エピソード081『熱波』


目次


エピソード081『熱波』

登場人物

青天目譲(なばため・ゆずる)
エンパスの狩人。方向音痴。
六条奇子(ろくじょう・あやこ)
ジャックフロスト人形を抱えた少女。

本文

本来。
 道に迷わなければ、そんなところに行く筈も無かった。

「…………」

昼の一番長い季節にも関わらず、あたりは既に薄暗い。
 熱気だけが、変わらずに渦巻いている。

「(まいったなー)」

梅雨の合間の、晴れた日。夕刻になっても、人通りは多い。それも、彼よりも年下に見える……つまりは学生達が、奇怪な服装に包まれて歩いてゆく。
 どこか、同じ色の空気を纏って。
 

「……?」

そのうちの一人に、ふと、視線を惹きつけらて、譲は瞬きをした。
 片手にはめた手袋。放たれるのは鈍痛。そして………
 熱狂。仲間意識。心酔。依存。

「(……いやだな)」

捧げるものが大きければ大きいほど、彼らは熱狂する。これだけのものを、捧げることが出来るのだ、と。相手の為に捧げて惜しまないのだ、と。
 透き通るほどの心酔。
 そして、その裏に有る……心酔に応える何かを要求する心。
 どこか当然のように。
 ごく、自然なものとして。

「…………」

見えてしまう感情への嫌悪と、見えてしまう自分への嫌悪で、一度譲は頭を振り……そして、ふと、その動きを止めた。
 彼だけでは、無い。
 
 全員ではない。けれどもこの通りを歩く数人から、やはり同じような感情が零れ出している。艶やかな、薄紫の触手のように。
 嫌悪。そして…同等の、好奇心。
 心酔する者達の歩む方向を、見る。先鋭化した期待と願いの向う先……

(?)

さほど大きい、とも思えない建物の、扉の向こう……
 惹きつけるもの。魅するもの。
 その、核ともなる存在……そして。
 いくつもの、異様な

「……っ」

背筋を、きいんと音が走るような感覚に、思わず譲は振りかえった。

??
「ヒーホー、キミは行かないのかホ〜?」

少女。
 ウェーブのかかった髪。うつろな瞳。抱えられた人形。
 見せかけの静けさの中に、よどむような……衝動?

人形
「そのために来たんじゃないの?おくれちゃうホ〜」

御伽噺の老婆に似た笑い。キイキイ声。そしてその度に人形の口がかくかくと動く。オレンジ色の感情が、口から鮮やかなまでに溢れ出して。

「……僕は、ああいうのは苦手なので」

少女の感情は、少女の腕の人形を発露の道具としているようだった。
 だから、人形にではなく、少女に応える。

人形
「じゃー、なんでこんなトコにいるホ〜?」
「道に、迷ったので……申し訳無い、近くの駅ってどっちかな」
人形
「ほーこーがゼンゼンちがうホ〜。ライブハウスの向こう だホ〜」
「ありがとう」

一礼する。

「(と、言うことは…あそこの前を通るわけだ)」

覚えず、溜息をついてしまった譲の横を、すい、と少女が歩いてゆく。
 人がいることさえ気がついていないような、無頓着な歩みで。
 一瞬。
 心のどこかを、何かが掠めるような感覚があった。
 反射的に……何かを斬った、ような気が、した。

「…………」

少女は、そのまま歩いてゆく。
 小さな姿が扉の向こうに消えてから、譲は初めて歩き出した。

時系列

1999年(3回目)6月頃。

解説

人々の縁などは、これ全て偶然……までは行かなくとも。
 かなりそれに近い面はあるのでしょう。
 生来の方向音痴の故に、譲がこの少女に出会ったところを見ると。



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