エピソード098『十字架』


目次


エピソード098『十字架』

登場人物

駕樋 怜(がとう・れい)
若き吸血鬼。警察に追われる身。住人。
新堂 理香子(しんどう・りかこ)
多分、人間。留無の母。
新堂 留無(しんどう・るな)
ヴァンパイアハンター。駕樋怜の対。
ヘッドコレクター
頭が複数ある怪人。桜居珠希の対で狩人。
化け物
堕とし子。巨大な一つ目の獣。能力不明。

喫茶店より

SE
「カランコロン」
 
 鈴の音が店内に木霊し、一人の女性が喫茶店に入った。
 フリルのエプロンを身につけた可愛い男の子が女性に近づき、メニューを音も無く女性の座った机の上に置いた。
 そして小さく御辞儀する。
 
男の子
「ごゆっくりどうぞ」
 
 男の子はそのまますぐにカウンターのほうに戻ると、そこにいる店主と思われる若い眼鏡をかけた男に何かを告げている。
 女性は珈琲を(多分、店員だろう)男の子に頼む。男の子はメニューをするりと女性の前から自分の胸元に引き寄せる。
 
男の子
「少々、御待ち下さい」
 
 軽く会釈し、男の子はカウンターにいる男に一言告げた。
 すると男は頷き、珈琲を煎れ始めた。
 
 5分ぐらい経ってから、男の子は再び女性の前に立ち、持っていた珈琲を机の上に置く。
 男の子は無言で女の前を去り、他の客を相手にし始めた。
 女は珈琲を一口飲み、その美味しさに驚いていた。
 美味しい珈琲だ、今まで飲んだ中で一番かもしれないと。
 だが、のんびりとしてもいられない理由が彼女にはあった。
 新堂留無は席を立つと、カウンターで珈琲代を払い、店を出た。
 この喫茶店の周辺から異様な気を感じたのだが、……気のせいだったのだろうか……何も起こらない。
 
留無
「さてと……」
 
 留無はスクーターに乗ると、制限速度を守って走り出した。
 

電柱より


 一匹の蝙蝠が白昼堂々と電柱に止まった。……奇妙な光景である。蝙蝠は首をくるくると回し、辺りを探っているように見える。都会の真ん中でその光景に目を止めるものがいればそう思っただろう。
 

「異常無し……か……」
 
 蝙蝠は呟き、そしてまた飛び立った。

家より

SE
「ガラガラガラッ……」
理香子
「おかえりなさい」
 
 留無の母は玄関のほうに声をかけた。
 
留無
「ただいま、お母さん」
 
 留無は家に入ると、台所へとおもむく。
 
理香子
「今日は早いわね。どうした……ごほっ、ごほっ……」
留無
「ああ、もう。お母さん! 調子がよく無いんだから、寝てて」
 
 留無は母を床の間に押し戻した。
 
理香子
「で、でも、留無……ごほ、ごほっ……」
留無
「ほらぁ、もう……寝てて、お願い」
 
 留無は母に布団をかぶせると、床の間を出た。
 
理香子
「る、留無……ダメよ、あなた……」
 
 留無は、そんな母の言葉に耳をかさずに台所のまな板の前に立つ。
 
留無
「はぁ〜っ……やぁっ!!」
 
 留無の『死闘』が始まった。まな板の上を転がるじゃが芋を微塵切りにし、人参を微塵切りにし、玉葱を微塵切りにし……。
 全ての材料は文字通り、微塵となった。
 
留無
「ふぅ……」
 
 留無の母、理香子は『まな板が切れないこと』と……。
 
異世界生物
「あんぎゃ〜〜〜〜〜!!!!」
 
 『異世界生物が召喚されないこと』を祈るのみ……だったが、時すでに遅かったようだ。この世のものでは無い叫び声が家の中に轟いた。
 
留無
「う、うわっ! 暴れるな、カレー!!」
理香子
(……普通、カレーは暴れないわよね)
SE
「ドカッバキッ……ウジュジュジュジュ!!!」
 
 どうやら『また』やってしまったらしい。留無の父親も料理が超弩級に下手だったが、まさか留無までとは思っていなかった。これに気づいたのは、三年前だ。最初は『沢山のゴブリン』を呼び出す程度の『可愛いもの』だったが、最近では『ドラゴン』や『ガーゴイル』(形は小さくても火炎の吐息や暗黒魔法は本物である)が出てくる始末だ。いつ『料理』に殺されてもおかしくない状況である。だから止めたのだが……。
 
SE
「ドカ! バキッ!! ズシャッ!!」
 
 だんだん、『変な声』がしなくなってきている。今日はブロブ三体でも召喚したのだろう。
 
理香子
「まったく……お父さんに似て、料理が下手なんだから」
 
 留無の母は布団から出ると、顔に手を当てて、台所へと向かう。
 
留無
「えーっと……」
理香子
「留無」
 
 理香子は微笑み、留無の手から包丁をとると、目の前の異世界生物(弱)を3枚におろす。
 
理香子
「ダメよ、留無」
留無
「……ごめんなさい」
理香子
「料理だけは私がやりますからね、留無」
留無
「うん……でも無理しないでね」
 
 理香子の料理の腕はプロも舌をまく(と留無は信じている)ほどである。
 『敵』を捌いてから、わずか十分程でいい匂いがしてきた。
 ちなみに『敵』がどうなったかは、あえて伏せておく。
 
留無
「ねぇ……お母さん」
理香子
「なぁに?」
 
 留無は黙って、母の背中を見つめている。
 理香子は振りかえらず、重ねて問う。
 
理香子
「なぁに?」
留無
「私、料理できるようになるかな?」
 
 理香子は吹き出すと、笑い声を噛み殺した。
 
理香子
「死人が出てもいいのかしら」
 
 さらっと恐ろしいことを言っている。
 だがその言葉に悪意は無い。
 
留無
「うぅ、お母さんの意地悪」
理香子
「ふふっ……でも、お母さんならいつでも手伝ってあげるからね」
留無
「うん……ありがとう」

安らぎを求める者より


 十二の頭を揺らし、約三メートルはあろうかと言う巨大な影が橋の上に突如現れたのは、いつからだっただろうか。
 ヘッドコレクター:「ハハハ……」
 
 周囲には既に結界が展開されていた。
 その中でヘッドコレクターの首の一つ、若い男の首が歓喜の笑い声をあげていた。
 ヘッドコレクター:「ハハハハハハ……クケクケクケクケ……」
 
 更に老婆の首が奇声をあげる。
 ヘッドコレクター:「さぁ、私と一緒になりましょう」
 
 中年ぐらいの歳を感じさせる女性の首は、目の前で震える若い女性に声をかけた。二十歳ぐらいだろうか。瞳の色はこの怪人に睨まれた恐怖で暗く淀み、濁っている。横には真ん中から真っ二つに斬り裂かれ、半身を失った乗用車が炎上し、辺りを明るく照らしている。
 ヘッドコレクター:「さア、ワレらとトモに」
 
 機械のような声をどれかの首が出した。女はその声をどの口が発したのかあまりの恐怖で憶えていない。巨大な鎌がゆっくりと振り上げられたのだけは見えた。そしてそれが振り下ろされるのも。
 ヘッドコレクター:「さァッ」
 
 一番上に位置する女性の首がぐりっと一回転した。
 

SE
「……ッ」
 
 首が一周する間に、首は13個に増えていた。鎌には微かに血の跡が残っているが、それも少し経つと消えてしまった。
 ヘッドコレクター:「新しい仲間、ヨウコソ」
 
 幼い子供の首が図太い大人の声で右の首に挨拶した。新しい首は自己紹介を始める。
 ヘッドコレクター:「……真の安ラぎを……安らギヲ」
 
 巨大な影は消え、そこには真っ二つの車だけが残存していた。
 いつのまにか女性の体は消滅していた。
 

夜より


 街の真ん中で結界を張り、堕とし子とやらを待ち構えてみる。堕とし子が住人を倒すために災厄が送りこんだ刺客とすれば、俺を倒しにやって来る筈だ。
 
 目を閉じ、神経を集中する。
 どのくらい経っただろうか。結界に遺物が侵入したのを俺は感知した。
 その方向へ走る。
 

化け物
「ゲハハ……ゲハ……」
 
 化け物。そうとしか例えようのない一つ目の獣が俺を睨み、俺の結界の中で悠然と歩いていた。鬣か体毛かは知らないが、それは逆立ち、怒っているように見える。これが堕とし子と言う奴なのだろうか? 初めて見た堕とし子は、まさしく災厄からの刺客と言うのにふさわしい姿格好だった。
 ……堕とし子は鍵を具現化しての攻撃でないと攻撃の効果は無いと聞いている。俺は静かに右手を掲げる。
 
「我が闇を司る鍵よ……出でよ」
 
 黒の鞭……闇色の触手が無数に怜の右腕から出現し、のた打ち回る。
 化け物は、はぁっと息をでかい鼻の穴から吐くと、五メートルはあろうと言う巨体で上空に飛び跳ねた。
 ……五、十……十五……大体十五メートルぐらい飛んだところで怪物は宙に滞空した。怜も宙に浮く。
 
「フッ……」
 
 マントを取り出すと、羽織る。風に揺られ、マントがはためく。
 
化け物
「シュッ」
 
 化け物は滞空したまま、唾を吐きかけてきた。怜はそれを鞭で叩き落とす。
 落ちた唾は黒い道路を溶かしていく。
 
「くだらん……消えろ……」
 
 黒の鞭が伸び、化け物の左足を掴む。そのまま力任せに振りまわすと、地面に墜落させる。
 アスファルトの地面が大きく抉れ、化け物は地に伏した。
 
化け物
「……グルルルル」
 
 化け物は青かった目を赤くし、こちらに突然飛びかかってきた。中々の素早さだが、体が大きい分、その攻撃は予測しやすい。
 
「甘い……」
 
 怜は自分の指を素早く鞭で裂く。真紅の筋が月夜の闇に線を引く。
 
「血動……裂っ」
 
 左腕を勢いよく化け物に振りかざすと、紅き筋は鋼鉄よりも更に硬い超硬度を持って、化け物の左肩を切り裂いた。化け物はそのままバランスを崩し、地に再び伏す。
 
「……雑魚が……」
 
 怜は勝利を確信し、再び血動を使用しようと、化け物に近づいた。
 
 その時だった。
 凛とした声が闇に響いた。
 
女性の声
「兄さん、見つけた!」
 
 女性は月光の光を背に浴びて、煌く銀の糸を頭に戴いている。それらは風に流れ、女性の顔を一時の間、隠してしまう。
 風が収まり、銀色の髪が落ち付くと、女性の整った顔立ちが怜の目に飛び込んだ。
 そして血のように真っ赤な目も。
 
「誰だ?」
 
 化け物に警戒しながらも怜は女に声をかけた。
 
女性
「私は、新堂留無。兄さんを倒すために……父に誇り高きヴァンパイアハンターとして育てられた者」
 
「ヴァンパイア……ハンター……俺が兄? ……父?」
 
 怜の頭に疑問が渦巻いた。
 怜は化け物から目を離し、留無の顔を見る。
 
(!?)
留無
(!?)
 
 二人の目が合った瞬間、二人の頭に強烈な衝撃が襲った。
 
「そうなのか……」(お前が俺の対)
留無
「兄さんが……」(私、兄さんを殺したい……なんで? ヴァンパイアだから? ううん、これはなにか違う……)
 
 二人は向き合い、鍵を具現化させる。
 同族の鼓動が闇に共鳴し、一つの曲を奏でていく。

笑いより

化け物はよたよたと結界の外に出ようとしていた。
 その時、化け物の頭上で巧妙に結界の中に忍び込み、宙を漂う影がいた。
 化け物は頭上の巨大な影に気づかなかった……そして一瞬にして、その影にとりこまれた。
 

SE
「ゴキュッ……ゴキュッ……」

血が、肉が、骨がグチャグチャになり、灰色の物質となった。
 それを飲みこむ……影、ヘッドコレクター。ヘッドコレクター:「パワーぜんかーい」
 ヘッドコレクターの全ての首が歓喜の笑い声を上げ、ぐるぐると回る。ヘッドコレクター:「……ンククククク、アハハ」
 巨大な影は不気味な笑い声と共に怜の張った結界より、音も無く消えた。

冷たい運命より

黒き鞭と白銀の刃が空中で交わった。
 鞭はその柔軟さに似合わず、硬く、斬ることができない。
 留無はチッと舌打つと、スカートに大きく入ったスリットに手を伸ばし、太股にくくりつけていた試験管のような物をベルトから引き抜く。
 中には留無が三日三晩かけて作った超濃度の聖水が波々と入っている。
 留無はそれを己の『鍵』にかけた。

留無
「兄さん……これで終わりよ!」

妹の放った白き鍵による一撃は、兄の黒き鍵を断ち切り、その肩に深々と傷痕を残す。
 怜は血動を用いて、出血を止める。

「くっ!?」(筋をやられたか!?)

怜は動かなくなった左腕をそのままに、宙に素早く浮き、黒き鞭を闇に疾らせる。
 大振りの攻撃を行った留無は聖水のかかった残った左拳で攻撃を弾き返そうとした……。

留無
「いけない……!!」

そう自分自身に叫んだが、すでに遅かった。
 怜の鞭は留無の左腕に絡みつく。
 

「(手加減などできない)……血動、吸!」
 
 黒き鞭がジュッと留無の左腕から、血を吸い上げる。
 
留無
「あっ、だめっ!!」
 
 すぐに鞭を剣で切り裂く。
 黒い鞭から鮮血が飛び散った。
 怜の血では無い、留無の血が。
 
留無
「くっ……」
「これが……同族の血……」
 
 体の中から何かが沸きあがってくるような感覚。
 ふと見れば、何時の間にか怜の左肩にあった大きな傷痕は完治していた。
 先ほどの傷が本当に負った物だと言うように、肩の上にあった服が綺麗に切れており、紅い血が服にべっとりと張り付いていた。
 
SE
「ドクンッ」

怜の心臓が大きく一度唸り、留無の血が、同族の血が怜の中を巡る。体が熱くなり、心臓が波打つ。

留無
「そんな……こんなに……」
(これは……)

怜は通常の再生速度が飛躍的に上昇しているのがわかった。

「……本当に俺の妹なんだな……」

血を吸って分かった。
 彼女の使命、彼女の悩み……彼女の苦しみ、彼女の運命。
 我が対にして、我が妹の全てを。

「そうか……そうだったのか……」

怜は自分の父親の後姿を瞼の奥に見つけ、見詰めていた。
 そしてゆっくり瞼を開いた。
 顔面蒼白状態の怜の異母の妹は、肩で息をし、剣を杖にして、かろうじて立ちながら、異母の兄を睨みつけていた。

留無
「何をためらっているの……」
「……」
留無
「殺さないの? 兄さん……いえ、ヴァンパイア」
「なぜ……殺さなくてはならないんだ」
留無
「私は貴方の敵……よ」
「……」

怜は自分の右腕を鞭で切り裂き、腕より噴出する血を鳥に変えた。
 鳥は闇に溶け込み、すぐに消える。
 その間にすでに怜の傷は完治していた。
 怜の双眸は、いつもより更に紅く、真紅に染まり、怪しく輝いていた。

「なんで……なんでなんだ……」

ヴァンパイアはマントを一振りすると、その場から消えた。

留無
「なんで……なんで兄さん……」

留無はがっくりと跪き、結界が解除されたことを感知した。
 更に頭に響く不協和音を感じた。

留無
「そんな……お母さん!!」

留無は駆け出した。まだ顔は青いままだが、今の彼女はそんなことを気にしている暇はなかった。
 半月が見守る中を無我夢中で走り……そして白いスクーターに飛び乗る。
 
 怜は、結界の外に出、銀狼の姿に変化した。
 そして月に吼える。

(親父は、俺を殺そうとしている。親父の娘は、俺の妹は俺を殺そうとしている。俺は、親父からも追われるのか。俺は、自分の妹からも追われるのか。しかも妹は俺の対!親父は一体……何を考えているんだ!!)

怜は運命を呪い、再び吼えた。
 
 『無駄だ』……冷たく光る月が震え、笑っていた。

なによりも

留無は家に向かってスクーターを飛ばしていた。風が髪を撫でる。交通規則など守っていられない。

留無
「お母さん!お母さん!」

家に着くと裏口から、こっそりと家に入る。そして母の部屋に走る。

留無
「お母さん!」

バンッと音を立てて、留無は母の部屋の襖を開け放つ。

理香子
「る……な……はぁはぁ……」
 
 やはり……発作が起きている。急がなくては。
 
留無
「お母さん、待ってて。すぐ良くなるから」
 
 留無は聖水を右手にかけ、すぐにその手を母の額に当てる。
 
留無
「我が聖なる力を司りし鍵よ。母なる雫を……泉を潤す糧となせ……聖動!」
 
 シュウッと留無の腕より聖水が理香子の額に染み込む。
 そしてみるみるうちに留無の母は顔色が良くなっていく。
 
留無
「よかった……間に合った……」
 
 留無はすっかり顔色の良くなった母を一瞥すると、疲れた体を持ち上げ、ふらふらと自室に戻った。
 
 かわいいペンギンの時計の針は既に午前二時を指していた。
 それを見た留無は更に重たいものが体に押しかかって来たような気がした。
 そのままベッドに倒れこみ、瞼を閉じる。
 
留無
「お母さん……」(私、よくわからないよ……)
 
 留無は、その時、時に厳しく、時に優しかった父の声が聞こえたような気がした。
 それは怒った声にも聞こえ、笑い声にも聞こえた。
 その後、兄の声が頭の中で反響した。
 
留無
「どっちが……なんて……」(私は吸血鬼を狩る者なのに)
 
 月は、全てに優しく輝いているのに。

時系列と舞台

1999(2nd)11月の初め頃の出来事。

あとがき

新堂留無登場EP。

起きた変化

駕樋怜の全能力上昇(同族の血を吸った為。能力値に変化は無い)。
 駕樋怜が留無について知る。
 駕樋怜が堕とし子とはどんなものか知る。
 新堂留無が怜の顔を知る。
 新堂留無が『月影』に目をつける。
 新堂留無が『兄への想い』を心の底より見つける。

追加される設定

なし。



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