゃんもその事件に巻き込まれた一人なのよ」
「……じゃあ、あかんな。一美のこと覚えてくれとる人間なら、この問題の答えも知ってるんやないかと思とってんけど」

そう言い残すと、その男は背を向けてこの場を去ろうとした。あんなにも隙のない男がまるで今は弱々しく感じる。

珠希
「待ちなさい、あなた、なんて言う名前なの?」

それに反応するように男は振り向く、再び発せられる警戒心と同時に耳に届き始めた、微かな、音。耳障りで不快なその音は蠅の羽音に他ならない、それも無数の。しかし私の周りには蠅など一匹も飛んでいるようには見えなかった。
 見えない蠅、それがこの人の能力なのだろう。
 私はパーカーのポケットに忍ばせた剃刀に、ポケットの外から手を当てる。

「もう話は終わりや。此処で見聞きしたことは他言無用……もちろん俺の名前も知らんでええ」
珠希
「あら、随分と勝手な言い草ね。こんなところまで呼び出しておいて。家まで送るくらいして欲しいものだわ」

私がそう悪態をつくと、さらに羽音が大きくなっていく、既に私の周りには50匹は蠅がいるのではないかという程の、ノイズ。しかしここで引き下がってこの事件に一緒に立ち向かえそうな仲間をみすみす逃がすわけにも行かない。そしてひいてはそれは消えた一美のためにもなる。
 だから、私は、蠅達の首を「全て」斬り落とす。私の能力、『首使い』で……

「!?」
珠希
「さあ、お互い自己紹介しましょ。私は桜居珠希。ああ名前はもう知ってるんだったわね」

やっぱり自己紹介はコミュニケーションの第一歩だろう。私は、険悪な雰囲気を薄めようと、思いっきり笑って見せた。

犯罪者の友達

人間関係なんてどう転ぶかわからないものだ。さっきまで殺し合いも厭わないと言う雰囲気だったこの男、名前は雨下津統和というらしい。私は今、彼と一緒にローソンのおにぎり片手に、夜桜の下で花見としゃれ込んでいる。
 春になったとはいえ、深夜11時過ぎの公園はとても肌寒い。会話の最中も私はひっきりなしに肌をさすって暖まろうとしたが、結局最後には雨下津統和のジャケットを借りてしまった(統和に言わせれば奪ったと言うことになるのかもしれない)。
 私は羽村一美との会話を思い出しながら彼に話し、彼もまた彼女との生活の話をする。
 

統和
「あぁ、向こうがこっちをどう思とったかは知らんがな。俺にとってあいつは『穏やかな日常』そのもの、やった」
珠希
「一美ちゃんもいつも幸福そのものって感じだったわよ」
統和
「『一美はどこに居る』か…これに答えられる奴がいればベストやねんけどなぁ……望み薄やな」

彼、統和は、羽村一美のことを、まるで神聖な存在のように話す。実際彼にとってはそれだけ特別な存在なのだろう。私は誰かをそれだけ特別視できる彼が少し羨ましくもある。

統和
「で、俺やあんたの他にも…やっぱりおるんか? 今年 が2000年な奴は」

不意に話題を「事件」の方へ持っていく統和。

珠希
「まあね、私よりも一生懸命解決に取り組んでる子もいるし、まあそのうち紹介して上げるわ」
統和
「そうか……なら、会ってみる価値はあるな……」

そう言って何か考え込む。それまでの話からすると彼はとても人には言えないようなことをいくつもやってきた犯罪者らしいのだが、その反面非常に理知的なようだ。
 良くも悪くも現代っ子な私は、そんな彼の過去について深く聞こうとは思わないし、また聞きたいとも思わない。

統和
「こうみえても俺は普通とちゃうからな…あんま関わらん方がええで姉ちゃん。俺の普通でなさはあんまり気持ちのええもんでもないから」

彼はこの日、別れ際にそんな風に言った。悪ぶっているわけではないということは、彼の目からもわかる。しかし、そんなことは私にとって些細な問題だ。犯罪者だろうがなんだろうが、気が合えば友達になれる。

珠希
「全然平気よ、あなたこうして話せるじゃない」

私は笑いながらそう言うと、そのままその場を立ち去った。

解説

桜居珠希と雨下津統和が、友人関係を築くに至るまでのエピソード。

時間

二回目の1999年、3月21日(月)



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