本来。
道に迷わなければ、そんなところに行く筈も無かった。
昼の一番長い季節にも関わらず、あたりは既に薄暗い。
熱気だけが、変わらずに渦巻いている。
梅雨の合間の、晴れた日。夕刻になっても、人通りは多い。それも、彼よりも年下に見える……つまりは学生達が、奇怪な服装に包まれて歩いてゆく。
どこか、同じ色の空気を纏って。
そのうちの一人に、ふと、視線を惹きつけらて、譲は瞬きをした。
片手にはめた手袋。放たれるのは鈍痛。そして………
熱狂。仲間意識。心酔。依存。
捧げるものが大きければ大きいほど、彼らは熱狂する。これだけのものを、捧げることが出来るのだ、と。相手の為に捧げて惜しまないのだ、と。
透き通るほどの心酔。
そして、その裏に有る……心酔に応える何かを要求する心。
どこか当然のように。
ごく、自然なものとして。
見えてしまう感情への嫌悪と、見えてしまう自分への嫌悪で、一度譲は頭を振り……そして、ふと、その動きを止めた。
彼だけでは、無い。
全員ではない。けれどもこの通りを歩く数人から、やはり同じような感情が零れ出している。艶やかな、薄紫の触手のように。
嫌悪。そして…同等の、好奇心。
心酔する者達の歩む方向を、見る。先鋭化した期待と願いの向う先……
さほど大きい、とも思えない建物の、扉の向こう……
惹きつけるもの。魅するもの。
その、核ともなる存在……そして。
いくつもの、異様な
背筋を、きいんと音が走るような感覚に、思わず譲は振りかえった。
少女。
ウェーブのかかった髪。うつろな瞳。抱えられた人形。
見せかけの静けさの中に、よどむような……衝動?
御伽噺の老婆に似た笑い。キイキイ声。そしてその度に人形の口がかくかくと動く。オレンジ色の感情が、口から鮮やかなまでに溢れ出して。
少女の感情は、少女の腕の人形を発露の道具としているようだった。
だから、人形にではなく、少女に応える。
一礼する。
覚えず、溜息をついてしまった譲の横を、すい、と少女が歩いてゆく。
人がいることさえ気がついていないような、無頓着な歩みで。
一瞬。
心のどこかを、何かが掠めるような感覚があった。
反射的に……何かを斬った、ような気が、した。
少女は、そのまま歩いてゆく。
小さな姿が扉の向こうに消えてから、譲は初めて歩き出した。
1999年(3回目)6月頃。
人々の縁などは、これ全て偶然……までは行かなくとも。
かなりそれに近い面はあるのでしょう。
生来の方向音痴の故に、譲がこの少女に出会ったところを見ると。