エピソード096『共同戦線』


目次


エピソード096『共同戦線』

登場人物

月島直人(つきしま・なおと)
喫茶・月影の店長。終末の住人の組織『月影』のマスター。
日向錬夜(ひゅうが・れんや)
爆弾魔。直人の対となる狩人。
桜居珠希(さくらい・たまき)
 事故で首をはねられ、それをきっかけに覚醒した女子高生。
 人の首を自由に取り外し、さらに自由に繋げなおす能力を持つ。
交友関係が幅広いのも特徴。
朝霞沙希(あさか・さき)
呪われ転生する魔法使い、朝霞有希の姉。
朝霞有希(あさか・ゆき)
呪われ転生する魔法高い、朝霞沙希の妹。

対決

都内某所。しかし、あたりに人影はなく爆発音と建物の崩れる音のみが響く。
 その崩れるビルの土煙の中から、二人の人影が飛び出してきた。

日向
「少しは腕を上げたようだなぁ……くくく……楽しくなってきたぜぇ……」
直人
「今日こそは決着をつけますよ。私達の力はこんな事のために使うべきじゃない」

薄笑いを浮かべる日向の右瞳は金に、あくまで無表情の直人の左目は銀に輝いている。二人ともほぼ限界まで鍵を発現させ、その力の全てを振るっていた。
 対となる住人と狩人は、似たような鍵を持つことが多い。直人の左目に現れる銀色のコンタクトレンズ「月の瞳」と、日向の右目の「太陽の瞳」。どちらもかつては実在したが、今では彼らの意志で出現させる以外に見ることは出来ない。

日向
「俺の力を俺のために使うのが不満か? お前に意見される覚えはねぇぜぇっ!」

日向が後ろに何かを投げる。それは金属音をたてて数度跳ね、爆風と閃光を撒き散らした。

直人
「ちっ……!」

計算通りの背後の爆風に乗って間合いを詰める日向。直人は閃光と正面からの爆風で動きが一瞬遅れた。

日向
「ひゃあっはははは!」
SE
ピシッ……ズッ
日向
「!……」

体勢を崩している直人に向かって命を吸い取る日向の右腕が伸びる。しかし直人の目の前に踏み込んだ日向の足跡が、突然砂と変わって沈み込んだ。直人の能力「物体崩壊」で道路のコンクリートを砂に変えたのである。
 体勢が崩れた日向の右腕をかろうじてかわし、間合いを取る直人。まだ視力は回復していない。
 しかし続けて放たれた日向の「生命の矢」も、直人は軽くステップを踏んでかわした。

日向
「……ほう……目潰しは効かないってか……くくくっ」

遭遇

直人
「物体の感知を応用すれば、難しいことじゃ……ッ!」
SE
ズンッ
直人
「!っ」(ピキッ)

直人が弾けたように右に飛ぶ。その場所が数センチほど円形に沈み込む。残った直人の左足が軽い音を立てて奇妙な方向にねじれた。着地をするも左足の支えを失い、地面に倒れる。

??
「よけたか……反応速度は悪くないようだな」

低い男の声が上空から聞こえる。二人が見上げたそこには黒いスーツ姿の長髪の男がいた。腕を組み、品定めをするように二人を見下ろしている。足元には当然何も無い。

直人
「まさかっ……」
スーツの男
「回復能力は通常……次は耐久力でも……」(ドゥゥンッ!)

スーツの男が突然爆炎に包まれる。

日向
「人の楽しみを邪魔するんじゃねぇよ! うせなっ!」

日向の投げ上げた数個の爆弾が周囲で同時に爆発したのだ。指向性を持たせ、小型ながらも威力が集中するように作られている。普通の人間ならば跡形も残らない。

スーツの男
「人の技術か……煙幕としては効果的だな」

煙の中でも微動だにせずにたたずむ男。スーツにも埃一つついていない。

日向
「……ほほう……(くくくっ)」
直人
「やはり……堕とし子か……っ」
日向
「あれが堕とし子ってやつか、少しは楽しめそうだなぁ……くくくくっ」
直人
「奴等は鍵を通した攻撃でないと倒せない」

痛みをこらえ、直人も立ち上がる。

堕とし子
「同質の鍵……これが対というやつか……興味深いな」(ぶんっ)

右腕を一降りすると、そこに奇妙な意匠の指貫の手袋が現れる。黒い生地に宝石や牙のようなアクセサリがついているが、その全ては赤。

日向
「直人、お前はあいつの後で料理してやる。そこで指加えてみてるんだな!」
堕とし子
「なかなか好戦的だ……どれ」

堕とし子は足場が突然なくなったかのように落下を始める。地面の直前でふわりと減速するとそのまま着地した。

堕とし子
「来い……」(じゃらっ)

男は左腕をスーツのポケットにおさめ、右腕だけをあげて構えた。

前哨戦

日向
「いくぜぇっ! ひゃあっはははは!」

嬌声を上げながら日向が間合いを詰める。体術は人並み。しゃがみ込みつつ堕とし子の腹部へと腕を伸ばす。

堕とし子
「体術は人並み。攻撃も無駄が多い」

宝石のちりばめられた手袋で防御する堕とし子。衝撃は完全に殺されている。
 ズグンッ
 堕とし子の体が細かく震える。しかし、驚愕の表情を浮かべたのは日向であった。

日向
「なっ!」
堕とし子
「生気吸収か? それにより体力を回復させたか」
日向
「ちっ」

間合いを取る日向。堕とし子の足元に残した爆弾が爆炎を上方に吹き上げる。

堕とし子
「またも目くらましか? 戦術に幅が無い」
直人
「駄目だ! 鍵を通さない爆薬じゃあ影響は与えられない!」
日向
「うるせえ! 黙ってみてろ!」
堕とし子
「防御体術は……どうか?」(間合いを詰める)
日向
「ちぃっ!」
直人
「くっ」(地面に手をつく)
SE
ビシッ

堕とし子の次の一歩が踏み出される場所が砂と化し、そのわずか前方ではがれたコンクリート片が立ちふさがる。
 しかし、堕とし子は地面があるかのように踏み込み、右腕でふすまを開くかのごとくコンクリート編をどかして進む。

日向
(くふぅっ)

腹部を拳が叩き込まれ、うめき声さえも上げられずに後ろに吹っ飛ぶ日向。

堕とし子
「体術の防御も素人……か……ん?」
SE
ボシュゥゥッ!

日向が地面に叩き付けられるのを見届けた堕とし子が、白い爆発と竜巻のようなうねりに撒き込まれる。

堕とし子
「くああああぁっ!」

右腕の一振と気のこもる呼気のみで、光の本流をかき消した。

堕とし子
「殴られている間に懐に仕掛けたか。しかも、先ほどまでの目くらましとは別物だな」
日向
「へっ……俺の世界専用の生命力爆薬だ、直人をいたぶるための取って置きだったがな。くくくくっ」(起き上がるが、顔を顰める)
堕とし子
「鍵……か、やはり鍵を持つものは、我らを滅ぼす資格を持つか」
日向
「偉そうな口利きの割には、たいして効いてないねぇ……くくくっ。アバラの2、3本くらいはくれてやろうと思ったがよ」
堕とし子
「当然だ、筋肉の一番厚いところを狙ったのだからな。それでもそのダメージ。肉体はやはり脆弱か」
日向
「……てめぇ……」

応援を呼ぼう

一連の状況を結界の外から透視し、観察している人物がいた。

珠希
(買い出しの途中で人ほっぽっといて厄介事おこさないでよねー)

バイトとして直人の買い出しに付き合っている最中、当の本人が切羽詰まった面構えで駆け出していったのがほんの5分前のことだ。そしてようやく見つけだしたと思ったら事態は急転していた。桜居珠希はそのことに驚くというよりはあきれた。こうも戦いのきっかけがありふれているものか。
 珠希の結界能力は直人のそれより数段劣る。そのために発見に遅れ事態に取り残された事は悔やまれた。

珠希
(わざわざ置いていったのは、ついてくんなってことか)

中野での一件以来、直人が自分に対して慎重になっていると感じるのは、珠希の自信が揺らいでいるからだでけではないのだろう。

珠希
「実際今飛び出してもどうにもならなそうっすねぇ、これは。となれば……」

嘆息のかわりにつぶやく。そしてケータイを取り出し友人を呼ぶ。この状況を一気に覆しうる戦力で、なおかつそろそろ引き合わせようと思っていたところだったりした。丁度いい。

朝霞家

友人からの呼び出し、用件はちょっと特異なこと

有希
「お姉ちゃん、力を貸して」
沙希
「力?、そうか前に言ってた子だな?」
有希
「うん」

戦場

有希
「珠ちゃん!」
珠希
「あ、来たわね。アレに加勢してやってくれない?私の力じゃ相性悪そうなんだわ」
沙希
「でかいフィールドだな、それにアレは……デーモンか?」
有希
「デーモンだとしたら……」
沙希
「狩る必要があるな、奴らは危険だ」
有希
「よし、行こうっ」
沙希
「OK」

結界へ干渉をかけ進入する姉妹

珠希
「たのんだよ……」

結界内

直人
「侵入者……(だれだ?)」
沙希
「先制攻撃を仕掛れるぞ」
有希
「ラジャー」

堕とし子より少し離れたビルの屋上に立つ二人

沙希
「あの脳筋に気づかれないうちに片づけよう」

彼女らの対の神父のことを沙希はこう呼ぶ。脳まで筋肉で出来ているらしい。

有希
「魔法回路オープン、いくよー」

有希の一言で体中に呪文が浮かび上がる

沙希&有希
「消えろ!」

直後、堕とし子と日向の間に光が生まれそれに包まれる

ラウンド 2

堕とし子&日向
「ふうぅぅっ」

同音異義の息を吐く日向と堕とし子。二人を包んだ光は、しっかりと堕とし子だけに衝撃を与えていた。

日向
「何だ……?」
堕とし子
「住人……それも、2体か……この一帯に集中して生息するというのは本当らしいな」

堕とし子がビルの屋上をにらむ。右腕を振ると周囲のコンクリート片がはがれ、有希と沙希の方へ狙いをつける。

直人
「くっ……」

慌てて集中しようとした直人の方は振り返りもしない堕とし子。しかし、直人の身体は突如後方に飛ばされる。

直人
「(落ちるっ?)」

真横に向かって落下するかのように吹き飛ぶ直人。十数m先はビルの壁である。かろうじて地面に捕まり、真横への落下を逃れたが、またも折った左足に激痛が走った。

堕とし子
「遠距離攻撃力は上位……防御、耐久はどうか……?」

右手を大きく振ると、はがれたコンクリート片は重力バランスを変えられ、有希と沙希の方へと“落下”を始めた。

有希
「重力操作!」
沙希
「石なら石で、我が意に従え……」
有希&沙希
「ストーンゴーレムっ!」
SE
「ゴゴゴゴゴゴ」

魔法の発動とともに足下のビルが轟音を轟かせつつ形を変え始める、まずは腕、が出現し飛来する石塊をたたき落とす。

沙希
「あーっはっはっは、どうだこの大きさ、このパワー!」
有希
「あの人は?」
沙希
「治癒は得意だろ?」
有希
「かかればいいけど……回復せよ、大治癒!」

派手な身振りとともに腕を直人に向かって突き出す、魔法が発動され体の呪紋が蠢く

直人
「これは……」

何者かに抱かれるような暖かみを感じる直人

直人
「痛みが消えてゆく……味方なのか?」

かすかな光に包まれさっきまでの激痛が薄らいでゆく

沙希
「潰れてしまえ、デーモンよ」
ゴーレム
「ゴゴゴゴゴ」

ゴーレムへの命令を冷たく言い放つ沙希、主の名に従いゴーレムは堕とし子へと足を進める。

堕とし子
「魔術……か。無生物の集合体を操るとはな」(じゃらっ)

堕とし子が三度右腕を振るう。手袋の宝石が怪しく光り、ふわ……とビルゴーレムが宙に浮く。

有希
「あ……あれっ?」
沙希
「重力を消されたかっ!」

ゴーレムだけが宇宙空間にいるかのように、足を踏み出した途端に上空へ舞い上がる。腕や足をばたつかせても、身体の向きが変わるだけで着地できない。
 下手をすると重力に縛られている有希と沙希だけが振り落とされてしまう。

直人
「日向! 奴の集中を!」

ゴーレムを浮かせた途端、重力が戻った直人が素早く立ち上がり、堕とし子との間合いを詰める。足の痛みは感じない。

日向
「俺に指図するんじゃねぇっ!」

言いながらも日向も同時に間合いを詰め、殴り掛かる。
 触れれば物体を崩壊させる直人の拳。命を吸い取る日向の拳だが、その二人を相手にわずかなステップと上体の動きだけでかわす堕とし子。

直人
「くっ……」
堕とし子
「人並みの格闘能力しかないか……」
日向
「あめぇっ!」

日向がくりだす拳とは別に、彼のからだから光の筋が延び、堕とし子を狙う。他人の生命力を使う「命の矢」だが、元々は自分の生命を使う技なのだ。だが、元々は彼の技ではない。効率が悪いのだ。

堕とし子
「……」(がっ)

その光も避けようとした堕とし子の足元のコンクリートがわずかに盛り上がり、堕とし子のバランスを崩す。
 二人の拳は避けたものの、日向から出る光は避けきれず、左腕で受け止めた。

沙希
「! 重力が戻った!」
有希
「お姉ちゃん、あれを使おうっ! そこの二人離れてっ!」

上空の声に素早く反応する直人と日向。直人は去り際に堕とし子の足をコンクリートで固めることも忘れない。

有希
「いけっ、ゴーレム」
沙希
「敵を滅ぼせ!」

飛行の術をゴーレムにかけ、自重に更に加速をつけてとび蹴りを放つ。

SE
ドゴォォォンッ

大量の砂煙と轟音、地面を揺るがす振動。そこからはじかれるように飛ばされた人影は、別のビルの壁面に叩き付けられた。

沙希
「ぎりぎりでかわされた?!」
堕とし子
「鍵の力を纏う人形……威力は高いな」

壁に叩き付けられた堕とし子のスーツは埃にまみれ所々破けている。顔色に変化はないが、動きはぎこちない。

堕とし子
「石人形の性能は把握した。もう用はない」

自分がたたきつかられたビルの壁の小さなかけらを握り締め、無造作にゴーレムに投げつけた。

有希
「なによ? そんなものが効くとでも」
直人
「(はっ!)避けて! そいつはただの石じゃ無くなる!」
沙希
「くっ……足がいかれちまってる!」

小石はそのままのスピードでゴーレムに当たる。

SE
ドガァッ!

当たった小石は防ごうとしたゴーレムの腕を破壊し、そのまま胸のあたりに大穴を開けた。

有希
「うわわっ」
沙希
「有希っ」

崩れるゴーレムから飛び降りる二人。

日向
「こいつあ……?」
直人
「小石の質量だけを高めたんでしょう。エネルギーは重さに比例する。あれくらいの速度でも何万トンもの物体ならば威力は計り知れない」

直人も度々使う手である。もっとも、彼の場合は元々大きかった物体の一部を投げ付け、再生させることで重さを増すのだが。

堕とし子
「4体か。都合よく集まったものだな」

ビルに半ば埋まっていた体を引き剥がし、ゆっくりと歩いてくる。

沙希
「マスター……」
直人
「沙希さん……貴方も住人だったとは。話は後にしましょう」
沙希
「ああ、そうだね」
堕とし子
「さて……次だ」

ラウンド 3

直人
「戦力の把握をします。私は物体の崩壊、再生、操作。こっちの日向は生命の操作が可能です」
沙希
「私は黒魔術。妹の沙希は白魔術を使う。二人で一人分だと見てもらって良い」

堕とし子が向かってくる前に素早く言葉を交わす。

日向
「俺は馴れ合うつもりはねえぜ」
直人
「日向! まだそんな事を!」
日向
「うるせえ! 俺は今でもお前を殺(や)りたくてウズウズしてんだ!」
沙希
「あんたら……対なんだね。でも、今はそんな事でいがみ合っている場合じゃないよ! どっちも死ぬのが嫌なら、今を切り抜ける最上の方法を考えな!」
堕とし子
「さあて……後は精神力。仲間を消されたときにどう反応するか……?」

堕とし子があたりにある小石を拾う。無数の小石であっても、その威力が尋常ではないことが既に分かっている。物理的に防げない以上、かわすしかないが、無数に飛んでくる小石全てをかわす体術は身につけていない。

日向
「……ちっ……」
直人
「来ますよ!」
堕とし子
「最初は……そこの娘だ」(小石の固まりを投げつける)

有希に向かって飛び来る小石。出現させた土のゴーレムもあっけなく砕かれる。

有希
「わあぁっ!」
沙希
「有希!」
直人
「ちぃっ!」

小石の起動を一つづつ変え、有希を守る直人。しかし数が多く、あっという間に体力が無くなる。

直人
「くっ……ん?」

突然戻った体力に、直人は再び集中させ、小石を全て弾き飛ばした。その背には日向の掌が触れている。

日向
「しかたねぇ。あいつを倒すまでは我慢してやる。何か策はあるんだろうな?」

生命を分け与えた日向の額にも、汗がにじみ始めていた。

直人
(笑みを浮かべて)「……ああ。奴の右手の手袋。あれが能力の発動体に見える。あれを壊せれば……」
日向
「なら、俺が囮、お前が止めだ」
直人
「ええ。沙希さん、奴が空中に逃げたとき、とどめをお願いします。空中なら重力操作は十分に使えないはずだ」
沙希
「ああ。有希、陣を書いて。あれをやるよ」
有希
「うんっ」

4人が同時に動く。日向が周囲に爆薬を投げ、軽い煙幕を作る。その中を走る直人と日向。有希と沙希は魔法陣を浮かび上がらせ、集中を始めた。

堕とし子
「来るか……」
有希
「魔法回路接続……」
沙希
「魔力装填……」

再び二人の体に浮かび上がった呪紋が明滅を始める、二人が印を結ぶにつれその光は足下へと移り、やがて複雑な文様を描きながら広がり始めた

沙希
「とっておきの奴をお見舞いしてやる……」
有希
「回路生成率20%……」

間合いを詰めた二人は、集中する彼女たちを背に三度接近戦を挑む。

日向
「いくぜぇっ!」(ヴゥンッ)

日向の振るった腕から光が伸び、一本の刃を形作り硬化する。
 生命力の放出を極限まで高め、物質化させたのだ。
 剣を扱う武術の動きではないが、戦いなれたその動きは堕とし子を追いつめる。かするだけで生命力のいくらかを奪う刃だ。

堕とし子
「まだ奥の手があったか」(がくんっ)

堕とし子の体勢が大きく崩れる。直人が足元に大穴を開けるたのだ。落下はしなかったが浮遊のため堕とし子の重力が無くなった。

日向
「くらいなっ!」

右手を狙っての一撃。それを左手でかばう堕とし子。しかし、それこそが日向の狙いだった。

日向
「直人っ」
直人
「……!」(がしっ)

直人の手が堕とし子の右手を掴む。一瞬の集中。

SE
ビキンッ
堕とし子
「オオオオオオオッ!」

右腕の指貫の手袋についている宝石のいくつかが弾けて壊れ、堕とし子は人とは思えない叫び声を挙げる。
 途端、周囲の重力が一気に増加し、直人と日向を襲う。

直人
「くはっ」
日向
「ちぃっ」

堕とし子は直人の手を振り払い、上空へと舞い上がる。

沙希
「今だ!」
有希
「魔法回路発動!」

二人の声とともに足下に展開していた巨大な魔法陣が突如として消える

沙希&有希
「光速増殖魔力炉!」
堕とし子
「ムウッッッッ」

球状の魔法陣にすっぽりと包まれる堕とし子、その内部には膨大な量のエネルギーが展開されつつある

沙希
「やったぞ」
有希
「複雑化球体魔法陣、できたっ」
堕とし子
「2人ノジュウニンニヨルふぃーるど……コウゲキリョク……キョクダイ」
沙希
「さぁ、消えろっ」
有希
「これで終わりよ」
沙希&有希
「始動!」
堕とし子
「グゥオォォォォ」

二人の声とともに魔法陣が動作を始める。
 球体の内部には光が生まれ始め、やがてそれは眩しいほどに光を放つ球体へと変わる。その表面では多重化された魔法陣の魔法記号羅列が明滅を繰り返しながら動き回っている。

日向
「やりやがった」
直人
「終わりました……か?」

数分もたつと球体に黒点が現れ始める、光り輝いていた球体は今度は漆黒の球体と化し消滅した。

有希&沙希
「滅殺完了」

媒体と司

SE
ギンッキィンッ

金属音のような音が周囲に響く。

有希
「えっ?」
直人
「結界を張り直しただけです。……やはり……」

直人の目には堕とし子の手にはまっていた手袋の切れ端と破片が映っていた。
 2重写しの映像のように崩れて行く破片と、未だその姿をとどめる破片。結界の外と中で時の流れが違うために出来た差違である。

沙希
「……媒体?」
直人
「知っていましたか。おそらく間違いないでしょう。堕とし子を束ねる存在“司”の持つ鍵のようなもの。それは魂無き物質でありながら、堕とし子と共に滅びる……と。 こいつの来歴を調べられれば、災厄までたどる足がかりになるかもしれません」
沙希
「……なるほど……な」

媒体のかけらを眺める直人をよそに、す……と結界の中の気配が揺らいだ。

直人
「日向!」

結界の外に出た日向に呼びかける。「透過」を乗せた声は結界外に響き、姿の無い声に周囲の人があたりを見回す。

日向
「まだやるってのか? 敵か味方か分からない足手纏い抱えてよ」

日向の声にも透過がかかっている。結界の外には聞こえない。

直人
「……今日のところは貴方にかまっている暇じゃ無くなったようだ」
日向
「一人で俺を楽しませるくらいにはなっておけよ。俺は仕事に行くことにするぜ」
直人
「まさか……まだ人を……!」
日向
「……けっ。もう爆薬は残ってねえよ」

そこまで言うと、振り向かずに人ごみに消えて行く日向。直人はその姿を追いはしない。彼の中での日向も、少し変わったようだった。

直人
「さて……と、本来の仕事に戻らないといけませんね。沙希さん、すみませんが月影に連絡を取って来歴探知の出来る方を寄越してくださいますか。もう結界を解く訳には行きませんので、しばらく私はここを離れられない。 お二人の話はコーヒーでも飲みながらゆっくりとすることにしましょう」
沙希
「了解。あたし達は先に月影で待っていれば良いね」
直人
「はい。すぐに帰れると思いますので」

そういうと、沙希と有希の二人を結界の外に送り出す。
 新たなる味方、敵であったものとの共闘、突然の敵。直人はそれらの事を考えながら、心地よい疲労感に身を浸したのだった。
                 完

解説

直人と日向の対同士の対決に乱入した堕とし子。その強大な能力に対抗するために新たな絆が出来上がった。

時系列

1999年(3回目)の5月。



連絡先 / ディレクトリルートに戻る / TRPGと創作のTRPGと創作“語り部”総本部