暗闇。
さざめく空気。
深い森。
流れる風。
雲が流れ、水面がかすかにきらめく。
深い深い森の中の、忘れられた湖のほとり。
星の光だけに照らされて。
その中に、影。
動きなく佇むその姿は、しかし森の木々とは明らかに隔絶して。
しかし闇に融け込む。自らを殺して。
突然の地鳴り。……いや、声。
水面が揺れた。
湖面を割って現れたのは、蛇とも獣ともつかぬ異形の影。
おそらくは、龍と呼ばれた、その裔の姿。
草木のそよぎさえ支配してしまうような気。
不意に。佇む影が声を発する。
重い、不動の岩のような声。
かすかな沈黙。
おそらくは初めて、気配が揺らぐ。
……逡巡。
一節一節を確かめるように発せられる、問いの言葉。
再び沈黙。
ただし獣がそれに答えるのに、特別な気概はなかった。
長い吐息。
ザァ、と水が動く。
苛立ちを隠さず、獣が男に近づいていた。
ぎり、と空気がきしむ。
せめぎ合う力。
ばし、と音がして、獣の姿が崩れ落ちる。
人外の頭蓋は、おそらく従来の生物のそれとは全く異なる手応えであっただろうが。男にとってそれは大した興味もひかなかったらしい。
主を失った湖の畔から、男はいつの間にか姿を消していた。
終
鞍馬を想う人物。
両刃の剣たるその想いに答を見出したとき、その人物は……。
鞍馬の対である終末の狩人を扱ったEP断片です。
1999(2nd)年8月上旬のとある夜、信州の山の中にて。