声が聞こえる。
子供の声だ。
眠っていたようだ。侠児は頭を振る。
目の前に4、5歳ぐらいの女の子が立っていた。
女の子の目線は座っている侠児と同じくらい。
侠児は自分の状況を思い出す。
……連日の堕とし子との戦いで……
……疲れていた……
……仕方無く休もうと……
……影が濃いこの裏通りで……
……結界を……
……そう……結界を……誰にも……
……災厄にも……見つからないように……慎重に……巧妙に……小さく……
目の前に女の子がいる。見覚えがない。思考を整理し一応の結論を出してみる。
侠児は周囲に気を配る。辺りに人の気配が無く、侠児と女の子の二人だけしかいない。
侠児は現在の状況を察知する。
侠児の記憶にある自分の張った結界より、もっと広い結界に変わってた。
先ほどからずっと、女の子が黒く大きな瞳で侠児を見つめてる。女の子は、桃色のワンピースを着ていて、黒く柔らかそうな髪をおさげにしていた。
黒い瞳と色白の肌が印象的だった。
侠児は警戒するが、周囲に堕とし子はいない……ようだ……。
沈黙し、思考を巡らせる侠児の耳に、女の子の声が飛び込んだ。
さて、こんな子供に何から説明したものか……。
いろんな意味でため息をつく。
それから侠児は女の子の質問攻めを受けた。
侠児は女の子にとって、結界の中で初めて出会った人間らしく、女の子のいい好奇心の的にされていた。
女の子はあれこれと侠児の身の上話を根堀葉堀と聞いた。
今の侠児には、弱音も泣き言も立ち止まることも許されない。
女の子がしばし黙った。いらぬ気を使わせたか、と思う。
女の子が小さな右手を差し出した。
女の子の喜ぶ顔を見て、こんな笑顔を見るのはどれぐらい久しぶりのことだろうか、と侠児は思う。
女の子が表情を変えた。
女の子は自分の結界に何者かが侵入したのを察知したようだ。
侵入者が堕とし子の可能性がある。
……何処へ?
……どうやって?
天降太刀を引き抜き、構える。
天地四方に気を張り巡らす。
高まる侠児の気迫を恐がったのか、女の子は侠児の側から駆け出した。
路地の外へ向かって走る女の子が、ヒッ……と詰まるような悲鳴を上げて宙に舞った。
そして弾けて、砕けて、紅いものをぶちまけながらミンチになる。
侠児が呆然と見つめる路地の出口に、女の子の小さな白い……いや、朱に染まった右手……の破片がべちゃりと落ちる。
そして、そこに異形の怪物が立っていた。
少女の張った結界が消えてゆく……。
3rd.1999.5.中旬
"災厄"にマークされた男、厳侠児。
侠児と関わる住人、侠児が関わろうとする住人は、堕とし子に抹殺される。
そんな侠児の日常のある出会いの1シーン。