今日、後楽園に偶然に過ぎなかった。
直人は、竜也達と別れ、東京ドームの前に来ていた。
直人の「感覚」には、明らかに東京ドーム内に張り巡らされた結界が見て取れた。
東京ドームは、首位攻防戦のさなかだ。地元で1.5ゲーム差と迫っていれば、客が入らない訳はない。
ここは、潔く引き下がる。
向こうにかんずかれる可能性はあったが、中に入らねば接触できない。
人目につかない場所で、直人も結界を展開する。
胸の前に現れた球体が、爆発するように広がり、現実世界の一瞬前の時間を封じ込める。
あたりに、東京ドームからの歓声はもう聞こえない。
一応、入場門を通りぬけるときに、結界の外にいる警備員に謝る。もちろん、終末の住人でない警備員は、結界の中を見通す事は出来ない。
しばらく行って、通路を曲がり、警備員の目が届かなくなってから、結界を解く。
目指す場所は、球場のほぼ真ん中。
すぐの外野席に上がり、球場を見渡す。
人込みの奥に、マウンドを中心とした丁度内野の範囲だけを覆う結界が確認できた。
結界の強さは、それほどではない。ごく薄いもので、結界の能力を持てば見通す事はさほど難しくはない。
だが、外野席の一番奥から、結界を張っている術者の識別をするのは難しかった。黒い服を着た男だろうという事くらいは分かるが……。
直人は、またも結界を張る。今度は、先ほどよりも大きく、外野席から内野部まで届くように。だが、マウンドの結界には触れないような微妙な調節をする。結界は、重なって存在する事は出来ないのだ。
結界の中に、魂ある人は残らない。
無人となった外野席、グラウンドを無造作に横切り、結界の端へ。
ここまで来ると結界の作成者も認識する事が出来る。それは、直人にとって因縁浅からぬ人物だった。
数ヶ月前の復讐の念は、既にない。住人を集める『月影』のマスターとして、感情だけで動く事な出来ない事は分かっていた。
直人は、そのまま前に踏み出し、結界を消去すると同時に日向錬也の結界範囲内に踏み込み、すぐさま侵入する。
マウンドに座り、ピッチャーと同じ視点で野球観戦をしていた日向は、ゆっくりと直人の方に振り向いた。
以前、住人とその対としてあいまみえたときは、直人は仲間達の力を借りてかろうじて撃退したに過ぎなかった。
それから、直人の方も訓練を怠っていた訳ではない。
一瞬、結界が解かれ、先ほどより大きい結界が形成される。
その結界の形成を阻害し、強力で巨大な球形の結界が顕現した。
日向が張り直した結界を、直人が破壊し、別の形で再作成したのである。
結界の作成者が自分の結界に人や物を召還する事は、それほど難しくない。
人の命を軽んじる日向が作成者のままでは、周囲の人間が盾として使われる可能性がある。
日向の左目が、金色に光り始める。オッドアイのコンタクトレンズ。住人や狩人が力を高めるための意志の顕現体「鍵」だ。
直人も眼鏡を懐に収め、目を開く。その左目は、月の瞳、銀。
輝きの質は違えど、強さは変わらない。対同士の実力は、ほぼ互角。
直人のひと睨みで、日向の足下、マウンドがごそりと無くなる。
視線で生命通わぬ物体を破壊する。これが、直人の住人となったときに目覚めた力だ。
後ろに跳び退き、足場を確保する日向。その右手が光を放つ。
腕を振るう事で、その光は直人に向かって飛来する。
直人が目の前に手を翳すと、先ほど消え去ったマウンドの土が再び直人の目の前に構成され矢の飛来を防いだ。
直人が日向を退けたときの助力者の一人が、光を腕を使う朱理のものだ。
そういうと、日向は腕を一振りする。
ふ……と、結界の外の選手達が、一瞬だけふらついた。その場所と全く同じ位置に現れる、命の光。
結界を異能が干渉する事はできない。しかし、結界能力者であれば、異能を結界能力で付与する事により、結界を超えて異能力が使用できるのである。
9つの命の矢が同時に直人に飛来する。いくつかを体裁きで躱し、また地面の破壊と再生を利用して防ぐ。
懐から、取り出したのは、手榴弾。
す……と、手榴弾のピンを抜き、マウンドの方へほおる。同時に日向の左目の輝きが増し、結界から爆弾を現実の世界へとはじき出す。
直人もまた自分の結界を透して手榴弾にむけ物体破壊を掛け、手榴弾を消滅させる。
ドームの天井が裂け、降り注ぎ始める。直人によって破壊され、落ちてきているのだ。
なかに、マウンドの土であったものや、客席の椅子なども空中で再生され、日向の元に降り注ぐ。
ほとんどの瓦礫を笑みを浮かべながら避け、幾つかは命の矢で打ち落とす。
またも取り出す手榴弾。
直人の左目が輝きを増す。落下する瓦礫が、重力を無視して日向を襲い始める。
物体破壊、物体再生。この二つとは違う別の能力。物体操作。直人は、物体そのものを操り動かす術を覚えた。手に取る用に、その一つ一つが意のままに動く。
意のままに動くといっても、重力に逆らって動かすまでは出来ない。
今のところ、落下の方向、速度を若干変化させる程度でしかない。
愉悦とも呼べる笑みを浮かべ、日向が腕を振るうと、客席から命の光がほとばしる。
それは、瓦礫の一つ一つに向かい、日向からそらす。
周囲を見渡す。結界の外は、9回裏のクライマックスの割に、客席の歓声が少ない。
そういって、にやりと笑う。ゆっくりと、ベンチに向かって歩いて行く。
直人は、後を追えなかった。場所が悪い。それに、新たな力は体力の消費が大きく、既に限界が近かったのも事実だ。
もっと強く、力を求めつつ、一方で心をも磨かねばならない。
今日のこの事態、遊園地で一緒だった竜也達がいれば、もう少し違った展開であったかもしれないのだ。
自嘲の笑みを浮かべつっつ、一方で、確かな成長の成果を感じる。
直人は、自分の限界が、今子の時点でない事を再確認した。
2度目の1999年10月頃。
二度あいまみえた対、日向錬也との勝負の中で、直人は新たな能力を目覚めさせた。