都内某所。しかし、あたりに人影はなく爆発音と建物の崩れる音のみが響く。
その崩れるビルの土煙の中から、二人の人影が飛び出してきた。
薄笑いを浮かべる日向の右瞳は金に、あくまで無表情の直人の左目は銀に輝いている。二人ともほぼ限界まで鍵を発現させ、その力の全てを振るっていた。
対となる住人と狩人は、似たような鍵を持つことが多い。直人の左目に現れる銀色のコンタクトレンズ「月の瞳」と、日向の右目の「太陽の瞳」。どちらもかつては実在したが、今では彼らの意志で出現させる以外に見ることは出来ない。
日向が後ろに何かを投げる。それは金属音をたてて数度跳ね、爆風と閃光を撒き散らした。
計算通りの背後の爆風に乗って間合いを詰める日向。直人は閃光と正面からの爆風で動きが一瞬遅れた。
体勢を崩している直人に向かって命を吸い取る日向の右腕が伸びる。しかし直人の目の前に踏み込んだ日向の足跡が、突然砂と変わって沈み込んだ。直人の能力「物体崩壊」で道路のコンクリートを砂に変えたのである。
体勢が崩れた日向の右腕をかろうじてかわし、間合いを取る直人。まだ視力は回復していない。
しかし続けて放たれた日向の「生命の矢」も、直人は軽くステップを踏んでかわした。
直人が弾けたように右に飛ぶ。その場所が数センチほど円形に沈み込む。残った直人の左足が軽い音を立てて奇妙な方向にねじれた。着地をするも左足の支えを失い、地面に倒れる。
低い男の声が上空から聞こえる。二人が見上げたそこには黒いスーツ姿の長髪の男がいた。腕を組み、品定めをするように二人を見下ろしている。足元には当然何も無い。
スーツの男が突然爆炎に包まれる。
日向の投げ上げた数個の爆弾が周囲で同時に爆発したのだ。指向性を持たせ、小型ながらも威力が集中するように作られている。普通の人間ならば跡形も残らない。
煙の中でも微動だにせずにたたずむ男。スーツにも埃一つついていない。
痛みをこらえ、直人も立ち上がる。
右腕を一降りすると、そこに奇妙な意匠の指貫の手袋が現れる。黒い生地に宝石や牙のようなアクセサリがついているが、その全ては赤。
堕とし子は足場が突然なくなったかのように落下を始める。地面の直前でふわりと減速するとそのまま着地した。
男は左腕をスーツのポケットにおさめ、右腕だけをあげて構えた。
嬌声を上げながら日向が間合いを詰める。体術は人並み。しゃがみ込みつつ堕とし子の腹部へと腕を伸ばす。
宝石のちりばめられた手袋で防御する堕とし子。衝撃は完全に殺されている。
ズグンッ
堕とし子の体が細かく震える。しかし、驚愕の表情を浮かべたのは日向であった。
間合いを取る日向。堕とし子の足元に残した爆弾が爆炎を上方に吹き上げる。
堕とし子の次の一歩が踏み出される場所が砂と化し、そのわずか前方ではがれたコンクリート片が立ちふさがる。
しかし、堕とし子は地面があるかのように踏み込み、右腕でふすまを開くかのごとくコンクリート編をどかして進む。
腹部を拳が叩き込まれ、うめき声さえも上げられずに後ろに吹っ飛ぶ日向。
日向が地面に叩き付けられるのを見届けた堕とし子が、白い爆発と竜巻のようなうねりに撒き込まれる。
右腕の一振と気のこもる呼気のみで、光の本流をかき消した。
一連の状況を結界の外から透視し、観察している人物がいた。
バイトとして直人の買い出しに付き合っている最中、当の本人が切羽詰まった面構えで駆け出していったのがほんの5分前のことだ。そしてようやく見つけだしたと思ったら事態は急転していた。桜居珠希はそのことに驚くというよりはあきれた。こうも戦いのきっかけがありふれているものか。
珠希の結界能力は直人のそれより数段劣る。そのために発見に遅れ事態に取り残された事は悔やまれた。
中野での一件以来、直人が自分に対して慎重になっていると感じるのは、珠希の自信が揺らいでいるからだでけではないのだろう。
嘆息のかわりにつぶやく。そしてケータイを取り出し友人を呼ぶ。この状況を一気に覆しうる戦力で、なおかつそろそろ引き合わせようと思っていたところだったりした。丁度いい。
友人からの呼び出し、用件はちょっと特異なこと
結界へ干渉をかけ進入する姉妹
堕とし子より少し離れたビルの屋上に立つ二人
彼女らの対の神父のことを沙希はこう呼ぶ。脳まで筋肉で出来ているらしい。
有希の一言で体中に呪文が浮かび上がる
直後、堕とし子と日向の間に光が生まれそれに包まれる
同音異義の息を吐く日向と堕とし子。二人を包んだ光は、しっかりと堕とし子だけに衝撃を与えていた。
堕とし子がビルの屋上をにらむ。右腕を振ると周囲のコンクリート片がはがれ、有希と沙希の方へ狙いをつける。
慌てて集中しようとした直人の方は振り返りもしない堕とし子。しかし、直人の身体は突如後方に飛ばされる。
真横に向かって落下するかのように吹き飛ぶ直人。十数m先はビルの壁である。かろうじて地面に捕まり、真横への落下を逃れたが、またも折った左足に激痛が走った。
右手を大きく振ると、はがれたコンクリート片は重力バランスを変えられ、有希と沙希の方へと“落下”を始めた。
魔法の発動とともに足下のビルが轟音を轟かせつつ形を変え始める、まずは腕、が出現し飛来する石塊をたたき落とす。
派手な身振りとともに腕を直人に向かって突き出す、魔法が発動され体の呪紋が蠢く
何者かに抱かれるような暖かみを感じる直人
かすかな光に包まれさっきまでの激痛が薄らいでゆく
ゴーレムへの命令を冷たく言い放つ沙希、主の名に従いゴーレムは堕とし子へと足を進める。
堕とし子が三度右腕を振るう。手袋の宝石が怪しく光り、ふわ……とビルゴーレムが宙に浮く。
ゴーレムだけが宇宙空間にいるかのように、足を踏み出した途端に上空へ舞い上がる。腕や足をばたつかせても、身体の向きが変わるだけで着地できない。
下手をすると重力に縛られている有希と沙希だけが振り落とされてしまう。
ゴーレムを浮かせた途端、重力が戻った直人が素早く立ち上がり、堕とし子との間合いを詰める。足の痛みは感じない。
言いながらも日向も同時に間合いを詰め、殴り掛かる。
触れれば物体を崩壊させる直人の拳。命を吸い取る日向の拳だが、その二人を相手にわずかなステップと上体の動きだけでかわす堕とし子。
日向がくりだす拳とは別に、彼のからだから光の筋が延び、堕とし子を狙う。他人の生命力を使う「命の矢」だが、元々は自分の生命を使う技なのだ。だが、元々は彼の技ではない。効率が悪いのだ。
その光も避けようとした堕とし子の足元のコンクリートがわずかに盛り上がり、堕とし子のバランスを崩す。
二人の拳は避けたものの、日向から出る光は避けきれず、左腕で受け止めた。
上空の声に素早く反応する直人と日向。直人は去り際に堕とし子の足をコンクリートで固めることも忘れない。
飛行の術をゴーレムにかけ、自重に更に加速をつけてとび蹴りを放つ。
大量の砂煙と轟音、地面を揺るがす振動。そこからはじかれるように飛ばされた人影は、別のビルの壁面に叩き付けられた。
壁に叩き付けられた堕とし子のスーツは埃にまみれ所々破けている。顔色に変化はないが、動きはぎこちない。
自分がたたきつかられたビルの壁の小さなかけらを握り締め、無造作にゴーレムに投げつけた。
小石はそのままのスピードでゴーレムに当たる。
当たった小石は防ごうとしたゴーレムの腕を破壊し、そのまま胸のあたりに大穴を開けた。
崩れるゴーレムから飛び降りる二人。
直人も度々使う手である。もっとも、彼の場合は元々大きかった物体の一部を投げ付け、再生させることで重さを増すのだが。
ビルに半ば埋まっていた体を引き剥がし、ゆっくりと歩いてくる。
堕とし子が向かってくる前に素早く言葉を交わす。
堕とし子があたりにある小石を拾う。無数の小石であっても、その威力が尋常ではないことが既に分かっている。物理的に防げない以上、かわすしかないが、無数に飛んでくる小石全てをかわす体術は身につけていない。
有希に向かって飛び来る小石。出現させた土のゴーレムもあっけなく砕かれる。
小石の起動を一つづつ変え、有希を守る直人。しかし数が多く、あっという間に体力が無くなる。
突然戻った体力に、直人は再び集中させ、小石を全て弾き飛ばした。その背には日向の掌が触れている。
生命を分け与えた日向の額にも、汗がにじみ始めていた。
4人が同時に動く。日向が周囲に爆薬を投げ、軽い煙幕を作る。その中を走る直人と日向。有希と沙希は魔法陣を浮かび上がらせ、集中を始めた。
再び二人の体に浮かび上がった呪紋が明滅を始める、二人が印を結ぶにつれその光は足下へと移り、やがて複雑な文様を描きながら広がり始めた
間合いを詰めた二人は、集中する彼女たちを背に三度接近戦を挑む。
日向の振るった腕から光が伸び、一本の刃を形作り硬化する。
生命力の放出を極限まで高め、物質化させたのだ。
剣を扱う武術の動きではないが、戦いなれたその動きは堕とし子を追いつめる。かするだけで生命力のいくらかを奪う刃だ。
堕とし子の体勢が大きく崩れる。直人が足元に大穴を開けるたのだ。落下はしなかったが浮遊のため堕とし子の重力が無くなった。
右手を狙っての一撃。それを左手でかばう堕とし子。しかし、それこそが日向の狙いだった。
直人の手が堕とし子の右手を掴む。一瞬の集中。
右腕の指貫の手袋についている宝石のいくつかが弾けて壊れ、堕とし子は人とは思えない叫び声を挙げる。
途端、周囲の重力が一気に増加し、直人と日向を襲う。
堕とし子は直人の手を振り払い、上空へと舞い上がる。
二人の声とともに足下に展開していた巨大な魔法陣が突如として消える
球状の魔法陣にすっぽりと包まれる堕とし子、その内部には膨大な量のエネルギーが展開されつつある
二人の声とともに魔法陣が動作を始める。
球体の内部には光が生まれ始め、やがてそれは眩しいほどに光を放つ球体へと変わる。その表面では多重化された魔法陣の魔法記号羅列が明滅を繰り返しながら動き回っている。
数分もたつと球体に黒点が現れ始める、光り輝いていた球体は今度は漆黒の球体と化し消滅した。
金属音のような音が周囲に響く。
直人の目には堕とし子の手にはまっていた手袋の切れ端と破片が映っていた。
2重写しの映像のように崩れて行く破片と、未だその姿をとどめる破片。結界の外と中で時の流れが違うために出来た差違である。
媒体のかけらを眺める直人をよそに、す……と結界の中の気配が揺らいだ。
結界の外に出た日向に呼びかける。「透過」を乗せた声は結界外に響き、姿の無い声に周囲の人があたりを見回す。
日向の声にも透過がかかっている。結界の外には聞こえない。
そこまで言うと、振り向かずに人ごみに消えて行く日向。直人はその姿を追いはしない。彼の中での日向も、少し変わったようだった。
そういうと、沙希と有希の二人を結界の外に送り出す。
新たなる味方、敵であったものとの共闘、突然の敵。直人はそれらの事を考えながら、心地よい疲労感に身を浸したのだった。
完
直人と日向の対同士の対決に乱入した堕とし子。その強大な能力に対抗するために新たな絆が出来上がった。
1999年(3回目)の5月。