エピソード068『少女の白い手』


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エピソード068『少女の白い手』

登場人物

厳侠児(げん・きょうじ)
唯一人で"災厄"と戦い続ける終末の住人。

裏路地で

「ねえ」

声が聞こえる。

「ねえ。おぢちゃん」

子供の声だ。

侠児
「ぅ……?」

眠っていたようだ。侠児は頭を振る。

女の子
「寝てたの?」
侠児
「ぁ……あぁ……」

目の前に4、5歳ぐらいの女の子が立っていた。
 女の子の目線は座っている侠児と同じくらい。
 侠児は自分の状況を思い出す。
  ……連日の堕とし子との戦いで……
  ……疲れていた……
  ……仕方無く休もうと……
  ……影が濃いこの裏通りで……
  ……結界を……
  ……そう……結界を……誰にも……
  ……災厄にも……見つからないように……慎重に……巧妙に……小さく……

侠児
「(結界? そうだ結界だ! 結界を張っていたんだ!)」
女の子
「……?」

目の前に女の子がいる。見覚えがない。思考を整理し一応の結論を出してみる。

侠児
「(……寝てしまって……その間に解けたのか?)」
女の子
(じーっ……)<侠児を見る

侠児は周囲に気を配る。辺りに人の気配が無く、侠児と女の子の二人だけしかいない。
 侠児は現在の状況を察知する。

侠児
「(……! 結界が張り直されている!? ここは私の張った結界じゃない!?)」」
女の子
(……じーーっ)<侠児を見る

侠児の記憶にある自分の張った結界より、もっと広い結界に変わってた。
 先ほどからずっと、女の子が黒く大きな瞳で侠児を見つめてる。女の子は、桃色のワンピースを着ていて、黒く柔らかそうな髪をおさげにしていた。
 黒い瞳と色白の肌が印象的だった。

侠児
「(まさか……この子が……?)」
女の子
「ねぇ」
侠児
「(!! この子が住人なら"堕とし子"が……!)」

侠児は警戒するが、周囲に堕とし子はいない……ようだ……。

侠児
「(狩人……か? それなら大丈夫……)」

沈黙し、思考を巡らせる侠児の耳に、女の子の声が飛び込んだ。

女の子
「ねえ、おぢちゃんっ」
侠児
「ん……?」
女の子
「こんなところで寝てたらいけないんだよーっ」
侠児
「あ、ああ……」
女の子
「どうして寝てたのーっ?(好奇心)」
侠児
「ん? え〜と……」

さて、こんな子供に何から説明したものか……。

女の子
「ねえ、どうしてーっ?(興味津々)」
侠児
「( ……しかし、 俺も "おじちゃん" って呼ばれるトシかぁ……(トホホ))」

いろんな意味でため息をつく。

おともだち

それから侠児は女の子の質問攻めを受けた。
 侠児は女の子にとって、結界の中で初めて出会った人間らしく、女の子のいい好奇心の的にされていた。

女の子
「じゃあ、おぢちゃん、ひとりぼっちなの?(哀)」
侠児
「ん、……うん、まあ、そうなんだ」

女の子はあれこれと侠児の身の上話を根堀葉堀と聞いた。

女の子
「おぢちゃんかわいそう……。(しんみり)」
侠児
「あ、心配しなくても、おじちゃんは大丈夫だよ(焦)」
女の子
「さみしくないの……?」
侠児
「寂しいよ。でも……」

今の侠児には、弱音も泣き言も立ち止まることも許されない。

女の子
「………………」
侠児
「あ……」

女の子がしばし黙った。いらぬ気を使わせたか、と思う。

女の子
「じゃあねー(にこ)」
侠児
「?」
女の子
「まみがね、 おぢちゃんのおともだちになってあげる。(にこにこ)」

女の子が小さな右手を差し出した。

女の子
「ママがね、おともだちになったらね、 あくしゅするんだって言ってたの(にこにこ)」
侠児
「……そうなんだ(にこ) じゃあ、まみちゃんとおじちゃんは、お友達になろう」
 
 侠児は自分の右手を差し出した。
 女の子の白く小さく柔らかい手が、侠児の硬くてゴツい手と握手をする。
女の子
「まみとね、おじちゃんはね、これでおともだちっ(喜)」
侠児
「ありがとう(微笑)」
女の子
「もうさみしくないねっ(喜)」

女の子の喜ぶ顔を見て、こんな笑顔を見るのはどれぐらい久しぶりのことだろうか、と侠児は思う。

女の子
「……ねえ、おぢちゃん」

女の子が表情を変えた。

侠児
「?」
女の子
「だれかくるよ」

女の子は自分の結界に何者かが侵入したのを察知したようだ。

女の子
「おぢちゃんみたいなひとかな?」
侠児
「……誰か? ……いかん!」

侵入者が堕とし子の可能性がある。

侠児
「(やはりこの子は住人なのか!?)」
女の子
「……おぢちゃん……?」
 
 侠児は立ち上がり、声を荒げて女の子に言葉を投げる。
侠児
「逃げろ!」

……何処へ?

侠児
「いや、隠れろ!」

……どうやって?

侠児
「くっ……おじちゃんの側を離れるなっ!」
SE
スラン……

天降太刀を引き抜き、構える。
 天地四方に気を張り巡らす。

侠児
「(何処だ!? 何処から来る!? この裏路地は影が濃いぞ!さあ、来いっっっ!)」
SE
たたたたたた……
侠児
「まみちゃん……!?」

高まる侠児の気迫を恐がったのか、女の子は侠児の側から駆け出した。

侠児
「まみちゃん、待てっ! 危険だ!」
SE
しゅュパぁっッッッ……

路地の外へ向かって走る女の子が、ヒッ……と詰まるような悲鳴を上げて宙に舞った。
 そして弾けて、砕けて、紅いものをぶちまけながらミンチになる。

侠児
「………………………………………………………………」

侠児が呆然と見つめる路地の出口に、女の子の小さな白い……いや、朱に染まった右手……の破片がべちゃりと落ちる。
 
 そして、そこに異形の怪物が立っていた。

少女の張った結界が消えてゆく……。

時系列

3rd.1999.5.中旬

解説

"災厄"にマークされた男、厳侠児。
 侠児と関わる住人、侠児が関わろうとする住人は、堕とし子に抹殺される。
 そんな侠児の日常のある出会いの1シーン。



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