エピソード045『鞍馬のお買い物』


目次


エピソード045『鞍馬のお買い物』

登場人物

岡崎 鞍馬 (おかざき・くらま)

生まれながらに人間離れした肉体を持つ小学生。
放浪癖があり、現在不登校。

百貨店入り口

東京・新宿、とある百貨店の午後。

店員
「いらっしゃいませ」(深々)

小学生であっても一人の客として迎え入れてくれる女性店員に会釈で応えながら、鞍馬は百貨店に入ってきた。

鞍馬
「えっ……と……」

あらかじめ書いておいたメモを取り出す。
 この夏休み、鞍馬は旅行に出かける計画を立てている。……もっとも、鞍馬の旅行だから、人並みの旅行ではないのだが。

鞍馬
「……やっぱりスポーツのコーナーから……かなぁ」

靴選び

まずはスポーツ用品を置いてある階までダッシュで駆け上がる。
 5階まで、鞍馬にすれば20秒あまりの行程である(^^;。人目の少ない階段は、彼にとっては便利なルートだ。

鞍馬
「まず、靴かな」

シューズコーナーに向かう鞍馬。
 品揃えなら他の店の方が優っているだろうが、鞍馬に見合う要件を満たしたシューズとなると、そもそも数は限られてくる。かといって高級な店に行けばあるというものでもない。そのバランスを満たそうと思うと、やはり新宿まで出てくることになる。
 スポーツモデルの並んだ棚を前にして思案する。いわゆるスニーカー、トレッキングシューズ、バスケットシューズ、棚ごとに色々並んでおり、鞍馬はあちこち見て回っては品定めに懸命である。

鞍馬
「うーん……」

第一に走りやすい事が重要である。次に、野外の悪路にも適していること。滑りにくいこと。大きすぎないこと。応力や時間による劣化がしにくい材質であること。何より、丈夫であること。そしてそのいずれも、鞍馬が要求するレベルは極めて高い。

鞍馬
「これ……かな」
店員
「どれかお探しですか?」

若い男性店員が気さくな口調で声をかけてくる。

鞍馬
「これ、履いてみてもいいですか?」

手に取ったのは、トレッキングシューズのエアクッションタイプのもの。バッシューのようにエアクッションが露出してはいないが、軽くてソールが分厚くて、くるぶしの上までがっちりと固められている。

店員
「どうぞどうぞ」

鞍馬は早速、履いていた靴を脱ぎ始める。店員は微笑ましそうに見守りながら、既に意識は余所に向いている。鞍馬ごとき小学生がこんなものを買えはしない、とでも思ったのだろうか。
 しかし、今まで鞍馬が履いていた靴は、ぼろぼろでよく見なければわからないが、今履いた靴よりも上等で丈夫で値段の高かった靴だった。

SE
……ドンッ!

何事かと思って店員が振り向くと、鞍馬が靴を履き終えて軽く跳躍しているところであった。
 ……まさか今の音が、鞍馬がひと跳びで天井にぶつかった音だったとは、普通は想像すらできまい(笑)。

鞍馬
「……じゃあ、これ下さい」(満足げ)
店員
「はい、わかりました(……い、いちまんよんせん……)」

ジャケット

次に向かったのは、同じ階のアウトドアコーナー。目当ては、上着。
 夏場に上着をはおることは滅多にないが、常に屋外にいるなら話は別である。雨、風、運動による大量の発汗などをしのぎ、時には虫や草木から身体を守り、さらに野宿時には上掛け代わりになる。
 つまるところ肝心な点は、「身体を冷やさない」こと。その上で、着心地がいいこと。夏場にそれらの要件を同時に満たせと言うのは、ジャケットにとっては殺生な話ではある。

店員
「いらっしゃいませー」

揃いのポロシャツに身を包んだ女性店員が出迎える。

鞍馬
「あ、これいいな……」

袖を取っ払ってベストにできるタイプ。暑いときは開口部が大きくなって涼しいだろう。

鞍馬
(着てみる)「……やっぱりだめだな」

樹脂ファスナーでつながっている部分がごわごわする。それに、その部分の裏地が肌に張り付く。夏は上着の中は素肌に近いから、汗をかくことを考えるとそういうのは御免だ。そしてそれらのことは、ディパックを背負うと特に気になるだろう。
 まず1タイプ、候補から消えた。やはりオーソドックスな形のものが一番なのかも知れない。

鞍馬
「でも、木綿とかタオル地の上着ってわけにもいかないしなあ……」

ウィンドブレーカータイプ。……保温性に不安がある。
 トレーニングウェアタイプ。……雨に遭うと撥水性が気になる。
 ジャンパータイプ。……袖口が開かないので、運動中は暑い。

鞍馬
「生地が薄くて、雨をはじいて、風が当たっても寒くなくて、裏地がサラサラして暖かくて、汗をかいてもすぐ渇いて、はおると暖かいけど、着て動いても暑くないやつ……」

…………それは無理だろう。

店員
「どのようなものをお探しですかぁ?」
鞍馬
「あのー……」

その店員を四苦八苦させてそれなりの上着を購入したのは、結局1時間ほども経過した頃だった。

救急用品

鞍馬
「次は……救急セット。薬屋さんかな」

1階へ戻る鞍馬。

鞍馬
「これと、これと、これと……」
SE
ドサドサドサッ

絆創膏と湿布薬と消毒薬と包帯、その他諸々が、かごにてんこ盛りになる。
 彼の身体はパワーだけでなく肉体そのものが人間離れした頑丈さを持っている。おそらくは、素人の突き出すナイフくらいなら、肌にかすり傷を負わせることしかできないだろう。
 彼に怪我をさせることができる人物、それは即ち彼自身である(笑)。
 実は彼は、勢い余って路肩の何かに激突したり、ガードレールにぶち当たってその向こうへ突っ込んだり、山行の途中で踏み出した足が空を切って崖を滑り落ちたりと、生傷が後を絶たない(^^;。それでなくとも、走っていて何かのはずみで足首を捻挫したり、と言うこともしょっちゅうある。
 何しろ彼自身が生んだ運動エネルギーで起こる事故だから、彼自身へのダメージも大きいのだ。
 と言うわけで、とどめにテーピングテープも大量に買い込んで、たまたまあったテーピング講習冊子もかごに放り込んで、鞍馬はレジに向かった。

しめて……

他にもあれこれと買い込み、鞍馬は新宿を後にした。
 大きな袋をいくつも抱える姿はサンタか恵比寿か。しかし彼にとっては、さして重い荷物ではない。
 川沿いの細い歩道を自宅へと向かいながら、鞍馬は小遣いの計算をしていた。

鞍馬
「えーと……レシートがこれだけだから……。(計算している)………しめて、32075円か」

…………おい(汗)

鞍馬
「貯金無くなっちゃったなぁ……。旅行先で使えるお金は、っと…………まぁ、何とかなるよね」

念のため言っておくと、それで何とかなるのは、たぶん彼だけである(笑)。

解説

旅行に行くために旅支度の買い出しに出かける鞍馬。
 しかし、その旅行の方法も必要なものも、彼の場合は一風変わっていて……。
 2回目の1999年の夏、夏休みに入って早々に、鞍馬は長い旅に出ます。彼はその旅で何を見つけてくるのでしょうか。
 このEPは、その旅に出るまでのとある1シーンを描写したものです。
 EP『中野決戦』の一週間後で、EP『決心』と同じ日の話です。

時系列

1999(2nd)年7月18日(日)の午後。



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