エピソード087『昔々の物語』


目次


エピソード087『昔々の物語』

登場人物

月島直人(つきしま・なおと)
 喫茶店「月影」の店長。終末の住人をあつめ、援助している
「月影」のマスターでもある。彼もまた、終末の住人。
桜居珠希(さくらい・たまき)
 事故で首をはねられ、それをきっかけに覚醒した女子高生。
 人の首を自由に取り外し、さらに自由に繋げなおす能力を持つ。
交友関係が幅広いのも特徴。
新木朱理(さらき・あかり)
 右腕が木製の義手の少女。終末の住人。
 その義手を鍵として「光の腕」を用いる。
六条鉱亮(ろくじょう・こうすけ)
 寝ることこそ全ての、金属操作能力者。終末の住人たる自覚は皆無。
全ての能力を寝て過ごす事に費やしているといっても過言ではない。
青天目譲(なばため・ゆずる)
感情を読む狩人。月影に協力している。

本文

某日、喫茶月影。
 初夏のじっとりとした暑さを避けるように、譲はその扉を開ける。

珠希
「なにそれ?」
直人
「ええと……あ」
「こんにちは」
直人
「いらっしゃいませ」
朱理
「………………(ぺこり)」

カウンターの前には、突っ伏して眠っている男性が一名。その隣、椅子を一つ置いて座っている女子学生一人。
 二人のウェイトレスの片方はカウンターの奥で皿を洗っているらしい。もう一人のほうは、手に台拭きを持ってはいるものの……いまいち機能していない。

「何か、話し合いの最中だったんですか?」
直人
「いえ……」(あいまいな笑みを浮かべる)

戸惑い。迷い。
 …但し……何と言うか、その感情に暗さが無い。

直人
「……譲さんには、お話しましたっけ。災厄は百年に一度起こるものであり……」
「当然、百年前にも、僕らのような狩人や住民がいた、と」
直人
「そうなるんですが……」
珠希
「生き残ってるって言うのよ」
「……へ?」
朱理
「………………」
珠希
「その頃の、住民だか狩人だか」
「…………………へ?」
直人
「以前、聞いた話なんですがね。まあ、前世紀の住人が生きていても、不可能というわけではないのですが……」
珠希
「それを聞きかけてたの」

目をしばたたかせた譲の目の前に、ひょい、とアイスコーヒーが出てくる。

「どうぞ」
「あ、すみません」

一礼してから、譲は直人に視線を戻す。

「……今でも、危険なんでしょうか、その人は?」
直人
「いえ……ああ、今でも危険は危険でしょうが……災厄そのものには、関わらないんです」

で、止まった筈の言葉が、可聴音域外の声として伝わってくる。

直人
(の、筈だよなあ……)
(ふむ)

しばし、待つ。
 聞こえるのは、カウンターで眠り込んでいる男の、それはそれは気持ち良さそうな寝息ばかりである。
 不意に、珠希がどん、と、テーブルを叩いた。

珠希
「ちゃんと話しなさいよ、最初っから、わかりやすく」
直人
「まあ、少し時間もありますし、お話しましょう」

☆☆☆

直人
「私も、聞いた話なんですが……先ほど言ったように、その当時の狩人が生きているらしいんです」
「……狩人が?」
直人
「はい」
「狩人って、災厄が終わっても狩人なんですか?」
直人
「さあ……どうなのでしょうねぇ……」
珠希
「はっきりしないわねっ」
直人
「はっきりしないんです」

すとん、と受けて返す。
 珠希がきょとんとする。

珠希
「何でよ」
直人
「いま、生きている狩人にあったことはありませんし、今回の相手は眠り姫なので」
「……眠り姫?(汗)」
珠希
「…………そういうのって、伝統的にいるわけ?(汗)」

視線がまず、カウンターで安らかに寝ている男に向う。

直人
「そう言うわけでは無いと思いますが、安眠のために使っているあたりは、似ているかもしれません」
珠希
「……似たような発想するのが、百年前にもいた訳ね……」

珠希はげんなりとする。

朱理
「…………………………(微苦笑)」
「(苦笑)」
鉱亮
「………………(ぐーー)」

やり取りを見て笑っていた譲が、ふとその表情を改める。

「それにしても、規格外れの狩人ですね」
珠希
「?」
「住人達を殺す、というのが役目じゃないんですか?」
直人
「…………」

月影のマスターの顔から、笑いが消える。
 しっかり馴染んではいるものの……目の前の青年は、ある人間に対し、抜き難い殺意を抱えているのだ。それを押さえつける力を鍛えることが出来たのはあくまで幸運であったことも、聞いて知ってはいる。
 すう、と一筋流れた感情を読んで、譲が笑う。

「……(笑) ……お気使い無用と言うことで…… でもどうしてその姫、眠りっぱなしなんですか?」
直人
「ひどい話ですが、ある意味では、譲君と似ているんです」
「?」
直人
「彼女の場合、対の住人を殺すよりも、睡眠欲のほうが強かったらしい」
珠希
「……ガーン」
「(笑)」

闊達な珠希にしたら、後ろから蹴っ飛ばしたくなるような相手かもしれない。

直人
「元々、彼女の能力は、眠ることで蓄えられる力を放出することだったみたいです。眠る間、ほぼ仮死に近い状態になり、その間消費される筈だったエネルギーを蓄える。そしてそれを、放出する」

一旦、言葉を切って。

直人
「主に、寝起きの時に」
朱理
「………………それは…………」
珠希
「恐いわね(汗)」
直人
「眠る時間の長さに比例して、蓄えられる力も増大する。だから本当は、度々起きたほうが良かったんでしょうが」
「眠ることが、大好きな人だったんですね(汗)」
直人
「そのようです」
「…………」
鉱亮
「…………(ぐーー)」

なんかこー……どっと何か疲れる話である。

珠希
「……でもまー、対の住人にしたら、楽よね。寝っぱなしのお姫様なら安全だし」
直人
「……その、筈、だったんですが」

何とも……言いづらそうな、妙な顔になって。

朱理
「…………が?」
直人
「……まずいことに、眠り姫は、眠っていると本当に天女のようだったそうで……」
珠希
「(先を聞きたく無くなっている)」
「(先を読みたく無くなっている)」
直人
「……一目惚れしたらしいのです。住人のほうが」
珠希
「……やな予感て、当たるわ」
直人
「どうしても起こしたかった……らしいですね」
「…………」

その言葉は、素直には聞くことができなかった。
 
 狩人の持つ殺意が、望んでのものではないことは……譲にすればよくわかることである。近づけば何をするか自分でもわからないからこそ、対である風音の居る所には近寄らないように気をつける。それが可能である能力を自分が持っていることは、存外の幸運である、と、自覚もしている。
 
 だのに。

「……むごいですね」
直人
「え?」
「対の、住人の人……むごいことをされる」
直人
「起こすことがですか?」
「殺してしまう口実を、相手に与えることが」

ほんの少し、沈黙。
 かける言葉に直人が迷う間に、カウンター席の朱理が、身じろぎした。

朱理
「……それでも会いたい人かもしれない」

ぽつんと。
 凪いだ水面に石を投げ込むように。

「……そんなもんなんだろうか」
直人
「そんなものかもしれません」
珠希
「深いわね」

細波は、ゆっくりと笑いになって。

「すみません(苦笑)」
直人
「いえ」
珠希
「で、その眠り姫、起きたの?」
直人
「当然ながら、起こすたびに……」

握った手を、指を上向けて、ぱっと開く。

直人
「……と」
珠希
「不毛だわね(きっぱり)」
朱理
「…………かもしれない…………(でも)」
「…………(苦笑)」

それでも、起こしてみたかったのかも…しれない。

珠希
「それで、その二人どーしたの、最終的に」
直人
「結局、眠り姫は、眠りについたそうです。災厄の終わる前に、結界の中で」
「そして、今に至るまで、眠りつづけてる……?(汗)」
直人
「はい」

う、と、他の三人が身を引く。

「…それはまた(汗)」
朱理
「…………………爆弾(ぼそっ)」
珠希
(汗)

☆☆☆
 
 ふと、譲が顔を上げた。

「それで、月島さん」
直人
「はい?」
「その姫君が、危険、なんですか?」
直人
「……一応、今のままなら大丈夫なはずです。ですが……」
「が?」
珠希
「が、何?」
直人
「ついこの間、教えられましてね」
朱理
「?」
直人
「月影の地下深くに、その結界がある……と」

全員、一瞬硬直した。

朱理
「………………危険な喫茶店……(月影を見まわしつつ)」
珠希
「それって、爆弾の上にこの店が立ってるってこと?」
直人
「爆弾って……そもそも結界内部に入れるのは、住人か狩人だけでしょう。それほど危険はないはずです」
珠希
「……」
直人
「それに、起こさなければ問題ありませんから……」
鉱亮
「あ〜、誠に同感ですねぇ」

ごく唐突に、むくり、と今まで眠っていた男が起きあがる。

珠希
「聞いてたの?(汗)」
鉱亮
「折角ぐっすり眠てるんですよ〜。それを起こすだなんて許し難い話です(憤慨)」

……誰に向けての台詞やら。

珠希
「おいといて……で、眠り姫、いるの?」
直人
「居ます」
「月島さんは、見たんですか?」
直人
「ええ、一応は」
 
 大概。
 ここまでくると。
珠希
「それは見たいわね」
「……同感(苦笑)」

普通の好奇心の持ち主ならば、見たくなるのが道理である……かもしれない。

直人
「結界の中にいるので、普通にしていれば起こすことはないと思いますが……気をつけてくださいよ」
珠希
「大丈夫っ」

月影の地下深く。細かに結界を使い、封じられた壁を一時的に消滅させて降りる。やがて、何本ものパイプの通る部屋に降りた。そのパイプをかいくぐって、部屋の中央まで行くと、足元に引き上げの戸がある。
 妙に時代がかった鍵をポケットから取り出すと、直人は扉を開けた。

直人
「この人ですよ」
「………」

扉を開けたところに、青銀の色の膜が見える。
 目をこらす。と、すっと膜が透き通る。硝子の向こうに眠っている……

「あの人ですか」

極上の人形のようだ、というのが、第一印象だった。
 御所人形を思わせる……血の気の無い、白い肌。綺麗に切りそろえられた前髪、そして四方に流れる豊かな黒髪。
 深紅の地に様々な絞りや刺繍を加えた振袖。重たげな絹の布の重なる中で、しかし『姫』はひどく安らかに眠っている。
 
 一面を覆う、淡い紅の色。

朱理
「あ…………(綺麗…………)」

桜の色に似た、微かな、紅の色。
 その中に……ほんの僅かに、掠めるように見える。
 切なげな、僅かに黄味を帯びた朱の線。

「…………」

自分の感情の…考え方の敷衍であることは、重々承知した上で。
 ふと、思ってしまう。
 
 この人は。
 百年眠ることを、選んだのではないか、と。
 起きるたびに怒りに任せて全てを壊してゆく自分を知りつつ……
 自分の無意識が、人を傷つけていることほど……辛いことは無い。

「仮に、起こしたら……どうなりますか?」
直人
「……考えたくないですね」

それでも。
 この中で、この眠り姫を目覚めさせられる存在がいることを、譲としては自覚せざるを得ない。
 次の年の瀬に、元に戻る可能性があるのは……狩人の譲のみ。元狩人である眠り姫の攻撃で命を落とすにしても…もし、次の年がまた1999年であるならば……そして風音が生きているならば、譲だけはもう一度、戻ってくるかもしれない。
 
 もしも。
 もしも、住人達を、被害の無い場所まで、送ってから彼女を起こせば。
 月影の運命に、住人達が関与できないほど遠くまで見送ってから……

「……ええと、六条さん」
鉱亮
「ほぁ?」

『眠り姫を見ようツアー』に、何故か彼も加わっている。寝てなくていいの、との珠希の言葉に、先達の偉大なる姿を見たいのです、と、分けの判らないことをえらく真剣に言ってのけた男性は、譲の方に視線を向けた。

「眠ることは、幸せですか?」
鉱亮
「勿論じゃないですか〜」
「……眠るしか、出来なくても?」
鉱亮
「他に何が必要だって言うんです?(不思議そうな顔)」
「それが、百年でも?」
鉱亮
「あはは、長いほどいいに決まってますよぅ」
「…………………」

微かに。譲の表情が緩んだ。
 
 眠り姫は、静かに眠っている。
 眠り続けるだけ、己が内に、致死量の力を蓄えながら。
 
 それを、無残と見るか。
 それを、幸せと見るか。
 
 多分、どちらも正しくて。
 多分……どちらも、間違っているのだろう。

珠希
「さっきから、気になってたんだけど」
直人
「はい?」
珠希
「この話、知ってた人って、誰?」
直人
「…………」
珠希
「まさか、この眠り姫の対?!」
直人
「さて……どうなのでしょうね」

何ともおぼつかなげな声に……流石に珠希も、それ以上の追求を諦めざるを得なかった。

直人
「……閉じますけど、いいですか?」
「はい」

重い、鉄の扉をゆっくりと下ろす。
 透き通っていた結界の壁が、また青銀色に濁る。

「この人は、いつまで眠るんでしょうか」
直人
「……さあ(苦笑)」

それが、たとえ幸福であるにしても。
 彼女の選んだ、最善の方法であるにしても。
 
 それは、ひどく……

直人
「……起こしてみますか?(苦笑)」
「…………遠慮しておきます(苦笑)」

そうですか、と小さく呟くと、直人は扉に鍵をかける。
 ぴん、と、鋭い音が響いた。

時系列

1999年(三回目)初夏の頃

解説

繰り返される災厄と住人達の戦いの間で、取り残された人々も居たかと思われます。
 既に災厄に関わることこそないかもしれませんが……
 彼らもまた、一つの話を紡ぐ人々であります。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部