エピソード060『年末の形〜狩人による変奏曲』


目次


エピソード060『年末の形〜狩人による変奏曲』

登場人物

月島直人(つきしま・なおと)
 
喫茶店・月影の店長にして、住人組織『月影』のマスター。
年末もいつもの通り店を開けている。今のところ、解決の有効な
情報を得ている様子はない。
更雲翔(さらくも・しょう)
 
喫茶店・月影の常連その1。
直人の友人にして一応終末の住人。
更雲優(さらくも・ゆう)
 
喫茶店・月影のウェイトレス。終末の住人。
桜居珠希(さくらい・たまき)
 
喫茶店・月影でアルバイトをしている女子高生。終末の住人。
青天目譲(なばため・ゆずる)
 
白鷺州風音の対である狩人。
2度目の1999年初頭に、風音の、時間に対する違和感を与えられて
いる。

1:住人達と狩人

1999年12月31日。いわゆるところの大晦日である。
 普通は、大掃除だのおせちの用意だのに明け暮れるべき日であるのだが、ここ、不夜城と化した新宿は、やはりざらざらと人込みの中にある。
 その、一角。
 あまり人の通らない通りに面した。
 あまり流行ってはいない……だろう喫茶店。
 
 控えめな看板には、月影、とある。
 
 それでも、この大晦日、終夜営業の札がドアのノブにひっかかっている。 
 時刻は、10時を既に半分廻っている。
 一時間半だけ残った、『今年』。
 否……………

(……いつまで『今年』が残るやら)

ふいと、そう考えてから苦笑して、ノブに手をかける。

「こんばんは」

声と同時に扉が開く。
 マスターが、顔を上げて……
 ……その表情が、営業スマイルから苦笑へと変わる。

直人
「……こんばんは」
「こんばんは」

今年……特に後半。
 既に顔見知りになった青年が笑う。

「……確か、風音さんから連絡が行っていると思ったんですが」
直人
「聞いてますよ」

渋い顔のまま、言葉を紡ぐ。

直人
「あまり、お勧め出来ないな、と思ったんですが」
「……今年一回やって、懲りたら来年は別の方法を考えます(苦笑)」

カウンター席に座り込んで、苦笑した譲の前に。

珠希
「はい、お冷やっ」

えらく威勢の良い声と一緒に、水を湛えたグラスが置かれる。

「あ、ありがとう(笑)」

この喫茶店に入り浸る……と言っても、主に軍資金の問題からさほどの回数ではなかったのだが……ようになってから、すっかり顔馴染になったウェイトレスの高校生が、えらい勢いでグラスをテーブルに置く。

「桜居さんも、今年はここで年越し?」
珠希
「そーなるのかしらね」
(何だか意外だな)
珠希
「……何よ」
「いや、別に(笑)」

何とは、なく。
 珠希と、年末のバイトが結びつかなかった譲である。

珠希
「一応ね、もしかしたら月影にいればわかる事もあるかもしれないし」
「ああ」
珠希
「藁をもすがるッテやつ?」
(そうか、今年は彼女もいろいろあったんだっけ)

少し困ったように笑いつつ、譲るは思う。
 二人のやりとりが一通り済んだのを確認すると、直人が少し身を乗り出した。

直人
「譲君、御注文は?」
「……えーと、珈琲お願いします。月島さんが美味しいと思うブレンドで(笑)」
直人
「はい(にこ)」

手慣れた様子で、マスターがコーヒーミルをまわす。傍らでもう一人、ウェイトレスらしき女性が、心得た様子で珈琲カップを用意する。

「……(ふむ)」

周囲を、見やる。

「直人、ミルクティお願い」
直人
「後でな」

マスターと同じ年頃の男性。
 そして、二人のウェイトレス。

(……ああ)

その、全てが。

(住人、か)

苦笑。自分の立場を思うと、それしか出来ない。
 視線が……月影のマスターのそれとかちあった。

直人
「……ああ、わかりますか」
「……はい(苦笑)」
「どうぞ」

す、と、タイミング良く置かれた珈琲を一口飲んで。

「皆さん、住人なんですね」

視線が、譲に向かう。
 静かに。

「と、言うそちらは?」
「僕は、狩人です」

好奇心。明るい黄色と緑のくねるリボンのような。
 そこには疑問符はあっても、負の感情は無い。

「対の住人は、白鷺州風音さん……なので、彼女は今日は家にいるそうです(苦笑)」
「ってのが、わかるのか」
「はい、一応」

短く応えて、譲はまた珈琲を含む。
 舌に、苦味が残った。

直人
「…………あまり、歓迎したくはないんですが」

長身を少し屈めるようにして、言う。どこか透き通るような青い波が、彼の両側から流れてくる。
 打算抜きの、心配。
 譲の口元が、ふと、ほころぶ。
 

「住人は、記憶が消えないまま……変化もそのまま、なんですよね?」
直人
「……はい」
「そして狩人は……元に戻る、と」
珠希
「元に?」
「僕ら……いや、狩人は、記憶については普通の人と変わらない筈だから」

穏やかな声に、珠希が細い眉を顰める。

珠希
「その割に、なんで知ってるの」

主語も目的語もすっ飛ばした言葉だが、意味としては明白である。

「僕は……今年の初めに、風音さんから違和感を貰ったから」
珠希
「違和感……」
「住人の持つ、違和感を」

ふうん、と、興味深そうに相づちを打ったのは、どうやらマスターと友人らしい男性である。
 

直人
「…矛盾は、感じませんか?」
「あちこち矛盾出まくりですよ(苦笑)」
直人
「……やっぱり……」

直人は、小さくため息を吐いた。
 住人が、ある程度積極的に関わった記憶は、普通人にも残る。当然ながら、狩人達にも残る。
 しかし、繰り返される1999年についての疑問は、彼等には、無い。

「風音さんと話している時の記憶は残っている。多分他の住人の人達との会話も、記憶としては残るんだと思います」
珠希
「でも……今年は」
「1999年」

一瞬の遅滞も無く、応えが返る。

珠希
「変」
「うん」

苦笑は、変わらない。

「それに、今年についてだけは……住人のお陰で、違和感まで残ってる。これで年を越せるんだから、運が良い」
直人
「……」(疑わしげな目を向ける)
「大丈夫ですって(苦笑)。まだおかしくなるには不足ですから」
珠希
「なってからじゃ遅いわよ」

ぱん、と弾くように言ってから、しかし彼女はそこで、考え込むような表情になる。

珠希
「そっか。知識のある住人以外がどうなるか……それは譲君だけに起こるわけよね」
「うん、だから、今日ここに来たんだ」
「ふーん?」
「大晦日を月影で過ごして、来年…というか新年戻った時に、どのくらい記憶が混乱するかやってみたいと思って」

にこにこと笑って言ってのける。
 マスターが静かに額を抑えた。
 

珠希
「なんかそれ、言葉尻だけ取るとマゾっぽい(笑)」
「知りたいだけだよ。分からないことだから(笑)」
直人
「……くどいようですが、お勧めしません」
「そうでしょうね(苦笑)」
直人
「特に……譲君、受験でしょう、また」
「…………………(汗)」
直人
「余計なこと覚えている分、必要なこと忘れたら、困らないですか?」
「切実に困ります」

えらく真面目に、譲は受けた。

「というか……受験に限って言うならば、正確に去年……ええと、1999年に戻ってもらわないと困ります。受験英語なんて、綺麗に忘れたし」
珠希
「問題、おぼえといてめもっとけば良かったのに」
「それは、考えた(大真面目)」

おいおい、ってな答えである。

「と、いうか………そうだ、月島さん」
直人
「はい?」
「これ……」

鞄から、厚手のノートを引っ張り出して、直人に差し出す。

直人
「これは?」
「僕の、今年の日記なんですが」
直人
「……………」
「年を越してから、実家に送ってもらえませんか。住所は最後のページにありますから」

言われるまま、直人は最後のページをめくる。
 かしんとした印象の文字で、確かに住所が書いてある。

直人
「……って、これを?」
「月島さん、以前教えて下さいましたね。住人が関わったことに対する記憶は残る、って」
直人
「まあ、そうですが……」
「それで、試してもらえませんか。月島さんが持っただけで、そのノートの中身が残るのか。それとも見る必要があるのか、もっとはっきりと関わる必要があるのか……」
直人
「………」

難しい顔のまま、直人が黙り込んだ。

「……すみません、変なことをお願いして」
 
 口調こそ礼儀正しいのだが、依頼を撤回する気がないのもまた確かである。
「でも、それくらいは知りたいんです。今年は結局、僕は何一つ手伝うことが出来なかった」

苦笑。苦味の強い。

「来年……いや、僕にとっては今年なのかな?……どちらにしろ、僕が残せるのは、そういうことだけのような気がするから」
直人
「……(ふぅ)……わかりました」
「有難うございます(笑)」

2:カウントダウン

かちり、と、小さな音がした。
 どうやら、壁にかけてある時計の針が、11時を回った際の音のようだった。

「じゃ……(時計を見て)……もうそろそろ、準備を始めましょうか」
珠希
「りょーかいっ。譲君もそれでいいわよね?」
「それでって?」
「年越しそば、なんですけど」
「(汗)……あ、はい、いいです」

何故喫茶店で年越しそばなのだろう、と、咄嗟に思って…ああそんなもんか、と、次の瞬間納得する。
 大きな鍋に水を張って、優が火にかける。
 

直人
「それにしても……譲君は、実家に帰らなくて大丈夫なんですか?」
「あまり大丈夫じゃありません(苦笑)。妹にえらい怒られました」 
直人
「……妹さんは……」
「今は、元気です」

明るい、けれどもそれ以上の追求を拒む、声。
 直人は口をつぐむ。
 1999年。
 譲の妹は、入退院を繰り返すのだという。
 一年かけて元気になり、そして家に戻り……
 …………そしてまた、1999年の始めの状態に戻るのだ、と。
 
 一切の記憶はない、らしい。
 そしてまた、譲からもその記憶は消えるらしい。
 それでも尚。知ってしまったことは、残る………

「何か、苦手なものはありますか?」
「いえ、ありません……すみません」
「はい?」
「お手数おかけします」
「いえ」

ふうわりと笑う。
 それに笑みを返して。
 
 ふ、と。
 譲の表情がこわばる。

直人
「何かありましたか?」
「いえ」

意識野の端を、かすめるように流れる……鋭い蒼の色。
 鋭い悲しみの色。

(ああ……やっぱり)

対の相手の悲しみ。結界を張っていない今でも、やはりこれだけ強い感情だと感知できるようである。
 直人が、不審そうに譲を見やる。譲の能力については、既に知らせてあるだけに……

「そういえば……他の住人の人達は」
直人
「それぞれ自宅でしょうね。新木さんは高校生だし、鞍馬君は小学生だ」
「成程……ってあれ?」
直人
「はい?」
「住人の人達は、ちゃんと年を取るんですよね?」
直人
「……そうなりますね」
「とすると……新木さんには、追い越されるのかな?」
直人
「え?」
「年齢……実際の年齢が」

げ、と、野菜を切っていた珠希が小さな悲鳴を上げる。

「……桜居さんは、まだ、追いつかないよね(苦笑)」
珠希
「まだ、ね(汗)」

そういえば……と、直人と翔が指を折る。

「来年の四月で、本当なら高三か、珠希ちゃんは」
珠希
「……言わないでっ(切実)」
(苦笑)
「直人。お前んとこの竜也も……幾つだ?」
直人
「…………6歳」
 
 二十歳を過ぎた面々だと、「年より少々老けて見えるかな?」で誤魔化せるわけだが。
直人
「もうそろそろ、問題だ……な」

自分達だけが、時の流れに対し、きちんと反応している。
 その……奇妙なずれ。

「でも正直、桜居さんが高校生に見えなくなる以前に、周りの皆がノイローゼになると思うけどな(苦笑)」
珠希
「何でよ」
「住人に関わる記憶って、残ってしまう……そのうち、矛盾が高じてくるだろうね」

実際にそれを体験している人間だけが示し得る、説得力である。

「飛び飛びとはいえ、数年分の記憶なんだし」
珠希
「……厭な言い方するわねー」
直人
「だから、早急に何とかしなくては」
「住人の皆さんが、この時空の綻びの元になる……んですね(にっこり)」
直人
「……笑って言わないで下さい(はぁ)」

何度も何度も繰り返し、巻き戻しては再生されるテープのような一年。そのテープに傷を残し、歪みを生じさせる者達が……住人。
 そして、住人を消滅させるために、対として生じる存在が……狩人。

「……笑っている場合では、無くなるかもしれませんね」

いつまで、この繰り返しが続くのか……………

「お蕎麦、出来ました」

明るい声が、淀みかけた空気を破った。

「お、頂きますっ」
直人
「譲君もどうぞ……優さんと珠希ちゃんも、もう多分お客は来ないから」
「頂きます」

時折、それでも譲の目は壁の掛け時計に向かう。
 時計の秒針は、ひどく綺麗に弧を描いている。
 『今年』は、あと半時間を切っている。

「あ、美味しい」
「優の作ったそばは旨いなぁ」

誉め言葉に、優が少し照れたような笑みを浮かべる。
 ぼんやりと、淡い紅の光。
 あまりに、普通の…………

「……っと」
直人
「?」
「あ、七味、使われます?」
「……いえ(苦笑)」

自分から跳ね飛ぶ、どす黒い恐怖の稲光。
 気がつくのは、そういえば自分のみ……と。
 
 気が付いて、譲は苦笑する。
 
 時計はやはり、滑らかに動いている。
 時もやはり、滑らかに流れている。
 
 彼らは、残る。
 自分は、戻る。
 ……その、奇妙さ。

直人
「……譲君?」
「はい?」
直人
「大丈夫ですか?」

大丈夫です、と、言いかけて、譲は苦笑した。

「……正直、恐いですね」

自分が行ったこと。
 自分が頑張ったこと。
 自分が残してきたこと。
 
 それら全てが消えること。

「皆さんの今年は、確実に残る。僕の中にも多分残る」
直人
「……ええ」
「僕の一年は、どこに残るんだろう」

時計の針は、やはり滑らかに動く。
 途絶えると、思う自体嘘であるように、滑らかに。
 滑らかに。
 
 そして『今年』はどこかへと消える。

「……すみません(苦笑)」

一礼して、譲は箸を持ち直す。
 『今年』は既に、あと15分しか残らない………

「そのそば残して戻ると、もっと悔いが残るぞ」
「本当ですね(笑)」

実際、蕎麦は美味しかった。

「ご馳走様(礼)」

箸を揃えて。
 あと数分の、時計に目をやり。
 
 視線を戻して……月影のマスターが、やはり時計を見ていたらしいことに気付く。

「受験が終わったら、また来ます」
直人
「待ってますよ」

結構、切実ではある。
 志望校に受からない限り、譲は東京に来ることはないのだから。

珠希
「頑張ってね」
「有難う(笑)」

意識のどこかに、やはり対の相手の心を見ながら。
   未来が、途切れている。
   未来が………見えない。
 
 恐怖もある、不安もある。
 けれどもそれ以上に、鈍痛に似た哀しみ。
 
 残るものも、かなしいのだ……と………
 
 秒針が、回る。

「じゃ、また(笑)」

言い終わって、笑った顔のまま。
 譲は、ふつり、と消えた。

3:そして新年

そして。
 不夜城のざわめきが、今までに増して高まる。
 
 月影に残ったのは、四人。

珠希
「……戻った」

箸が揃えられた、丼はそのまま残っている。
 座っていた椅子に、けれども温みは残っていない。

直人
「……戻りましたね」

ぽつり、と。
 3度目の、1999年を迎える声。
 同時にそれは、消えてしまう2度目の1999年を弔う声…………
 
 珠希は、ぐっと右手を握り締めた。

珠希
「……こんちくしょー」

3度目の1999年が始まる。

時系列

2回目の1999年の年末から、3回目の1999年のはじめ

解説

去る者と、残る者達と。
 厳然として、その事実は存在しつづけます。
 その事実があまりにもはっきりと見えてしまう日の風景です。



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